平和の歌・核兵器絶滅へと戦った英雄の歌

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Opinion

2018年01月31日 | Weblog

灯り     Opinion

 世界は揺れ動いている。イランと米国、核問題で米国、トランプ大統領が疑問で話し合いが詰まっている。第三者は両国が仲良くしてもらい思いだろう。ちなみに、イランと日本の関係は、イランは日本にとって、サウジアラビア、アラブ首長国連邦に続く三番目の石油供給国である。日本は、自動車、電気製品、石油製品など輸出している。日本とイランの外交関係は1926年とされる。話は変わるが、鎌倉時代、僧侶が人をだましたり金もうけに走り世の中は荒れた。その僧侶の中に、天台宗の法門を誤って信じてしまった。というより、理解できなかった。故に、偽物が世の中に広まってしまった。これは、偽札が広まったように害毒を世の中に与える。日蓮大聖人はこれを(観を正とする輩は大謗法、大経見、天魔の所為)と破折した。大謗法や天魔の所為は顕れれば世の中は乱れ天候不順とうで穀物等不作、物価高騰での源となる。安穏な生活のために破折は当然である。ちなみに、天台は中国の優れた僧侶で、その天台宗は日本に多大に広まった。そして、豊作祈願、安全祈願、生活安穏など人々から信頼され普及された。昔は、中国の天台山は、中国の仏教中心地で多大な寺が建立された。また、日本からも多くの留学僧がこの地を訪れている。しかし、現在は、天台宗は権教法門で利益もなく昔の栄華の名を看板にしているのみで廃れてしまっているのである。宗教は庶民根本に利益を平等にあてえていかなければ廃れる当然である。

                                  月刊 KIBOU 2月号


原爆の怖さ等

2018年01月27日 | Weblog

1原爆の恐さ  広島 

爆心から1,2キロ地点 その日のうち 50%死亡
 i回の投下で14万人とも20万人ともいわれる人が死亡。

 婦人の体験 (爆心から1,2にいた) ( 大勢の人が逃げてくる。顔が腫れはがり、男女の区別がつかない人が、バタバタと倒れていく。皮膚が指先に垂れ下がり、水をくれ!とうめく
 (体験者は父を原爆でなくす。本人も原爆症にかかり、せきたんで苦しめられ、ガンによる死亡の恐怖感になやまされる。)

 解説 恐いものだ一発の原爆で多大の人が亡くなった。今年も、その後遺症で多くの方が亡くなった。しかし、体験者のはなしだと、原爆で、顔が男女の区別ができないというからひどいものだ、水くれはのぞが熱くて体があつくて、水がほしくてしょうがないじょうたいであったんだろう。恐ろしいものだ、将来の原爆の廃棄は当然だ。

                               2010年08月07日 | Weblog
2 長崎 1945年 8月9日 原爆投下 7万人死亡


3戦争の悲惨
婦人 (中国で終戦を迎える)

 ラジオで終戦を告げたとき、現地の人が暴動起こした。日本人は逃げるのにいっぱいだった。私は両親の手配した漁船で逃げた。逃げなければ殺された。男の服装で頭は丸坊主だった。

証言 壮年
 外国の敵は女性を狙った。胸を調べる。うちの姉はさらしまいて逃げたよ。

 婦人は漁船で逃げた。多くの乗客がいた。子供も、だが、敵は密告船がいないか、サーチライトで調べる。その漁船に赤ん坊が泣いた、男性の乗客は言った。黙らせろ。敵に見つかる。母は赤ん坊の口をふさいだ。男性は見つかる、早くだませろと。そして、母は、赤ん坊の口をふさぐ。赤ん坊は二度と息を返さなかった。

 その漁船に、サメの大群が押し寄せた。船長は、サメの恐さを知っている。餌をあげなければ大変な眼にあうと。

 証言 壮年
 サメ恐いよ、歯がすごいよ。奴らも必死だ、大群では小さな船をひっくり返すことも出来るだろう。

 漁船の船長は、小さな子供を、病人を投げた。海に投げた。私は(助けて)の声を耳にふさぐことしか出来なかった。

 この婦人はこの悲劇を言うのがいやだった。胸に秘めていた。この恐ろしい話をするのがとても恐かった。しかし、信仰して、使命を知った。未来の人達のために証言をしなければいけないと。平和のためにもと。そして、講演をされている。

