YNSAとは、Yamamoto New Scalp Acupunctureの略で、山元新頭針法のことをいう。山元敏勝医師が創案した。
山元は1966年頃から針治療に興味を持ち、針の痛覚抑制効果を追究し、針麻酔下で手術も行った。次第に運動障害にも興味を持ち、頭部に置針することで疼痛あるいは運動障害に回復できることに気づいた。
その頃は、中国式の頭針法も我が国に紹介されていたので、その追試を3年間ほど行ったが、思わしい効果が得られず、中国式とは別の山元式の頭針チャートをコツコツと作り上げ、現在に至っている。このYNSAは、日本の医師には余り受け入れられなかったが、先入観の少ない海外の医師にむしろ受け入れられた。その治療効果の高さが評判をよび、逆輸入の形で、わが国でも受講生を増やしているという。
私は、平成24年2月11日、東京で行われるという山元式新頭針講習会に参加することにした。以下は、その概要だが、山元式のマップは多数あることと、図版の版権の問題もあるので、最小限の提示とした。マップ自体はネット検索で入手は容易である。下の写真で、山元俊勝先生(右)、奥様(左)のドイツ人のヘレン先生)
YNSAにはそれは、Basic Points(基礎点) 、Sensory Points (感覚点) 、Brain Point(脳点)、Ypsilon Points(イプシロンポイント)という4グループがある。 ※インプシロンとは、ギリシャ語の5番目の文字「ε」で、”5つ目の”といった意味がある。側頭部に集中した、「内臓点」である。この稿では、基本点と感覚点を中心に紹介する。
1.基本点 Basic Points
前頭部の基本点を説明する。側頭部、後頭部に基本点は存在するが、前頭部と比べて使用頻度 は低い。基本点とは最初に発見した新頭針のソマトトープ(SOMATOTOPE =体性局在)である。現在、A点からK点まである。常用するのA点からE点まである。
基本点は、痲痺、片痲痺、対痲痺などの運動神経障害に主に用いるが、外傷、手術、炎症による運動器の障害および疼痛に適応がある。
例:五十肩の反応点。従来C点を刺激していたが、現在では、これにA点を加える。
2.感覚点:Sensory Points
感覚点は、感覚器官の機能障害、疼痛、外傷、術後疼痛、アレルギーの施術に用いる。
3.脳点:Brain Points (図なし)
大脳点と小脳点は、基本A点から頭頂部へと続く線上で、正中線から約1㎝の位置に両側に 存在する。脳幹点か左右の大脳点、小脳点の間の正中線上にある。
大脳点、小脳点、脳幹点
脳点の適応
3種類の脳点は、多くの神経学的な疾患や障害に用いられる。
すべての運動神経の障害、片痲痺および対痲痺
偏頭痛および三叉神経痛、パーキンソン症候群、多発性硬化症
めまい、視力障害、耳鳴り、失語症
痴呆症およびアルツハイマー病、てんかん
不眠症、鬱病および精神障害
4.内臓点(図なし)
内臓点は側頭部に密集している。
内臓点は主として内臓の機能不全や疾患あるいはアンバランスなどに対して用いる。しかし、運動性、運動神経性障害の施術にも用いる。 基本点の施術で好成績が得られなかった場合は、機能不全やアンバランスの原因は根深いものと考えられる。そのような場合に、内臓点を使用する。 例えば、片麻痺患者の患肢の運動機能を改善するためには、基本C点(上肢)および基本D点(下肢)を施術するだけで十分満足できる良い成果が得られる。しかし、効果が満足できるものでなかったり、期待どうりでなかったりすることもある。このような場合に、内臓点を施術する。この受け手に内臓疾患があるのではなく、内蔵にアンバランスをきたしているためであり、内臓点を施術することにより全身のエネルギーバランスを再構築することができ施術効果をもたらすのである。
心包とは心臓を包んで保護している袋 三焦とは六腑「大腸 小腸 胆 胃 膀胱 三焦」の一つで。 上焦(横隔膜より上部)、中焦(上腹部)、下焦(へそより下部)に分かれ、呼吸・消化・排泄をつかさどるという。
内臓点の適応
あらゆる内臓器官の機能不全に適応となる。 基本点、感覚点、脳点が用いられるすべての適応症にも有効である。 また、あらゆる運動性、機能性障害、さらに心理的障害も治癒できる。
● 下痢、便秘、消化性潰瘍などの消化管の不調
● 胸痛、呼吸困難、過換気症候群、気管支喘息、気管支炎、狭心症、不整脈、頻脈
● 腎の障害、腎結石、多尿症、前立腺肥大症
● 肝炎、膵炎、糖尿病、胆嚢炎、胆石症
● 頭痛、片頭痛、三叉神経痛、顔面神経麻痺
● 片麻痺、全身麻痺、脳性麻痺、多発性硬化症
● 種々の運動障害、頸部痛、胸部痛、腰部痛、尾骨痛
※内臓点を、Y点(イプシロンポイント)ともよぶ。イプシロンとは、ギリシャ語で「5番目」 のこと。側頭部にある。種々の内科的組織的な機能障害の治療に用いるという。
5.診療の方法
どこが悪いのかを診断する。そのために、以前は腹診をしていた。(腹診の図も従来のものとは異なる)しかし腹診には時間がかかるので、首診を発明し、現在では愁訴の聴取→頸診→頭部反応点の触診→刺針という流れになっている。
YNSA独自の腹診、頸診とも、そのように定めた根拠がはっきりしていない。
実際には、頸診察の前に肘部周囲の筋緊張を調べる(これも一つの診察法らしい)ことも多い。
