上海阿姐のgooブログ

FC2ブログ「全民娯楽時代の到来~上海からアジア娯楽日記」の続きのブログです。

久しぶりにソウルに行きました-デモと紅葉のソウルの秋-

2015年12月07日 | 普通の日記
11月の中旬、数日間ですがソウルに行きました。
11月14日(土)の夜は自由時間ができたので、珍しく中国人の同僚ど二人で夕方から遊びに行きました。
同僚はソウルは初めてだったので、明洞から歩いて市庁を見学して、光化門広場の世宗大王の銅像を見に行こうということになりました。

2015年11月14日はソウル市内中心部でパクウネ政権に抗議する大規模なデモが行われた日でした。
夜になっても街中にデモ隊が溢れており、どこを通ってもデモのグループと鉢合わせました。
パク政権とは関係のないロッテグループに対するデモや、農業問題のデモなども混ざっており、カオスでした。

明洞のロッテデパートを出ると、ロッテグループへの抗議デモにぶつかりました。韓国でメジャーなローソクデモ。

  

ロッテホテルの前にはテントを張って水を配ってデモを支援しているおばさんたちがいました。
「何を抗議しているんですか?」と話しかけたのですが、言葉が通じなくて、「ロッテは悪い!!」と言っていることしか分かりませんでした。
ですが、私たちにペットボトルのお水とキムパップをくれました。多分余ってたんだと思います。

この後、この水が非常に役に立ちました。キムパップも美味しかったです。

市庁のあたりも旗を持ってデモの服を着たグループがたくさん集まっていました。年配の男性ばかりでした。

私たちは世宗大王の銅像を目指して歩き続けました。

光化門の向こうには大統領官邸(青瓦台)があるので、だんだんデモの人数が多くなり、警察が道路を封鎖していました。人だかりの向こうに警察の放水車が見えます。

「あ、警察が放水始めたな」

と思って、しばらくぼうっと眺めていました。
少しすると、異臭と刺激物を鼻から感じました。催涙剤が放水銃に入っていたようです。
「催涙剤が入っている」という認識がなくても、「何か物質が撒かれたんじゃないか」と気付くほどの刺激が感じ取れます。
ただし、「催涙剤」といっても涙は出ません。異臭がして、鼻や喉に刺激物を感じるので、鼻がむずむずして咳が出ます。周りで咳き込んでいる人も多かったですが、はっと気付くとすでにマスクをつけている人もたくさんいました。

ロッテホテルの前でおばさんにもらった水があって助かりました。

後で知ったのですが、催涙剤はカプシカムという物質が成分になっており、カプシカムはくしゃみや鼻への異物感を引き起こすそうです。

しかし、ゲホゲホと咳している人のすぐ傍で、観光客や一般通行人が普通に歩いています。

この写真は「清渓広場」です。ソウル中心部を流れる「清渓川」の始点でソウル市内でも有数の観光スポットです。



路上では警察の車が催涙剤入りの放水銃を噴射しているのに、その下を流れる清渓川では、ごく普通に多くの観光客がライトアップされたモニュメントを背景に写真を撮り、川にコインを投げ入れています。

その光景はシュールでもあり、ソウルならではの不思議な調和であるようにも感じました。

デモ隊をブロックするための大型バスでの壁の作り方、バスのタイヤパンク防止のカバーなど、素人の目から見ると韓国警察はデモ対応に対するノウハウに長けていると見えますが、ソウル市民は警察の対応に不満を持っているようです。





デモ活動は、放水銃で狙われながら歌に合わせて皆で決まった振り付けで踊ったり、エンタメ的な要素もあります。
大学のブルゾンを着て行動している人たちもいます。
良く似た顔立ちをした親子3人が同じマスクをつけて、じっとデモを見ていました。
参加しているのか、見ているだけなのか。
最後は、デモ参加者がゴミを片付けていました。

機動隊のバスもかなり損壊されていました。けが人や拘束者も多く出たようです。タイヤ部分はガードされていますが、無事だったのでしょうか。




街中のいたるところにデモ参加者が往来していましたが、緊迫状態にあるかというと、必ずしもそうとはいえません。
デモのたびに交通渋滞・交通マヒは起きており、救急車が迅速に出動できないなどの問題はもちろん指摘されています。
ただ、四方がふさがれて立ち往生している車などもありましたが、それほどイラついている様子は見られませんでした。

パク政権に対する批判スローガン。パク政権は権力を行使する資格がないので権力を明け渡せといった意味だそうです。


どうしてデモをやっているのかと尋ねると、大学生の女の子が、「歴史教科書の国定化の問題、労働法改正の問題、セウォル号事故処理の問題、それから他にもたくさんの問題が絡み合っていて、とても複雑」と言っていました。

私たちは大通りで交通整備をしている警官に「世宗大王の銅像を観にいきたいんですけど、どう行ったらいいですか?」と観光地図を指しながら尋ねました。
警官は英語ができませんでした。そこで、路上で一時停車してる運転中の男性に「お前、英語できるか?」と聞いていました。
その大通りは一部封鎖されていたので、運転中の男性は方向転換に困っていたようで、警官に道を尋ねているところでした。大通りでも交通量は非常に少なかったです。

男性: この道をまっすぐ行って右に曲がれば光化門広場に着くよ。
私: でも、警察のバスがバリケード張ってるから通れないですよ。

そういうと、運転中の男性は、警官に向かって何かを尋ね、それから私たちに向かって、

男性: 観光客だって言えば、警察が通してくれるよ。

と言いました。

ほんとかよ・・・と思い、その男性が言うほうに歩いてみましたが、案の定通れませんでした。
バスで完全に遮断しているので、通れるわけがないのです。

しかし、市民の男性も交通整備の警察官も、私たちが外人だと分かっていても、「危ないからデモのほうには近づくな」とは言いませんでした。

ちなみにその男性は、大して寒くもないのにカーヒーターをガンガンに効かせて、シルバーブルーのおしゃれな車を運転しながらタバコを吸っている、バクヘジンに似たイケメンでした。

デモに参加している人、デモをサポートしている人、通行人の韓国人や欧米人、交通警備の警察官など、適当に話しかけてみると、
いずれもフレンドリーでギスギスした雰囲気は案外ありません。
これだけの警察が出動していても、気楽に構えていて、「大丈夫、通れるよ」といった返事ばかりで、「気をつけて」とすら言われません。

状況を正しく把握していないだけかもしれませんが、市民生活においてデモが常態化しているのかもと思いました。

今後デモがさらに大規模化し、警察との衝突により不幸な事故が発生すると、それをきっかけに対立が激化し、「フレンドリー」などとは言っていられなくなるかもしれません。
11月14日は、「10万人規模のパク政権反対デモ」と同時に、久しぶりに雨が止んで清々しい夜を楽しんでいる人が共存していました。

ですが、私は警察のバスで囲われた中で何が起きていたのかは見ていません。
私だけではありません。あのパクヘジン似のお兄さんも、交通整備の警官も、通行人も、実際には見ていないのです。
警察バスで封鎖された壁の向こうでは、警察、市民ともにもっと悲惨で、血が流れるような状況だったのかもしれません。

一度だけ、バスの壁の向こうにいる機動隊員と目が合いました。
機動隊員はすごく若くて、ヘルメットと防毒マスクをしているので目と顔の半分しか見えなかったのですが、女の子かと思うような若さでした。
私と目が合うと、機動隊員は焦ったような緊迫した目をしていました。


