AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

効果がない耳つぼダイエット Ver.1.3(耳針その1)

2021-08-19 | 全身症状

本稿は、2006年5月に「効果がない痩身耳針」とのタイトルで発表したものである。あれから10年経ち、さすがに耳針で痩せることをPRする針灸師はめったにお目にかからなくなった。しかし現代では針を使わないから痛くなく、しかも安全だとして耳に金属粒などを貼る方法が台頭してきた。名づけて「耳つぼダイエット」である。ネットをみると、「耳つぼダイエット」は多くの記事がヒットするのだが、「耳つぼダイエット」で検索しても、筆者が十年前に報告した「効果がない痩身耳針」はヒットしないようである。そこで改めて「耳つぼダイエット」のタイトルに変えて再度アップすることにした。

 

1.痩身耳針の歴史的経緯

1970年頃、アメリカのシカゴで開かれた国際鍼灸学会で、香港の医師がヘロイン禁断症状である半狂乱に、耳針が効果あったことを報告した。これを契機として1974年のミラノでの国際鍼灸学会では、麻薬中毒はもちろん、ニコチンやアルコール中毒、そして肥満に対して耳針が効果あったことが報告された。
シカゴの学会に参加していた窪田丈氏は、これらの学会報告をヒントとして「クボタ式やせる耳針」という本を発売して、わが国に新しい痩身ビジネスをもたらし、1970年代の後半から10年間、大流行した。(かつて私が知っているクボタ式の先生は、毎月高級車が買える金額を稼いでいた。)世界的にみても、痩身耳針は欧米でも認知されるに至り、本場中国に逆輸入されもした。

やがて痩身耳針の話は、話題に人々の話題に上らなくなった。それは、大枚を出すほどの効果がみられないという事実、耳介の感染問題、熱しやすく冷めやすい日本人気質とに関係するものであろう。

ただし1990年代に、向野義人医師が、これまでとは別の理論的背景をもとに、対照群を設けた臨床比較報告をして、痩身耳針の検討を行い、「痩身耳針は食欲減退作用はあるものの、それだけで痩身ビジネスができるほどの効果はない」との結論を得た。

奇妙なことに、これをきっかけに再び痩身耳針が息を吹き返した。向野先生の実験結果の都合のいい部分だけをアピールした。かつての耳針は鍼灸師が行うものだったが、二度目の流行では、ツボの金属粒圧迫が主流で、これを「耳つぼダイエット」と称するようになった。針を使わないことから、非鍼灸師である無資格者や柔整師でもできることになる。

さらに新たな商法を考案した。それは耳刺激+健康食品販売を組み合わせが莫大な利益を生むことになった。この商法は「広告では痩せなかったら代金返却します」などともPRしているが、3ヶ月30万円ほどの健康食品。耳ツボ施術料金1回2000円×30回分として6万円。計36万円を前払いさせる。仮に1ヶ月後に中止すると耳ツボ施術料金の20回未実施分の4万円のみ返金される。つまり患者は32万円を失うわけだ。



2.痩身耳針の理論と方法

1)クボタ式痩身耳針
 
耳介には全身のツボが集まっていると考える立場があり、彼らにより作られた耳介チャートというものが存在する。中国式とノジェ(フランス人医師)式があるが、わが国では中国式の方が普及している。
 このチャートには、身体の経穴名とは異なり、直接的な名称(胃・肺・心・腰・眼など)がついていたり、その効能や症状名(渇点・高血圧点・神経衰弱点など)がついていることが多い。
 
クボタ式では口・食道・噴門・胃・十二指腸・小腸・虫垂といった消化器系のツボや、渇点・飢点に皮内針を行う。皮内針は両耳に行い、週に2~3回針交換する。現在では感染症対策として上述の部位に小さな金属粒による圧迫を行うことが多い。
要するに胃を中心とした消化器機能亢進が食欲亢進となるから、消化器機能を鎮めることが食欲低下となり、結果として痩身になるという論法である。


2)向野義人方式
 
過食傾向は、胃腸の迷走神経緊張状態で生ずる。迷走神経は、そのほとんどが体幹深部を走行して内臓に枝を伸ばしているが、耳介部(迷走神経耳介枝)は浅層を走行し、とくに外耳孔周囲(肺区に相当する。肺の反射点は広いので肺点ではなく肺区とよばれる)は密に走行している。

上図で紫=迷走神経。オレンジ=耳介側頭神経、緑=大耳介神経の分布

 

緊張時や恥をかいた時、耳介の血流が増えて火照って赤くなることがある。これは高くなった脳深部温度を放熱させて下げるという合目的性がある。また寒くなると先端から冷えやすくなり、とくに耳介は凍傷になりやすいので、迷走神経が分布していることで内臓と同様、温度があまり下がらないようなメカニズムにもなっている。

一般的に針で迷走神経を直接刺激することはできないが、耳介肺区は例外で刺激できる。したがってこの肺区を刺激すれば、迷走神経を刺激できることになる。迷走神経の主な分布は内臓全般にあり、消化器系も迷走神経優位になると活発に活動する。すると食欲も亢進するので、耳部に分布する迷走神経を刺激することで、消化器系の活動亢進を抑えることができれば、食欲を抑える作用があるとするのが痩身耳針の理論である。

しかしこの考え方は一面的である。もし針で迷走神経をコントロールできるのであれば、血圧も体温も心拍数も変化させ ることができ、これは非常に危険なことですらあるだろう。

迷走神経には左右という概念はないので、衛生面を考慮して片耳交互に肺区皮内針刺激を行う。

3.痩身耳針の効果
 
クボタ式には、驚くことに信憑性のある研究報告がない。日産玉川病院東洋医学内科で追試してみたところ「非常に効くケースも中にはあるが、わずかな体重減少にとどまる例が多く、本人がこれを機会に痩せようと思って自発的に食事制限したことを思えば、確率的に耳針で痩せるとはいえない」という結論を得た。
 
向野式には本人による研究結果がある。①食欲は減少するが、痩身耳針というほどには効果ない、②痙性便秘にも効果ある、③塩味に敏感になる、との結果を得ている。痙攣性便秘に効き目があったことは、大腸の蠕動運動亢進状態が改善されたという意味で、副交感神経亢進状態の改善を意味しているといえるだろう。塩味に敏感になるとの意味は、食べ物がしょっぱく感じるということで感冒の進行期(発病時~5日間程度。6日目以後は交感神経緊張で治癒期)などでたまにみられる。この時期は副交感神経緊張状態に傾くので、身体がだるく、いくらでも眠れる時期でもある。鼻水が出ているうちは副交感神経緊張時期、鼻閉に変化した後は交感神経緊張時期。
 
私は両方のやり方を追試してみたが、使う針の本数が16:1とクボタ式が圧倒的に多いためか、クボタ式の方が効果的である印象を受けた。しかし「本当に効いた」と感じたのは10例中1~2例程度である。それも皮内針から金属粒に変えてから効きが悪くなったようである。

メルク医学事典にも、驚きべきことに「肥満に鍼灸は効果ない」と記述されていた。「
痩身耳針が効果がある」と宣伝するのは、本当にそれで痩せるかどうかが重要なのではなく、それをネタとして儲ける手法に過ぎないとえいえるだろう。