刺針ポイントを決定するには、上述した種々のチャートを組み合わせ、試行錯誤する。刺針して効果不足の場合、そのすぐ横に刺針するか、もしくは別のチャートにのっとって該当部位を探る。
反応点は、指先もしくは爪先で押圧して痛がるところで、骨の凹みがあるという。
施術は必ず両側性に行うが、基本点および感覚点は通常は、患側を最初に施術する。片痲痺の場合は健側を最初に施術する。
針は、セイリン製、ステンレスディスポ針、寸3#5を使用。頭皮や筋内に刺入するが、頭蓋骨までは刺激しない。
置針の皮内鍼の要領で、フランス製のASP(auricular semi-parmanent Needle=耳介半永久針)という鍼を使用することがある。ASPは本来、耳鍼用に開発されたもので2日~4週間程度置針しておく。特殊な挿入器具を用い、押し込むようにして刺針する。非常に小さな置き罵詈で、鍼の尖端は皮下に入るが、鍼の頭は皮膚から出る。数日後に自然に排出されるという。患者はほとんど痛がらない。
6.模擬患者の治療
セミナー当日は、午後から実際に症状のある受講者が患者役となり、模擬治療を行った。模擬患者は、ちょうど20名だった。主だった実際の治療を報告する。ただし聞き漏らした部分が非常に多く、不正確である。
1)N.M女 主訴:腰痛
①左右の合谷の圧痛を比較、②頸診→左斜角筋圧痛より「腎」の問題、③基本穴の左D点刺
④左斜角筋基部刺、⑤症状軽快
2)S.T男 主訴:右背痛、右肩関節後部痛
①基本穴右A点刺、②斜角筋の圧痛チェック、③基本穴D点刺、④基本穴右E点刺
⑤症状軽快
3)Y.N女 主訴:首・肩の痛み、目のかすみ
①基本穴右頸椎刺 ②基本穴右C点刺
4)S.N男 主訴:右突発性難聴に伴う聴力低下
①前額部耳鳴点、②右額角髪際部の耳鳴点、③効果なし
5)M.H男 主訴:手足の冷え
①頸診、②基本穴A点刺、③基本穴C点刺、④効果良好
※本症例は難しい症例だが、治療効果が出たのには驚いた、
6)A.T男 主訴:首の左側屈で出現する左耳鳴
①頸診 ②耳垂部からの頸椎刺 ③基礎点D刺 ③左胸鎖乳突筋起始部手技針
7)A.S男 主訴:ムチウチ(首から背部にかけての痛み)
①肘部の手三里付近の圧痛点刺針、②頸診、③左基礎点A点、右A点刺、④症状軽減
8)S.T男 主訴:右股関節開脚痛
①頸診にて左腰椎に反応、②脳神経の膀胱点刺、③左基礎点E点刺、④症状軽減
9)Y.I男 主訴:胸椎の上部と周囲の痛み
①頸診 ②基礎A点刺 ③肘部診察 ④角孫付近2本 ⑤頸診 ⑥上星付近刺 ⑦症状軽減 10)M.T女 主訴:頸椎捻挫、腰痛(交通事故後遺症)
①頸診→左胸鎖乳突筋起圧痛足、②右側頭刺 ③症状軽減
11)S.K男 主訴:アレルギー?に伴う咳、鼻水、痰
①鼻症状に→額中央刺、 ②咽・咳に→前頸部診察 ③肺点針(コメカミあたり)
12)Y.A女 主訴:右膝痛(40年前、右半月板損傷)
①右肘チェックで腕橈骨筋圧痛+ ②左基礎C点刺針 ③前頂刺 ④症状軽減
7.講習会に参加しての率直な印象
平成24年2月11日、午前10時~12時30分を解説、午後1時30分~4時30分を実際の治療ということで実施した。受講者は計55名で、満席となったので数名は受講を断ったという。受講生の内訳は、7割が鍼灸師、3割は医師という印象。ANSAは日本の医師にはほとんど評価されず、一方山元先生は英語、ドイツ語とも堪能なので、海外からの受講生の方が多いといわれている。今回は、東京で開催されることと、鍼灸師でも受講可ということで、講習費4万円(早期割引で3万5千円)と高額にもかかわらず、多数の先生方が集まったという。(ドクターのみ受講とすれば、これほど集まらないだろうと某医師は話していた。
私は、3年ほど前、通販で山元先生の著書を取り寄せ、一読した。その華麗な経歴とは裏腹に、論理性の乏しさに驚いたことがあった。今回初めてセミナーに参加するにあたって、本では書けなかった論理を期待したのだが、これは期待外れに終わった。結局、山元先生が発見したという頸部を中心とした圧痛点の所在を診ることで、該当の頭皮ポイントを刺激せよということにつきる。最初から最後まで仮説で診断し、仮説で治療することになる。
山元式頭針法は、国内のドクターからの熱心なファンは少ないというが、人気の乏しさは、論理的でないことにあると考える。海外のドクターが多い理由は、外国語で講義が受けられることと、その治効性が評判になっていることの2点であろう。十二經絡を使った治療ではなく、現代鍼灸の理論も皆無であることから、針灸師にとっても、とっつきにくいという印象を受けた。
一方、20名の実際の治療を見学し、おおむね治療効果は良好だったが、難聴や耳鳴は、やはり治療困難なことが多いことが分かった。一方、手足の冷えに対しても速効があったことは驚きであった。
有効率は、7~8割程度であろう。この数字は、鍼というものを知らない者からみれば、素晴らしい数字かもしれないが、これまで十年、二十年と針治療を行ってきた者からすれば、現在自分が行っている針と比べ、特段に効果的というわけではないだろう。もっとも、当日セミナーでの治療は模擬的であり、セミナー受講者を患者に見立てたものなので、難治性疾患の治療に関しては、YNSAの方が効果的である可能性もある。