11月15日(日)は久しぶりに晴れて、韓国人の友達と遊びに行きました。
地下鉄に乗っていたのですが、すごくきれいな紅葉が見えたので、降りることにしました。
そこは地下鉄4号線のトンジャク(銅雀)駅にある「国立ソウル顕忠院」です。
韓国要人、歴代大統領などのお墓もあるので、名所として訪れることが可能です。
韓国旅行サイト「コネスト」の記事でも紹介されているとおり、「民族の聖地」であるとともに一般人も出入りしやすい墓地公園です。
http://www.konest.com/contents/spot_mise_detail.html?id=3534

写真ではとても表現できないほど紅葉がきれいでした。南山公園や景福宮などもきれいですが、この国立墓地は比べ物にならないほどきれいです。

地下鉄4号線の駅と隣接しており、交通の便も良いです。友達の親戚の何人かもここに埋葬されていると言っていました。
国立墓地としては大田(テジョン)の国立顕忠院のほうが遥かに規模が大きいそうで、最近亡くなった要人は大田のほうに埋葬されているそうです。


天気が良ければソウルの市街地を見渡すことができます。ここから見える一番高いビルは建設中の第2ロッテワールドタワー。





とても広いので全体を回ることはできませんでしたが、入口正面のエリアは墓石の後に刻まれた年代をみると、ベトナム戦争の戦死者墓地が集まっているようです。

  

友達には久しぶりに会ったので、歩きながらいろいろ話をしました。





韓国初代大統領李承晩(イ・スンマン)の墓地と記念碑もあります。
パク・クネ政権の歴史教科書問題は朴正煕元大統領の評価に絡みますが、もっと遡ると李承晩に対する評価も論点の一つになっているそうです。


夜は日本食を食べました。

エセ昭和なかんじのレトロな日本居酒屋。弘益大学(ホンデ)の近くです。



客層は100%韓国人。メニューは韓国表記のみで店員は誰も日本語をしゃべれませんでした。
大学生や20代の若い社会人のお客さんたちで店内は賑わっていました。
「がんばれ父ちゃん」という日本酒を店員さんから強く勧められました。
「アルコール度が低くて、甘くて飲みやすいからお酒に強くない人や女性にも人気」とのこと。
  

聞いたことのないお酒だったので、後日「がんばれ父ちゃん」をYahooで検索してみるとこんなニュースが。
新潟県産日本酒「がんばれ父ちゃん」が韓国で人気 2014年11月28日(朝日新聞デジタル)
http://www.asahi.com/articles/ASGC54J5LGC5UOHB01C.html

ニュースは本当だった・・・!

この日本料理屋は、刺身と寿司、魚・貝の鍋料理が中心で、素材の組み合わせや盛り付けが微妙に韓国風になっています。
韓国料理にも刺身や海鮮鍋はメジャーな料理として存在しているので、別にこれ、日本料理として食べなくてもいいんじゃない
というような料理でしたが、昭和レトロな雰囲気の素朴な居酒屋空間がソウルの若者にウケているようです。
料理は美味しかったですが、値段は安くはありません。「がんばれ父ちゃん」も日本の市販価格と比べると相当高い値段で出されていました。

男性2人で一升瓶の日本酒を注文して、ワインクーラーに一升瓶を冷やして飲んでたり、日曜日なのにスーツで飲んでいる若い男性サラリーマンのグループ、合コンかと思われる6人グループの男女、合コン後の初デートかのような男女2人組は、男性のほうがとにかくニコニコして女性の話を一生懸命聞いている姿が私の席から目に入りました。

以前、11月末にソウルに行ったことがありましたが、そのときは紅葉などまるっきり見えませんでした。

来るのがあと2週間、もしくは10日遅かったら、ソウルの紅葉がきれいだということにずっと気付かなかったのでは。

あと1週間滞在がずれていたら。警察が放つ「催涙剤」は涙が出るというより、咳やくしゃみが出るものだということも知らなかったのでは。

「知らない」ということ自体に気付かずに、時が過ぎていったと思います。

11月14日には確かにソウルで大規模なデモが起きて、何万という人がパクウネ政権への抗議活動に参加していました。そのすぐ隣では、個人の生活を過ごす市民や観光客が大量に共存していました。

どんなときも様々なものが共存しているけれど、何か際立ったものが一つあると、共存しているものの存在が見えにくくなってしまうのかもしれません。
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2014年フィギュアスケート中国杯男子ショートプログラム観戦~事故1日前の羽生くん

2014年11月24日 | 普通の日記
11月7日(金)の夜、上海で行われたフィギュアスケート2014年中国杯を観にいってきました。
羽生くんが2日目の練習中の事故で、負傷しながらフリーのプログラムを滑り2位に入り、大きなニュースになりました。
私は羽生くんが負傷した2日目のフリーではなく、1日目のショートプログラムのみを見ました。

中国杯には日本からたくさんのファンが観戦に来ていました。大会はショート、フリー、エキジビジョンと3日間に渡り行われます。
私が見た11月7日(金)夜19時半からの男子ショートプログラムは、前5列目くらいまではほとんど日本からの観戦客で埋まっていました。
大会の会場は東方体育センターという上海のやや郊外にある屋内スポーツアリーナですが、会場に足を踏み入れると、

ここは日本か・・・・・?

と思うほど、日本企業のスポンサー広告で埋め尽くされていました。

メインスポンサーのトヨタLexusはまだ中国向け宣伝といえますが、リンクを取り囲む日本企業、高須クリニック、ほけんの窓口、JACCSなどほとんどの企業が、中国とはほぼ関係がなく、明らかにテレビ中継を通じた日本向けの宣伝枠として機能していました。広告だけ見ていると、中国杯は場所だけ上海のスポーツアリーナを借りた、日本の衛星試合のようでした。

■トヨタLexusの屋外展示


■リンク周辺は日本企業の広告と、日本ファンが持参した垂れ幕に囲まれる


羽生くんの所属クラブである全日空も全面的に協賛しています。
■会場内の全日空プロモーションブース


■「頑張れ!羽生!」


男子ショートプログラムには11人の選手がエントリーされており、日本人選手は2人です。
海外の会場まで足を運ぶようなファンは、かなり熱心なフィギュアファンといえますが、日本の選手だけを応援しているわけではなく、フィギュアというスポーツ自体を応援しています。

ミーシャ・ジーというウズベキスタン代表の男子選手がいます。

ミーシャ・ジーが出てきたとき、前列のお客さんがいっせいにウズベキスタンの旗を出してミーシャを応援しました。
ウズベキスタン人が上海にスケートを見に来たりしません。
中国人の中に、ミーシャのファンがそれほどいるはずもありません。
日本から観に来たファンが、ウズベキスタンの旗をかかげでミーシャ・ジーを応援しているのです。

この応援マナーは独特だと思いました。

会場には上海在住と思われるアメリカ人のグループが観戦に来ていましたが、彼らはアメリカ選手が出てくるときのみ星条旗を掲げて賑やかに応援します。これが一般的なスポーツの応援風景だと思います。

ですが日本人ファンは、個人的に応援している選手が出場すると、その選手の国の国旗をかざしてアピールします。日本、ロシア、中国、ウズベキスタンの旗をとっかえひっかえ出します。いったい何種類の国旗を持ってきているのでしょうか・・・。

よく、ロシアやヨーロッパのフィギュア選手が「日本が好き」とか「日本は第二の故郷」と発言してメディアに取り上げられますが、そりゃ日本を好きになるわと思いました。これほど海外フィギュア選手を暖かく迎える国は、日本だけなのでは・・・。

テレビでフィギュアの海外の大会が中継されるとき、客席がガラガラのときがあります。日本大会以外は、ガラガラのときの方が多いかもしれません。中国杯も、男子は羽生くんのおかげもあり前方は埋まっていましたが、ペアのショートプログラムはガラガラでした。