 解説
 日本は中国に侵略した。そして、現住民との間でトラブルを起こし兵舎を構えた。なにしろ、何もないのだ、兵隊は、御飯も少ないのだ。上官の命令なんか聞いていたら大変だとばかり、現地で民家を襲った。武力でだからたちが悪い。故に、終戦なったら、日本が負けたと聞いたら現地人の人はここぞとばかり立ち上がって仕返しだ。
 日本の外地の庶民は大変である。そんな思いもよらないから。来た時には甘い言葉で軍の甘い話で来たのだから。日本は強いぞ、勝った、侵略ではない、正義の戦争だ、強い者の領地だ、土地は強い者のものとばかり侵略していった。ひどいものである。 前記の婦人は運がよかった。日本に帰ってきたのだから、そして、言いたくない証言をマスコミにしてくれたのは、平和のためにも貴重であった。何分、今の世の中、戦争映画などで戦争が美化されている。実態は悲劇なのである。戦争は無残なものである。子供を、病人を海に投げてしまうのを平気でやるのである。ひどいものである。
                                                   2009年8月作

 

5-B  婦人(当時学生)

午前8時 一舜の閃光(せんこう)直後爆風  外に出た時、広島は地獄に変わっていた。 真っ黒に焦げた顔。赤くただれた皮膚、ボロボロになった服を着た血だらけの人たち、病院に押し寄せてきた。階段や玄関まで負傷者があふれていた。(助けて下さい)(子供がーーー)。   毎夜のように、病院の広場で遺体が焼かれた。絶えない炎と人間の臭い。(2016年8月七日S)


 


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2018年01月27日 | Weblog

CD   MUSIC  予約発売                                                                                                      将棋 答え 5四桂                                                                                                

核廃絶へ 広島と16歳の娘

                                                                   歌 中道 進

解説 この歌は、原爆で死亡した赤ちゃんに、母が悲しみで、死亡した赤ちゃんにトマトを食べよと泣きじゃくるなど事実を。また、現代の女性の明るい姿などを。悲しみと、希望など含めた物語を歌う。(抽選で1名様にプレゼントします)

 

参考

広島の原爆の恐さ  

昭和20年8月6日、広島に原爆が落とされた。即、爆心から1,2キロ地点 その日のうち 50%死亡 すなわち、
 1回の投下で14万人とも20万人ともいわれる人が死亡。多大の人が後遺症に苦しんどぃます。その時代の第二次大戦時は原爆の開発は、日本、ドイツ、米国、イギリスなどで行われていた。冷戦時は、米国、ロシア、フランスなど2,000回の原爆実験が行われた。現在の原爆の威力というと80倍はあるとも言われ、広島型の6000倍の核爆弾が存在する。

2017年1月にて、世界では1万5000発以上のの核弾頭があり、188発の核兵器が、即発射できる(高度警戒態勢)に置かれている。


陸前高田市 他

2018年01月18日 | Weblog

   陸前高田 

奇跡の松 見えますか

大震災で、大きな被害を受けた陸前高田、人々は懸命に再建に取り組んでいた。

陸前高田  

庶民は強い、悲しみをこらえて懸命に未来に再建する

東北大震災 陸前高田市 1,602人死亡 不明者 203名

一関  

陸前高田への玄関口 東北は強い 涙を我慢して懸命に生きている

 

 

 

 

 福島県いわき駅前 被災地 青年たち若い人は未来に向け懸命に生きる

 


Trip memory

2018年01月16日 | Weblog

Trip Memory   2013年 7

 川崎 銀座街 銀柳街

   ゴマ野菜つけ麺 ゴマは血管に栄養

 ラーメンというと日本では国民食というほど人気がある。そのラーメンの仲間である、つけ麺を川崎銀座街(写真)で食べた。つけ麺はゴマや野菜いりである。麺をはしでつまみ、ゴマ入りスープに、野菜を入れ、そこへ麺を入れて食べるのである。ゴマいりスープは味があり、野菜もいっぱいだった。うれしいことにライスはサービスで付いていた。つけ麺美味しく体が元気よくなるようであった。ちなみに、ゴマというと頭の血管に良いといわれる。夏は冷房機で温度変化の影響で血圧が乱高下しやすく脳梗塞の原因にもなるが、ゴマは予防にもなるとの事である。野菜はカルシュムや胃陽の調子をととのえるなどの栄養がある。 

