1.主訴:両肩関節の外転制限
2.現病歴
痩せて筋力が少なそうな高齢者。2~3週前から次第に、自力では右肩関節は外転60°以上はできなくなった。ときには45°程度しか外転できなくなることもある。当院初診3日前からは左肩関節にも同症状が出現した。ただし肩関節周囲の痛みは感じない。他動的には外転ROMはほぼ保たれている。アームドロップサイン正常 ペインフルアーク正常。
3.診断:三角筋の筋力低下
上腕外転自動運動90°未満は、棘上筋の問題であることが多いが、本例は肩関節の運動時痛もないので、三角筋の問題であると考えた。三角筋が問題となるケースには、外転筋オーバーユース(料理人、ウェイトレス等)の場合と、三角筋筋力不足(高齢者・運動不足・虚弱体質者)の場合もあるが、本例は後者だと判断した。
4.当初の治療
1)三角筋停止部症を考えて、圧痛ある臂臑に刺針しながら、リズミックスタビリテーション手技を行うと、少し改善するが持続効果に乏しいかった。
※リズミックスタビリテーションとは
リズミックスタビリゼイション(Rhythmic stabilization 律動固定)とは、PNF(固有受容性神経筋促通法)の一手法。
患者と術者が反対方向の力を加えることでの均衡状態のこと。力を入れた主動作筋に対して、反対側にある拮抗筋は緩むという性質を利用する。これをⅠa抑制とよぶ。筋の緊張を緩めることで関節可動域の拡大を図る狙いがある。鍼治療では、肩関節付近の最大圧痛点に浅刺した状 態でリズミックスタビリゼイションを行うようにするとようだろう。
5.外関刺針しての肩関節外転運動
三角筋の収縮力不足であれば、やはり身体を鍛える以外に症状改善の手段はなく、それは一朝一夕には成し遂げられないのかと治療を諦めかけた。その時、肩関節の痛みと外転制限には陽池や外関に1㎝ほど直刺して、直後から大幅に外転角が増した症例があったことを思い出し、左右の外関に1㎝ほど直刺した状態で、肩関節の自動外転運動を行わせてみた。すると直後から左右とも肩関節外転角が135°あたりになった。
この効果は、3~4日後の再診後には消失しているが、外関に運動針をする度に外転角が135°程度まで回復し、最近では治療前でも外転90°程度を保つようになった。なお三角筋停止部である臂臑への運動針では、こうした外転制限を改善させる効果はなかった。
6.「外関刺針しての肩関節外転運動」が奏功した意味
ベッドに向かって椅坐位となり、上肢をベッド上に置いて脱力させ、外関に1㎝直刺する。この状態で被験者にゆっくりと肩関節外転動作を行わせると、針体は首側に傾くことが判明する。なお手関節を背屈させると、針体は指側に傾く。外転動作時は、指伸筋を収縮(起始に向かって筋が動く)するので、針体は指側に傾くと予想していたのだが、予想外の結果になった。
そこで筋収縮ではなく、皮膚が引っぱられてこの結果を生むのではないかと考えを改めた。外関に1㎝直刺した状態で、四瀆部の皮膚を曲池方向に1~2㎝引っぱってみた。すると針体は曲池方向に傾いたことで、この皮膚が動いたという仮説は正しいらしかった。ただし肩関節の外転制限がある症例で、そのすべてに外関運動針が効果あるとは限らないので、外関運動針が有効となる条件を模索すると、どうやら三角筋停止部の臂臑の圧痛が出ることと関係があるらしい。三角筋停止部と指指筋間の皮下筋膜の連動線(=アナトミートレイン)が関係しているのではないかと思った。皮下筋膜の問題だとすれば、深刺は必要ないだろう。
※四瀆:前腕屈筋側のほぼ中央。指伸筋腱と小指筋腱との間。
※臂臑:三角筋の上腕骨停止部。上腕の上方1/3ほどの部位。