私が観にいった翌日、大会2日目のフリーの6分間練習で、羽生くんがあんなことになってしまって本当に驚きました。

1日目はあんなに元気に滑っていたのに---。

事故が起きたのは「本番前の6分間練習」ですが、ショートプログラムの前にも「6分間練習」はあります。見ていて危ないなとは思いました。
中国杯の場合、男子シングルのエントリー選手は11名だったので、前半5名、後半6名に分かれて演技します。
つまり、前半5名の6分間練習 → 前半選手5名がひとりずつ演技 → 後半6名の6分間練習 → 後半選手6名がひとりずつ演技という流れで行われます。
スコアで順番が決まるので、羽生くんは上位者が集まる後半グループに入ります。
男子ショートの滑走順序はラストの11番目でした。
つまり、羽生くんが6分間練習をしていたときは、6名の選手が同時にリンクでウォームアップすることになります。
男子はウォームアップで3回転ジャンプを跳ぶ選手も多く、すれすれのところまで選手同士が接近することもありました。
かなりひやっとするシーンもありましたが、選手はこういう状況にある程度慣れてしまっているのかもしれません。

■男子ショート 6分間練習






1日目の男子ショートの日、羽生くんは6分間練習のとき、まっさきにリンクに飛び出しました。

リンクに出たときは最初は背中にJAPANとロゴの入った黒いジャージを羽織っていました。が、途中でジャージを脱ぎました。
脱いだ瞬間、女性ファンの大歓声で会場にどよめきが起きました。

羽生くんのスケートを会場で見たのは初めてでしたが、ものすごくオーラがあってきれいです。
ジャンプの精巧さがよく話題になりますが、一番の魅力は柔軟性だと思います。
スケーティング自体が滑らかできれいです。会場で見ていると、スケート靴の刃と氷が触れる音が聞こえますが、羽生くんは音もなく滑ります。
ソチオリンピックで金メダルを取ったときは、プルシェンコの棄権、フリーでの転倒などもあり、疑問視する声もありましたが、中国杯に登場した羽生くんは実力と才能に溢れた選手でした。出てきただけで別格オーラがあります。
そして、小顔で細身なルックスからは繊細なイメージを抱きがちですが、羽生くんは勝利への渇望がみなぎるファイターだと思いました。
羽生くんの背後には、「僕は勝つ僕は勝つ僕は勝つ---」という闘志の炎がめらめらと燃えているように見えます。

日本ではフィギュアスケートは冬季オリンピックの花形競技です。オリンピックでは選手は日の丸を背負って戦っている・・・少なくともメディアではそのような姿が報道されます。ですが、フィギュアスケートというものは、競技者の絶対人口が少なく、国別に戦うような競技でもないんだなと改めて思いました。
中国杯で1位、2位になった選手と、9位、10位になった選手の演技を比べると、素人がみても一目でレベルの違いが分かります。世界大会で1位と10位のレベル差がこれほど明白というのは、不思議な感じがしました。
層が薄いという言い方もできるかもしれませんが、絶対的な競技人口が少なく、しかも、トップレベルに上り詰めるまでの過程が非常に困難なスポーツだということが分かります。
特に男子フィギュアスケーターは、存在自体がレアで、世界は広いけれど同じステージで戦える選手はほんの少ししかいなくて、このような大会にエントリーできる選手たちは敵というより「全員仲間」なんじゃないかと思ってしまいました。

2日目のフリー、なぜ羽生くんは出場することを選んだのか。それは羽生くんにしか分からないことですが、「なぜ」と考えずにはいられません。あの羽生くんにのしかかったスポンサー広告の数々を見ると、誰だって疑問を持つと思います。

羽生くんと2日目の練習中にぶつかったのは、イェン・ハンという中国人の選手でした。中国国内ではとても有望視されている選手です。イェン・ハンも負傷しながら、フリーの演技を敢行しました。
私は羽生くんを応援してはいますが、「日本人」という生まれたときに自動的に与えられた属性しか、羽生くんと共通点がありません。イェン・ハン選手は中国人ですが、「男子のトップクラスのスケーター」という世界に数名しかいない稀有な属性を共有していて、客観的にみて羽生くんにずっと近い存在です。
羽生くんが棄権しなかった気持ちを分かることができるのは、イェン・ハン選手なのかもしれません。

羽生くんのスケートを会場で観たのはこの1回だけですが、羽生くんはファイターだと思いました。
2日目のフリーに羽生くんが出場したとき「格闘技じゃないんだから、血を流してまでリンクに立たなくても」という意見もありました。
フィギュアは格闘技ではありません。でも羽生くんはファイターだと思いました。

■男子ショートプログラム 羽生くん滑走後のリンク。前に座っていた日本人ファンがいっせいに立ち上がり、多くの花束やプレゼントがたくさん投げ込まれました。
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ソチオリンピック~中国フィギュア若手選手の活躍と中国での冬季五輪の価値

2014年02月25日 | 普通の日記
ソチオリンピック17日間の戦いが幕を下ろしました。
中国では冬季オリンピックに対する関心は低く、ほとんど注目されていません。国民の半分くらいは、ソチオリンピックの存在を認識していないのではと思います。存在を認識している人でも、いつ開幕していつ閉幕するかを知っている人は珍しいです。あまりにも関心が低いので、選手が気の毒になってくるほどです。
周りの中国人に「どうして中国は冬季オリンピックに対する関心がこんなに低いの?」と聞くと、「中国は冬のスポーツはダメだから。」と答える人が多いです。しかし、決してダメというほど悪くはありません。ソチオリンピックの中国のメダル獲得数は金メダル3つ、銀メダル4つ、銅メダル2つの合計9つで、全体のランキングでは12位、アジア諸国の中では韓国を僅かに上回りトップです。(韓国は中国より銀メダルが一つ少なく全体で13位)

中国で冬季オリンピックが関心を持たれない理由として次に多く挙げられるは、「ウィンタースポーツは一般市民の生活からあまりにもかけ離れているから。」というものです。この理由は納得できます。人口の3分の1くらいは恐らく雪を見たこともなく、スキー場にアクセスできる立地条件に暮らしている人は、全体の中のごく僅かです。なので、冬季五輪の種目が人々の共感を得られないのは無理もないかなと思います。

ソチオリンピックでは9つのメダルを獲得しましたが、中国のメダル獲得種目は非常に偏っています。大半のメダルをショートトラックで稼いでいます。しかも女子が強いです。
【中国選手のソチオリンピックメダル獲得状況】
周洋  女子ショートトラック1500メートル金メダル
李堅柔 女子ショートトラック500メートル金メダル
張虹  女子ショートトラック1000メートル金メダル
範可新 女子ショートトラック1000メートル銀メダル

武大靖 男子ショートトラック500メートル銀メダル
韓天宇 男子ショートトラック1500メートル銀メダル
陳徳全/石竟男/武大靖/韓天宇 男子ショートトラック5000メートルリレー銅メダル

徐夢桃 女子エアリアル 銀メダル
賈宗洋 男子エアリアル 銅メダル

また、メダル獲得選手のほとんどが吉林省か黒龍江省出身というように、選手の出身地域も極めて偏っています。吉林省は北朝鮮と国境を接する中国の東北地域で、黒龍江省はロシアとの国境がある地域です。

日本ほどではありませんが、フィギュアスケートは冬季五輪の花形人気種目です。
中国はペアに力を入れており、ペアは毎回上位に入賞していますが、シングルはあまり良い成績を上げられず、特に男子シングルは非常に弱い種目とされてきました。
ソチオリンピックでは、若い世代の選手が活躍し、国内で期待を集めています。

