平和の歌・核兵器絶滅へと戦った英雄の歌

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opinion

2015年10月31日 | Weblog

灯り

       Opinion

世界平和へ貢献している創価学会が、11月18日創立85周年を迎える。誠におめでとうございます。話は変わって、世界は、イランの核問題、北朝鮮のミサイル発射問題、イスラエル問題、パキスタンの問題、また、シリアの難民問題、IS問題などさまざまに揺れる。故に、この先はどうなるのだろうと不透明に不安なひとも少なくない。日本は、島国となっているので世界の紛争問題には無関心も少なくないだろう。しかし、報道で、シリアの難民での子供たちの姿がうすしだされると悲嘆な心になるのむ当然でないだろか。

人間の心には誰しも、菩薩界、人界界、天界などが説かれている。また、仏界も説かれている。しかし、あなたにも、仏界、菩薩界があるといわれてもなかなか信じられない。一般的に、私に仏界あるのと言われれば、嘘だろうと疑うのではないだろうか。故に、仏さまは、衆生にわかりやすいように方便、権教など説いたのである。

誰しも、かわいそうな人を見れば、かわいそうと思うのは、誰しも仏界がある証明ではないだろうか。混乱の世界が平和になって、仏教で説かれる安穏な世界となればと思うのである。

 

月刊 KIBOU 324号

 将棋 答え 8三角成


旅 西洋美術館

2015年10月28日 | Weblog

思い出の旅 2009年4月

 考える人

 ロダン 

 (1840-1917)

 

 上野西洋美術館 [上野]

人間は考えて行動するものである。しかし、急場の時にあわててしまうのが又人間である。どんな場合でも冷静が大切なのであろう。しかし、ロダンの名作まさしく人間を捉えている。人生の悩み、喜び、不安、未来などさまざまに悩み深い人間像である。

 

 

 


 旅  先足池(大田区)

2015年10月21日 | Weblog

先足池 (大田区)

日蓮大聖人が足を洗ったので洗足池とも言われている。また、ここは、西郷隆盛の詩碑や勝海舟の墓がある。庶民のいこいの場となている。

江戸城無血開城した勝海舟と西郷はのち、洗足池で西郷隆盛と勝海舟が歓談した。


詩 JPANエース

2015年10月17日 | Weblog

詩     Jpanエース

       シュートだ

       エースが

       また シュート

   香川で決まり

  本田だよ

  岡崎がいく

              社会の次の

              エースはあそこか

              いや 君だよね    遊歩


短編小説  片目の男

2015年10月12日 | Weblog

短編小説

      片目の男    作 中道 

 鎌倉時代の初期頃、源頼朝が生きていた時期である。人々も活気にあふれ商売人も忙しく駆け回っていた鎌倉、いろんな宗教も入ってきた。その中に、バラモン教を信じていた男もいた。その男は片目であった。その男は空腹であって道に倒れてしまった。その現場に偶然にいたのが龍之介であった。龍之介は、武士であったが、仏門に入っていた。その教えが、己の幸福は、他人に分けてあげるのであった。(龍之介 おいー大丈夫か)(バラモン あっちいてくれ)(龍之介 君は、片目なのか)(バラモン ははは、驚いたか)(龍之介 しかし、――私は仏門にはいって修業している。先生は、人のためになる事しろと言っている。何か、私にできることは)(バラモン ほんとうによいのか、だったらお前の片目をよこせ。ははは)(龍之介 うーーー目をかーー。よしーやるぞう)龍之介は何を言うのか、目をあげるというのか、しっかりしろ、どういうつもりなんだ。龍之介は、片目を取り、バラモンにあげてしまった。しかし、バラモンは目のにおいをかいだ。(バラモン この目は臭い、踏めつけてやれ)」(龍之介 あっ、何をする)バラモンは、龍之介の目を踏みつけて足で何回も踏みつけて逃げてしまった。(龍之介 ひどい奴だ、もう、修業はやめた、退転だ)おや、龍之介、修業やめてどうするんだ。悪道に落ちてしまうよ。修業だけはやり切れよ。しかし、修業をやめてしまった。かわいそうに。

 月刊 KIBOU


Opinion

2015年10月08日 | Weblog

灯り

Opinion


国会での安保法案等巡りにぎやかであった。マスコミはそれぞれ主張がちがうので迷いもあるの当然である。平和は誰しもの願い、故に、議論はとうぜん。ただし、道徳、紳士的に話し合いである。故に、各党首が徹底して国民の前でやりあうのもいいと思う。

その昔、宗教が各派がそれぞれ正しいのは私のであると主張したのであった。人々も何が正しいのか、どの宗派が正しいのか迷ったのであった。そこで、どの宗派が正しいのかを政府最高機関の場で対決したのであった。そして、負けたほうが、勝ったほうにしたがったのであった。その時代は、まだ、世の中も濁っていなかったのである。しかし、のち、鎌倉時代には、日蓮大聖人と極楽寺良観と祈雨の勝負で宗教の正しさを決めた。この勝負、日蓮大聖人が勝ったが、負けた極楽寺は従わずに、叛逆に出たのであった。すなわち、民、国家の安穏のために行動していた日蓮大聖人を、権力に嘘言し迫害したのだった。現在政治とは関係ないが、政治は国民、国家の安穏になるための政治をしてもらいたい。

月刊 KIBOU


World problem

2015年10月03日 | Weblog

World problem

     難民問題

クロアチアに難民7千人超 東京 

ハンガリー国境封鎖 毎日

難民問題がEUで深刻となっている。シリアの30%、すなわち、600万人をこえる人たちが難民生活であり避難先でn衛生、食糧、医薬品問題が深刻化となっている。ドイツでは受け入体制ができているが他EU諸国は経済問題から人数制限がある。また、イスラム国の過激派の難民潜入テロ問題がある。難民問題の原因シリアの内戦もイスラム国が混じり混乱が生じている。米国、ロシアの仲介すれば解決もあるだろうがシリア問題大国の利害があるようでなかなか難しいようである。故に、シリア難民問題は、国連主導し世界国での課題とし各国の受け入れ態勢など話し合いと思うのである。

仏典には、人間の心には大きく豊かな心もある。困難な人を手を差しのべる心もある。すなわち、菩薩心である。この菩薩心は病気の子供を親が真剣に介護する姿でもある。また、悪者が、我が息子を助けようとする姿でもある。すなわち、どんな悪人でも、普通人でも菩薩心はあるのである。しかし、反対に、畜生の心もある。弱い者を見ればいじめる心である。畜生心が強ければ弱者が増えてしまうのである。菩薩心が多ければ国も豊かになる。故に、国際的な話となすべきである難しい問題だが、話し合いは互いの心も豊かになるものである。

月刊 KIBOU