 銀柳街というと、戦後空襲で焼け野原となった商店街に、地元の人が未来の繁栄を願い柳を植えた。それを見て商店の人が柳は雪でも負けずに強く生きてるそれに励まされるように、銀はひかるので、銀の字をいれて銀柳街と名が付いたという。この日の6月2日は、商店街は子供夫婦などたくさんの人たちで商店街はいっぱいであった。安価な衣類など人気があるのである。横道の先には飲食店が多数にならびその多さで各店は競争でいろいろ智慧をしぼり懸命である。例えば、御飯の上におかずを工夫し店頭にだす。おそばには野菜やお肉などいれて工夫する。国の景気は庶民の生活に響くのはいつもの世と変わらない。


詩 雑草

2018年01月11日 | Weblog

         雑草

       

                          雑草は

                    振り向きされず

          強く育つ

 

          厳冬も

          さあさあこいと

          笑い待つ

 

          雑草は

          厳世は生き抜くと

          ほほえむ

                   遊歩


青空学校日記

2018年01月08日 | Weblog

第13回            

     青空学校日記      作 中道 進

1945年1月27日

 様々なことがある。しかし、自分らしく2001年に向かって明るくいこう。世界では、異死病がある。ネズミ等の菌で高熱だし60%以上が死んでいると。衛生問題があるのだろう。アフリカはこれからの発展する国である。安穏を祈る。

1945年1月28日

 カーソル女史は明言する。(この世代を生きる私たちは、自然と折り合ってい兼ねければならないと私は固く信じています) まさしくで、科学の発展で自然破壊が進む。その故に、防波林破壊し人が害を受ける。自然との調和は当然である。


 釈迦は門下に七つの質問をされた。

1、会議、協議を尊重しているか。

2、協同、連帯を尊重しているか。

3、法律、伝統を尊重しているか。

4、年配者を尊重しているか。

5、女や子供を尊重しているか。

6、宗教性、精神性を尊重しているか。

7、文化の人、哲学の人を、内外に問わず尊び、

他国にも開かれた交流を重んじているか・


 194521

 追撃の手をゆるめるな  戸田先生

 上記、すなわち、人々の苦悩の救済の手をゆるめてはならない。また、人々の苦悩を救う私たちの前進は止められない。先生。とある。川水が山から勢いよく流れているのを、誰が止めることができるだろうか。からに、そうしたら危険の如く、広宣の戦いを止められない。もし、かりに止める人があれば危険である。例えば、内戦、不況、三災等が起こりひどくなる。また、自然の破壊、心の病、三毒充満し危険である。さあ、ついていこう、離れずに、名馬のシッポを離さず千里へ、広布の船に乗り、不幸な人を救済しよう。 

 

194525

 人間は元気でいるかぎり何でもやるべきだ。

 民衆への(奉仕)という根本の哲学を教えること

 大学に行けなかった庶民を見下すような人間になったならば、いったい何のための学問か。

                                                                                                ハーバード大学 ルデンスタイン学長 聖教

 

 上記を見て思う、元気はありがたい、そして人間奉仕は大切とおもう。人間が人間を見下ろすのはいけないと改めて感じる。



OPINION

2018年01月04日 | Weblog

opinion  

 トランプ米国大統領がエルサレムをイスラエルの首都と定めたことでイスラム教が反発で暴動も起きている。二方の指導者の話し合いで平和をすべきであろう。エルサレムは、ユダヤ教、キリスト教の発祥の地で、キリストもこの地で生誕された。また、イスラム教も聖地とされている。宗教は人々の生きる上に欠かせないものであり、人間である信仰は大切なものである。そして、豊かな生活、安穏、平和に欠かせないものである。故に、問題が起きたときは話し合いで解決するのが当然である。なぜなら、平和は、子供、老人、女子、人々が求めているのであります。弱い、抵抗できない人の味方が宗教なのである。鎌倉時代、日蓮大聖人は、権力が武器をもって襲ったりしたが、一切非暴力で対応し人々が幸福になる宗教を弘教された。また、インドのガンジーは時の侵略軍の武力弾圧にも一歩も退かず非暴力で戦ったのである。

                                      月刊 KIBOU 1月号