男子シングルでは、イエン・ハン(閻涵/Yan Han)が7位の成績を残しました。
男子シングル総合7位は、中国男子シングルの五輪の成績としては歴代最高です。「やっと、中国の男子シングルも希望が見えてきた」と言われ、注目の若手選手の一人です。まだ17歳と若く、今後の活躍が期待されます。
■中国フィギュア男子シングルイエン・ハン(閻涵/Yan Han/ハン・ヤン)。


イエン・ハンは初の五輪で7位という好成績を残したので、中国の国営局CCTVのスポーツチャンネルでインタビューが組まれました。インタビューには女性コーチとともに登場しましたが、イエン・ハンは小さな声で訥々と話す、素朴な色白の少年といったかんじでした。
男子シングルの金メダルが同じく10代の羽生君だったこともあり、インタビュー番組の司会者は、イエン・ハンと羽生君を未来のライバルに持ち上げて話を盛り上げようとしたのか、「羽生君とはジュニア時代から長年競い合ってきた関係なのでしょうか!」と話をふっても、イエン・ハンは「いえ、そんな・・・」みたいな低調な反応で、素朴でマイペースな少年に見えました。しかしコーチは、「イエン・ハンには、スケーティングの技術の上達も必要だが、情調面での成長が必要。ときどき激情を発することがあるが、その激情を外に発散させるのではなく、自分自身に向けてしまうときがある。」と語っていました。淡々としているけれど熱い何かを秘めているようなところのある選手です。
中国では、日本のフィギュア選手に対しては比較的関心が高く、特にキムヨナと浅田真央にはずっと注目していました。しかし、いかんせん冬季スポーツ全体に対する根本的な認知度が低く、羽生君なども中国フィギュアスケートファンの間では人気がありますが、全体的にいうと、フィギュアという種目自体正しく認識できていない人が多いのです。(というか、日本ほどフィギュアスケートに高い関心を寄せている国は他にないのでは・・・。)

女子シングルでは、李子君がオリンピック初出場で14位に入りました。ものすごく可愛い選手です。彼女も17歳で、黒龍江省の出身です。
■中国フィギュア女子シングル 李子君(リー・ズージュン/Li Zijun。中国では君君/ジュンジュンという愛称で呼ばれる))


緊迫したショートプログラムでも、李子君はにこにこと笑って、まさに氷上の天使でした。女子シングルで常にほほ笑みを絶やさなかったのはこの子だけのような気がします。彼女は声もとても可愛く、少女らしい話し方をします。インタビューであどけなく、「私の力は上位を争う実力者たちには到底及ばない。自分はメダル争いには関係ない、いつものスケートをするだけ。」と語っていました。

これは、日本の選手にはとても言えないセリフだなと思いました。
日本では、出場権を勝ち取るために熾烈な選考が行われています。選考を勝ち抜いて、日本代表としてオリンピックに出るというだけで、大変なプレッシャーを背負っています。
李子君は、演技用のメークに白いチームジャージを着た姿で「今回のオリンピックではたくさんの収穫を得た。今後に生かしていきたい。」とインタビューに答える映像が何度も流れ、これから期待したい選手と位置付けられています。

中国CCTV(中央電視台)のスポーツチャンネルがソチオリンピックを放送していましたが、実況のアナウンサーは、李子君の体格、柔軟性からくる素質を誉めながらも、「彼女の持てる力の範囲の中で最高の演技をしてみせました。」と冷静なコメントで応援していました。
ソチオリンピックが終わってみて思ったことは、メダルを取らなければどんなに可愛くてもスターにはならないんだなということです。
結果を残せないスポーツ選手に対する目は厳しくドライです。
もともと中国は、何事においても結果主義的な傾向が強いですが、スポーツに対しても、結果主義であることを感じます。
日本は、結果もさることながら、スポーツマンシップが大切、試合の内容が大事といった見方が比較的強いです。また、選手にまつわるドラマやエピソードがたくさん紹介されるので、選手を応援することで、観客は感情移入しドラマを擬似体験することができます。ですが、中国では選手の人間的なエピソードはある程度影響するものの、やはり競技者としての側面が重視されていると感じます。

中国の女子エアリアル選手に、李妮娜(Li・Nina)という有力な選手がいます。トリノ、バンクーバーと連続して銀メダルを獲得しています。ソチの決勝では着地で大転倒して、メダルを逃がし4位に終わりました。この李選手は美人アスリートとして有名です。しかし、上村愛子選手と比べると、上村選手ほどの国民やメディアからの注目、応援は受けていません。スキーをはじめ、もっというと、大半のスポーツが、中国の大多数の市民にとって物理的に手の届かないところにあることも関係していますが、中国では全般的に「アスリートは世界一になってこそ讃えられるべきもの。」と考える傾向があります。銅メダルでは話題にもならないといってもよく、結末に待っているのは感動とは限らず、競技は本来残酷なものなのだと感じました。
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パンダと不動産と三国志の都・成都~成都パンダ基地訪問

2014年01月21日 | 普通の日記
先日四川省成都にある「パンダ基地」(成都大熊猫繁育研究基地)に行ってきました。ここは中国最大規模のパンダの繁殖・生育基地です。観光用に一般公開されており「パンダ専門動物園」といったかんじのところです。赤ちゃんパンダから高齢パンダまで、たくさんのパンダを見学することができる成都のメジャー観光地の一つです。

成都大熊猫繁育研究基地(パンダ基地)
入場料:大人58元(2014年1月現在/日本円換算約1000円)
オフィシャルサイト(日本語版もあります)
http://www.panda.org.cn/

■正面ゲート。国内客が多いですが、欧米人の観光客の姿も目立ちます。


■チケット


交通機関は、成都市内の「新南門バスターミナル」から出ている直通バスが便利ですが、直通バスの運行時間やバスの乗り方がよく分からない場合はタクシーを使ってもいいと思います。ひどい渋滞にぶつからなければ、成都市街地から片道30分~45分で着くので、50元から100元の間で足りると思います(日本円換算で片道1700円以内)。
帰りは、正面ゲートを入ってすぐのところに直通バス(直通車)のチケット売場があるので、切符を買いやすいです。直通バスは1時間に1本くらいの間隔で運行されています。ゲート前にタクシーも何台か止まっています。

パンフレットには3時間コース、1.5時間コースがモデルプランとして設定されていますが、全体をざっくり見るだけでも最低2時間はかかると思います。ゆっくり見たら半日かかります。園内は有料カートが走っていますが、カートが運行しているエリアは限られているので、かなり歩くことになります。また、園内は広く道が蛇行しているので迷いやすいです。1.5時間などの短時間で見学したい場合、ガイドさんを頼んで引導してもらった方がいいです。

パンダ基地では、パンダが屋外で過ごしている姿を見ることができます。パンダは生殖能力が極めて低いことで有名ですが、近年は安定的に繁殖に成功しており、園内のパンダの数は100頭を超えています。

■成獣パンダ。午後は特にごろごろしています。


■パンダが何匹もいて、適当に転がっています。石なのかパンダなのかよく分からないときがあります。毛がだいぶ汚れています。


■成獣パンダ。


成獣になると単体で生活する習性で、食べているか寝ているかのどちらかですが、赤ちゃんパンダは本当に可愛らしく仲間と遊びんでころころ転がっています。
■生まれたばかりの赤ちゃんパンダ。


■1歳未満の子供パンダ。午後になっても皆でご飯を食べている。手で上手に竹を持ちます。


■幼年パンダ。




■かなり近い距離でパンダを見ることができます。


パンダたちが食べている竹は、原生林から輸送したものだそうです。しかもパンダは、草食化したにも関らず、肉食動物の胃の仕組みをしており、消化効率が悪いです。野生のパンダは1日8時間活動し、8時間のうち4時間は食物の竹を探して歩き、残りの4時間は竹を食べる時間と言われます。人間に育成されているパンダたちは、自分で食物を探す必要がないので、食べる時間以外は寝ています。パンダの育成には莫大なお金がかかります。「パンダ基地」では、企業が育成資金を寄付し、パンダの“養い親”(フォスターペアレンツ)になるという仕組みが取られています。パンダの成育費を引き受ると、パンダの名付け親になることができます。2~3年の期間限定援助も可能です。日系企業では、東芝グループの中国現地法人がパンダの期間限定スポンサーになっていました。パンダの名前は「東東」(トントン)と「芝芝」(ジージー)です・・・。

■香港のテレビ局「鳳凰衛視」(フェニックステレビ)が“生涯フォスターペアレント”になったことの記念碑。2匹のパンダに「鳳鳳」(フェンフェン)と「凰凰」(ホアンホアン)と命名。


■モトローラの中国法人が“生涯フォスターペアレンツ”に。


パンダ基地では「お金を払えばパンダを抱いて一緒に写真を撮ることができる」と聞いていました。こういう言い方をすると、パンダを使ったえげつないお金儲けのように思われますが、実際には、パンダを知る学習プログラムに参加し、そのプログラムの過程でパンダを触り、写真撮影もできるという形が取られています。プログラムの参加費は「2000元以上」(今のレートで約35000円以上)です。受入人数、申込時間に制限があるので、「2000元払えばいつでもパンダと写真が撮れる」というわけではないです。

現在野生のパンダが生息する地域は極めて少なくなっており、生息が確認される地域は四川省、陝西省、甘粛省などごく僅かです。パンダ基地のことを「パンダの故郷」と呼んでいた人もいるので、静かな山奥にあるのかと思っていましたが、全然違いました。原生林とはほど遠い環境にあり、郊外の農地を買取ってパンダ園を建設したようなかんじでした。
いま成都は内陸の中核都市として経済成長が著しく、不動産建設ラッシュです。パンダ基地がある郊外にもマンション建設が迫っています。パンダの生息地が減少したのは、人間が自然環境を奪ったことが大きな要因の一つです。一方、基地内のパンダの数が増えたのは研究技術の進歩と資金のおかげです。その資金は中国経済の成長にかかっており、中国経済を左右するのは不動産業と言われています。成都では、不動産建設とパンダの繁殖、二つの「成長」を同時に見ることができます。私自身、元旦から成都に行ったのは、パンダを見るためではなく、友人が成都郊外に購入したマンションの引渡しに同行するためでした。

■パンダ基地園内。


■成都市内から郊外のパンダ基地へ向う間の風景。郊外にも大規模マンションの建設が進んでいます。
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中国人団体ツアーの中から感じたアンコールワット

2013年12月11日 | 普通の日記
先週、日頃お世話になっている中国の会社の方たちと一緒にアンコールワットに慰安旅行に行ってきました。約40名の中国人の団体で、外国人は私だけです。いわゆる「中国人団体ツアー」の一員として旅行してきました。「中国人団体ツアー」の中から感じたアンコールワット旅行について体験談を書きたいと思います。

旅行会社のチャーター便で行ったのですが、ちょうどPM2.5の濃霧がひどい日で、飛行機が大幅に遅延しました。私たちが利用した航空会社&旅行会社は格安路線の開拓で有名な「春秋航空」です。

●PM2.5と春秋航空
これまでに中国国内で春秋航空を利用したことはありましたが、国際線を利用したのは初めてです。春秋航空といえば、食事・ドリンクサービスの廃止、全席エコノミークラス、リクライニング不可の座席による省スペース設計、自社サイトでの特価チケット発売、サービスを最低限度に抑えることで激安を実現する画期的な航空会社・・・と、良く言えばこのように語ることもできますが、突発事態が発生した場合の対応は散々でした。
私たちが出発した日は上海に今年最大のPM2.5が発生した日で、濃霧のせいで飛行機が離陸できませんでした。

元々20:30に出発予定であった上海発シェムリアップ空港(※通称アンコールワット空港)の直行チャーター便に搭乗したものの、滑走路まで到達するまでに30分ほどを費やしました。みるみるうちに霧が濃くなり、悪い予感は的中し「濃霧による視界不良」のため、空港ビルまで引き返すことになりました。飛行機を降ろされた私たちはバスに乗せられて搭乗ロビーまで戻されました。いつ離陸できるかは「濃霧の状況次第」とのこと・・・。

■左:「視界不良」で飛べなかった飛行機。 右:翌朝午前中。モヤが出てますが日中であれば十分離着陸可能。
  

他にも離陸中止になった便がたくさんあり、搭乗ロビーは人があふれていました。霧は晴れそうにありませんでしたが、ロビーで何時間か待ちました。航空会社から何の説明もないので、従業員と乗客がケンカを始めました。ケンカといっても殴り合いにはなっていないので、この程度のことでは誰も驚きません。夜12時半頃になってやっと「翌朝8:00に離陸時間変更」と告知されました。航空会社からは食事もホテルも手配されず、近くのホテルはすでに満室、車で30分ほど離れた簡易ホテルに行くことに。荷物返却の要領が悪く、空港を出発したのは深夜2:30、ホテルに到着したのは3:00頃でした。朝6時に再びホテルロビーに集合し空港へ。入国審査からやり直して搭乗ゲートに行ってみると、なんと飛行機がないとの情報が―――。昨晩濃霧のために飛べずに停留した飛行機はどこに行ってしまったのか――?私たちが乗るはずだった飛行機は別の便に使われてしまったようなのです。代わりの飛行機は今杭州にいるとのこと。そこで再び従業員と乗客が衝突。ケンカの様子を動画を撮っている人も沢山いましたが、こんなことは日常茶飯事なのでネットにアップしても誰も注目してくれません。誰かが滑走路に飛び出して飛行機の離陸を体当たりで邪魔するくらいのことをしないと、ニュースにはならないです。
再び空港内を漂流すること数時間、午前10時頃「杭州からいま飛行機が上海に向かっています!」と情報が入り、最終的に離陸できたのは午後2時過ぎでした。約16時間の遅延の末、ついにアンコールワットへ―――。約4時間のフライトで乗客一同爆睡・・・ミールサービスもないから誰にも邪魔されません・・・。現地時間夕方6時頃、ついにアンコールワット(シェムリアップ空港)に到着。
■シェムリアップ空港。到着したときは感動した。空気が良い!空が澄んでいる!


●パスポートに1ドルを挟んで入国審査へ
中国人の団体旅行には、日本からのツアーとは異なる注意事項があります。中国の団体旅行者は「スムーズに入国審査を通過するため、パスポートに1ドル札を挟んで入国審査官に渡すように。」と指示を受けています。入国審査のために並ぶ列、周りの中国人団体は迷いなく1ドル札をパスポートに挟んでいます。私たちのグループでは、この扱いに納得できず1ドルのチップを渡さずに入国しようとする人が何人かいました。そのうちの一人がチップを渡さずにカウンターへ。審査官に何かを要求されているようでしたが、結局通過しました。次の女性もチップを挟まずにパスポートを提示。審査官が追及する時間は長くなりましたが、分からないふりをして突破。3人目もチップを挟みませんでした。すると、審査官は1ドル札をちらつかせて、直接「チップを払え」と要求してきたそうです。3人目は仕方なく財布から1ドルを出して支払いました。
旅行会社が予め注意事項に列記しているほどなので、中国人に対してはほぼチップを要求しているのだと思います。しかし、日本人や欧米人には基本的にはチップを要求していないようです。韓国人については分かりません。なお、プノンペン空港では、シェムリアップに比べると中国人でもチップを要求される確率が格段に低いとのことです。

この入国審査でのチップ徴収の件について考えてみたのですが、集めたチップはどこかに上納しているのでしょうか?
中国からシェムリアップに乗り入れる便は1日5便程度なので、150人×5便で750人となり、1人1ドルチップを徴収すると、1日750ドルを集められます。集めたチップは上位組織に上納されていると思われますが、どういう仕組みになっているのでしょうか・・・?

●物売りの子供、アメをほしがる子供
アンコールワットの観光地でバスから降りたとたん、物売りの子供やアメをねだる子供が群らがってきます。これも旅行の事前注意書きに書いてありました。「現地にはアメをねだる子供がたくさんいるので、持って行った方がいいです。旅行に行った人の経験談に基づくアドバイスです。」ということです。観光地に群がる子供は靴を穿いていない子が多く、中国語で「アメをくれ」と話しかけてきます。子供たちはだいたい2~3人のグループで行動しており、自分がもらうと仲間を連れてきて「この子にもあげて」と言います。その場にいなくても「妹にもあげたいからもう一つくれ」と言う子供もいます。相手が何人かをみて英語や中国語、日本語などを使い分けています。

■アンコールトム ビアミナカス


貧しいことには違いありませんが、アンコールワットの子供たちに悲壮感はあまりないです。
アンコールワットはカンボジアの国旗に描かれるほどの宝であり、外貨を稼ぎ出す特別な場所です。実は、観光地の中でも物売りができるスペースは限定されています。観光客がバスを降りてから、観光地に立ち入るまでの間しか物を売るタイミングはないのです。なので、物売りをする人々の間にはショバ争いがあり、誰かにショバ代を払っているかもしれません。タ・プロームという有名な遺跡では、駐車場から遺跡の入口まで長い参道があります。ここは物売りにとって絶好のロケーションです。そこでふと、物売りをしている6歳から10歳くらいまでの女の子たちが可憐で美しいことに気付きました。少女たちは英語や中国語、日本語で、すがるようなか細い声で控えめに、且つしつこく物を勧めてきます。民芸品の笛を売っている女の子が特にきれいな瞳をしていて、目を奪われているうちにずいぶん長い距離をくっついてきてしまいました。女の子は一生懸命笛を吹いてみせたり、たくさんの色があるから好きな色を選んでと包みを開けてみせたりします。しまった・・・もし買わないなら、女の子の瞳を見つめたりせずに、さっさと拒絶しなければなりません。そうしなければ、彼女は他の客にアピールすることもできません。ここまで引きずって「いらない」と言ったら、故意に弄んだと思われても文句は言えない・・・と思って「いくら?」と聞きました。私は本当は笛などは欲しくなくて、女の子も私が笛を欲しがってはいないと感じたはずです。しかし彼女は「2ドル」と答えました。高いな・・・と思いましたが、値切らずに2ドルを渡しました。私が財布を出そうとカバンに手をかけた瞬間、女の子はパッと背後の状況に目をやり、次の客を出口までの間に捕まえられるか確認したようでした。
他にも笛を買った(または買わされた)人はいましたが、みな1本1ドルか、もしくは2本で1ドルでした。もし私がもっと早い段階で値段を適当に聞けば、彼女は「1ドル」と答えたかもしれません。長い間引っ張られて私が確実に買うと見込んでいたから2ドルと言ったのかも・・・などと後で考えました。
子供たちの中でも、美しく賢い子供が選ばれて、あの観光客が日々溢れる絶好のロケーションで物を売っているのかもしれません。彼らは確かに貧しいけれど、彼らなりの生活を逞しく生きています。幼いながらも才覚のある子どもは粘り強く物売りも上手いと感じました。

■タ・プロームはカジュマルの巨木で有名。


●ベンメリア遺跡と子供たち
ベンメリア遺跡はアンコール遺跡群の中心地から車で約1.5時間ほど離れたところにあり、比較的最近地雷除去作業が完了し、公開された遺跡です。日本のツアーでは必ずしも組み込まれていません。しかし、中国のツアーにはなぜか大抵組み込まれています。ベンメリア遺跡は「寺院の修復があまり行われておらず樹木が茂る」と紹介されているので、ひっそりとした寂しいところなのかと思っていたらイメージとかなり異なり、中国人だらけの場所でした。
ベンメリア遺跡の中にはたくさん子供がいます。地雷除去が完了した安全な遺跡の中は、子供にとっては良い遊び場なのかもしれません。ここの子供たちは中心部の遺跡の子供たちより更にタフです。最初はアメをねだることから始まりますが、そのうち足場の悪いところを注意してあげたり、遺跡の解説をしたりして、ガイドさながらくっついてきます。最終的にはガイドのお礼に「米ドルちょうだい」と直接的に訴えてきます。現金が一番役に立つのは分かっていますが、現金をあげていいのか・・・?しかしもうアメでは済まされません。アメでごまかそうとしても「アメは歯が悪くなるからもういらないよ」などと口達者に中国語で言い返してきます。根負けして1ドルをそっと渡すと「謝謝!昇官發財!」(ありがとう!あなたも出世してお金持ちになれますように!)と元気よく叫んで走り去っていきます・・・。

■ベンメリア遺跡






後になって振り返ると、観光客と子供たちの一連の「ふれあい」は遺跡を傷める原因になると思いました。アメをあげれば、子供はアメの包み紙などのゴミをあたりに散らかします。ゴミ箱に捨てたり、ゴミを持ち帰るなどということはしません。よく見ると遺跡の隙間にはアメの包み紙や棒が挟まっています。子供たちは靴を穿いていない子が多いですが、小さな体でひょいひょいと遺跡の中を駆け回って観光客を追い掛け回します。倒れた柱の上に跳び乗ることもあります。
子供たちが遺跡でアメのゴミを散らかすから、中国人はむやみにアメをあげるべきではないのでしょうか?子供たちを立ち入り禁止にした方がいいのでしょうか?若しくは子供たちにアメやチップをねだることを禁止すれば、子供たちは寄り付かなくなるかもしれません。子供が口八丁で1ドルを稼ぎ出すチャンスなどない方が、世界遺産保護のためにはいいのでしょうか・・・?

●華僑とサムスンと日本車のパワー
東南アジアに行く機会は少ないのですが、たまに行って思うことは、現地華僑のパワーとサムスンの強さです。どこに行ってもサムスンと華僑がいます。カンボジアは人口の5%が華僑で広東省潮州の出身者が特に多いです。広州からシェリムアップに1日3本も定期便が運航されています。観光だけでなく、政府投資、ビジネスニーズがそれだけあるということなのでしょうか。
東南アジアでは、華僑は民族的・政治的にはマイノリティでも、金融や商業を華僑が握っているケースがよくあります。街中には日本車が多いです。日本の中古自動車も多く、中古輸出あるいは寄付された右ハンドルの日本車を頻繁に目にします。中にはとっくの昔に生産終了した懐かしい車種もあります。

■日本製の車。右ハンドルでエアコン調節の表記も日本語のまま。


現地ガイドの話によると、アンコールワットには多くの国から観光客が訪れますが、最も多いのは韓国人だそうです。次に多いのが中国人で、中国人が韓国人を追い抜きそうな勢いであるとのこと。韓国人と中国人の旅行客が多い理由は「フライトの都合」だとはっきり言っていました。
シェムリアップ空港には、日系・欧米系航空会社の定期便はなく、主に中国、韓国、タイ、香港、台湾、シンガポール、マレーシアなどアジア地域の航空会社が就航しています。日本からアンコールワットに行く場合、ソウルやタイでトランジットする必要があります。(※旅行ハイシーズンは日本からの臨時チャーター便あり)韓国や中国は定期便のほか観光チャーター便を運航させ、大量の観光旅行者がピストン輸送されています。

■夜のシェムリアップ空港。深夜まで中・韓へのフライトがあり、韓国人と中国人団体旅行者でいっぱい。


帰りの便は遅延することなく定刻に到着しました。
往路でひどい目にあったので「もう春秋航空にはできるだけ乗りたくない」と思いましたが、価格や時間的なことを考えれば、やはりこれからも利用すると思います。日本からアンコールワットへの定期直行便は運航されておらず、トランジットを含めると、日本からは少なくとも9時間は必要です。それを思うと、春秋航空が低価格で直行便を飛ばしてくれるのはありがたいことです。遅延さえしなければ片道4時間弱で到着します。(※春秋航空以外にも東方航空が上海-シェムリアップ間の定期便を1日1本運航しています。)
突発事態さえ起きなければ、春秋航空は決して悪い航空会社ではないです。飛行機が天候上の理由で遅延するのは仕方がないと思います。問題は適切な説明がないことです。

●中国人団体旅行者に対して気になったこと。
今回の旅行では、どのスポットに行っても中国人だらけでした。ただ、特別迷惑になるような行為は見受けられなかった・・・と思います。人が多すぎるとか、話し声がうるさいとか言われるとどうしようもないですが・・・。。個人的に気になったことは、もう少しチップを払うことに気を配ってもいいのでは?ということです。団体でマッサージに行ったのですが、多くの人がチップをあげていなかったです。マッサージ師の女の子たちはチップを期待していました。中国や日本にはチップの文化が全くないので、はっきりいって、いつチップを払えばいいのか分らないです。なので、入国審査でチップを払えとツアーガイドに言われれば、言われたとおりに支払い、反対に「チップをあげろ」と言われていなければ、払うことを思いつきもしません。チップは一種の文化なので、その習慣を把握するのは難しいですが、これだけ経済格差がある国との間であれば、チップの意味についてもう少し注意を払ってもいいかもしれない・・・と思いました。気になったのはそれくらいです。

■アンコールトム バイロン




■おまけ:上海の濃霧。さすがにひどい・・・。
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阿姐ブログは開店中です

2013年10月16日 | 普通の日記
ブログについて語るほど更新していないので大変恐縮ですが、ブログについて語りたいと思います。
現在gooブログにエントリしていますが、以前はFC2ブログを愛用していました。
しかし、2010年4月頃からFC2が中国からアクセスできなくなり、gooブログのアカウントを新たに作成しました。その頃中国からは、FC2だけではなくアメーバ、Livedoorブログ、yahooブログ、exiteブログなどほとんどの日本ブログにアクセスできない時期だったのですが、幸いgooは問題なくアクセスできました。(2013年10月現在はアメーバはアクセス可能です)
そのうちFC2に戻れると思って始めたので、「上海阿姐のgooブログ」という適当なブログ名のまま、カテゴリーもろくに設けず3年余りが経ってしまいました・・・。

FC2で更新し始めたのは2007年の9月頃からで、エントリの多くはジェイ・チョウなどメジャーな中華芸能の情報だったのですが、当時SHINHWA(神話)やSuper JuniorなどのK-POPグループも積極的に中国活動を行っており、K-POPの情報も書いていました。特にSuper Junior-Mは当時中国をメインに活動しており「神話やSuper Juniorの中国活動情報を探していたら阿姐ブログが検索でひっかかった」という方が多かったのではと思います。
阿姐ブログの内容はカテゴリーを作れないほどバラバラですが、その頃から見ててくださっている方もいます。

先日機会に恵まれ、2008年頃からコメントやメールを交わしながら1度も会ったことがなかった方とお会いすることができました。短い時間でしたが、かけがえないのないひと時でした。

■左は撮ってもらった写真。
お料理やスイーツを美味しそうに撮るのが上手な、優しくてステキな方でした。
 

更新が常に滞りがちですが、更新を完全にやめてしまったら、懐かしい方がふとしたときに連絡してくれることもきっとなくなります。
また、ブログを通じて出会った方々とも普段会うことはできませんが、ブログがあることが最後の繋がりを保つことになるのではと思います。1ヶ月くらい更新できなかったりして、これではいつやめたと思われても無理はない・・・・と焦りますが、自分としては常に続けているつもりなのです。

もちろん、同じことに興味を持つ方から、新たにコメントをいただけるのも、非常に嬉しいです。
最近はツイッターやFacebookでの交流方法が主流になっているので、ブログにコメントするという行為はとてもハードルが上がっていると思います。
それにも関らず、新たにコメントをいただけるのは本当に嬉しいです。
世界各地、日本全国にお友達がいるような気持ちになれます。本当に幸せなことです。
「続けた方がいいですよ」「更新を楽しみにしています」と言って下さったすべての方に感謝しています。

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四川西昌~絵文字のような少数民族文字~涼山彝族(イ族)自治州西昌市

2013年03月24日 | 普通の日記
今年の旧正月休みは四川省に行ってきました。四川省の省都である成都と西昌という町に行きました。正式には「四川省涼山彝族自治州西昌市」といい、少数民族の自治州の中にあります。

中国の少数民族“彝族”(イ族)

彝族(イ族)というのは中国の少数民族の一つで、主に雲南省、四川省、貴州省などを居住地域とし、人口は合計約776万人といわれています。

人口約776万人という数値は国政調査で出された統計データですが、776万人が一つの共同体を形成しているわけではありません。広い地域に散らばって居住しており、しかも主に山岳地帯に集落を作っており、それぞれが山脈や川で隔てられているため共同体の形成を難しくしています。「涼山彝族自治州」は彝族が最も集中的に居住する地域で、彝族文化振興の中心地にもなっています。「涼山彝族自治州」の州府が置かれているのが西昌市です。

西昌は衛星発射基地があることで有名です。成都の南方約500kmにあり、川西高原(海抜1500~2500m)一帯に位置しますが、一年を通じて暖かく太陽の日差しに恵まれた独特の地域です。2月10日に到着したときは最高気温が23度でした。日差しが強いですが乾燥しているので暑く感じません。

成都から西昌までは飛行機で約1時間15分。あっという間です。出発してしばらくは雪山が見えますが、次第に岩山に変わっていきます。かなり低い位置を飛んでいるように感じました。中国国際航空CA4592便(10:00上海発、13:15頃成都着〔国内線乗換え〕14:45成都発、16:00西昌着)
 

西昌の青山空港は小さな空港です。1日に数便しかフライトがありません。
彝族のシンボルカラーである赤・黄色・黒の装飾があります。そして空港の看板の隣には彝族の文字で「西昌」と書かれています。






絵文字のような原始的な不思議な文字

タクシーで西昌の街中に入ると、一度も見たことのない、不思議な彝族の文字(彝語)があふれていました。どの看板にも彝語が併記されているのです。
[市内中心地の大通りに面したホテル]

[中心地にある一番あるなデパート]

[商店街の看板。左が下着屋、右が男性向け洋服店。]

[商店街の靴屋の看板。旧正月休みでシャッターが下りている]

[洋菓子店の看板]

[大手携帯キャリア 中国移動通信(CHINA MOBILE)の看板]

[バス亭の表示看板]


[理髪・美容用品販売店。地下はイ族民族衣装のオーダーメイド店がある]


この文字に囲まれていると不思議な感覚になります。
漢字と一対一になっている文字も多く、ある程度数を見ていると、簡単な表現は見分けられるようになります。(実際には表音文字なので、漢字と対応しているわけではないのですが、漢字一文字に対し彝文字一文字で表すことが多いように思います)

彝文字の歴史は古く、文字の造型は甲骨文字に似ています。

しかし、この看板のイ族の文字は実質的にはそれほど役に立ってないと思います。
例えば飲食店の店の名前の看板には、彝族の文字が併記されていますが、店内に彝語のメニューがあるわけではなく、店内に彝語ができる人がいるわけでもないのです。この文字は「涼山規範彝文」と呼ばれるもので、彝族の文字を保存し、文字文化を現代に普及させるために国が整理したものです。彝族の人々同士でどの程度この文字を使用しているのかはよく分らないです。この文字を使った出版物を目にすることはなかったです。
街中の看板は「ここが彝族自治州だ」ということを視覚的に強調するシンボル的な意味の方が大きいです。
2004年頃から自治州の少数民族振興政策として、このようなイ族の文字を併用した看板に徐々に交換していったそうです。
出典:http://www.ls666.com/channel/city/2012-01/20120103_city_zh_79386.html
(イ族文化振興のため、民族文字を用いた看板に入れ替えるを進める。約3万枚の看板を取り替え。)
古い歴史を持つ彝文字を保存するために、文字の規範化事業が行われています。
参考:「ロロ文字/涼山規範彝文」wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B6%BC%E5%B1%B1%E8%A6%8F%E7%AF%84%E5%BD%9D%E6%96%87

[湿地公園の環境保護標識。上からイ語、中国語、英語]
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福岡にマンションを買った中国人の友達の話

2013年02月01日 | 普通の日記
あるとき張さんという名の中国人の友達と一緒に晩ご飯を食べていると、張さんが急に「福岡に行ってみたい」と言い出した。
張さんは私よりも大分年上で、中国の寒い地域の出身だが現在は旦那さんと娘さんと一緒に上海に住んでいる。貿易の仕事をしているので、出張で東京や大阪には行ったことがあると以前話していた。張さんの会社は海外向けに衣料品を輸出していて、主に欧米向けだが、日本や韓国のクライアントもいるという。張さんは英語が堪能だが、日本語は平仮名が少し分かるくらいだ。

「どうして福岡に行きたいの?」と尋ねると、張さんは
「福岡にマンションを買った」と答えた。

「いつ買ったの!?」ときくと、なんと「買ったのはかなり前だ」という。

私と張さんは比較的近くに住んでいるので時々ご飯を一緒に食べるが、そんな話は初めて聞いた。

最近、マンション購入の手続きもすべて終わって、家賃が振り込まれるようになったのだという。数ヶ月間順調に振り込まれているので安心したと話した。

日本でも「東京のマンション物件を視察する中国人ツアー」といったニュースが報道されていたが、まさか張さんが買っているとは思わなかった。日本以外に居住する外国人が日本に不動産を買おうとしても、日本の銀行ではローンを組むことが難しいので、いったいどうやって買ったのだろうと思った。

張さんに、「いくらで買ったの?」と聞くと、「30万元くらい」と答えた。
「・・・30万元って頭金でしょ?」と私は言った。そのときのレートでいうと30万元は約420万円くらいだった。張さんは「ううん、税金とかも含めて全部で30万元。」と答えた。そして2人して、30万元なんて上海市区で不動産を買おうと思ったら、頭金にもならないよね・・とつぶやいた。

しかし、福岡にそんなに安い物件があるのだろうか・・・?

話を聞いてみると、張さんは現金一括で、福岡市のやや外れにある1ルームの中古マンション(アパートかもしれない)を購入したようだ。上手くいけば10年くらいで回収できて、管理は現地の管理会社に任せているので誰が住んでいるのかは知らないが、今のところ順調に家賃が入金されているので、満足していると語った。

インターネットで調べてみたが、確かに400万円台、もっと安い物件も検索された。

例えば東京に、日本人で張さんと同じくらいの年齢で、女性でも男性でもどちらでもいいが、420万円の貯金を持っている人はいくらでもいる。しかし、そういう人たちが福岡に中古マンションを買おうと思うだろうか?買おうと思う人は少数で、実行に移す人は更に少ないだろう。中国人の投資意識の強さというものを改めて感じた。

中国国内消費における人民元の現金価値は下がる一方なので、現金のまま持っておくことを不安を感じる人は多い。例えば中国の銀行定期預金の3年定期の利息は4~5%(2013年1月現在は4.25%)だが、物価の上昇スピードと比べると、この程度の利息ではカバーできない。資産を現金のままにしておくより、何らかの形での投資に駆り立てられる。

中国人不動産視察ツアーのニュースのことを思い出したが、「視察ツアー」に来る人の数と実際に不動産を購入する人の数は関係ないなと思った。日本にわざわざ行かなくても、日本の不動産を購入することは可能だ。ましてや、最初から投資目的で、自分が住む気がないのであれば物件を見る必要性は低い。
今後日本円対人民元のレートが下がることや、様々なリスクがあることは張さんも認識している。張さんは別にお金が有り余っているわけではない。だが、中国国内の投資にもリスクはあるし、自分の条件的に可能なものの中から総合的に考えて、納得して買ったのだという。

日本に不動産を購入する中国人の類型は、次のように分類できる。(日本定住者は除外)

(1)一般投資家による賃貸物件に対する投資。張さんのようなケース。
日本のアパート・マンションの利回りは比較的高い。(少なくとも上海よりは高い。上海は転売利益に偏りすぎており、利回りが異常に低い。オフィス物件の利回りは住居物件よりも高い。)売買価格は上がりもしないが大幅に下がることもないと思われる。

(2)日本旅行に訪れる、中国人団体旅行者が利用する施設に対する投資。
中国人団体旅行者が日本で利用するレストラン、ホテル、温泉施設、ゴルフ場などに対して投資する。

(3)中国で会社を経営していて日本に事業進出する中国人経営者。日本の住所を持つことで、便利になることがある。住居兼オフィスになることもある。

(2)と(3)は物件を視察すると思うが、(1)の場合、わざわざ物件を見るためだけに日本まで行くことはないのではと思う。そして、母数としては(2)(3)に該当する人より、(1)の方が断然多いだろう。そう考えると、「視察ツアー」という形で表には見えなくても、日本の不動産を購入している中国人の数は意外なほど多いのかもしれない。

【おまけ】
上海市普陀区の広大なマンション群「中遠両湾城」。西端から東端までは地下鉄1駅分ほどの距離がある。2012年の2月頃撮影。


最近はいわゆる「有害濃霧」でモヤがかかっているので、上のマンションの写真のように鮮明な写真が撮れません。濃霧が出ているとこんなかんじで前方がぼやけます。下の写真を撮ったのは午前9時頃です。去年の11月のくらいまでは普通だったのに、なぜ急にここまでひどくなったのか不思議です。1ヶ月くらい前から毎日中国の新聞で報道されてます。
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多言語の国を多言語の友達と旅した日記~~マレーシア旅行記

2012年11月05日 | 普通の日記
今年のゴールデンウィーク、“最も遠くの近場”、中華圏の西南端・マレーシアに旅行に出かけた。私にとっては初めてのマレーシア。中国人の友達であるフェイと初めて2人で旅行することになった。フェイは東京で暮らしており、10年近く交友が続いている。フェイは東京から、私は上海から出発し、クアラルンプールで合流した。
フェイはマレーシアの不動産(コンドミニアム)に興味を持っていた・・といえるほど具体的なものではないが、将来マレーシアのコンドミニアムを所有して、自然に溢れた国際的で便利な環境でゆったり暮らしたい・・・という夢を持っていて、マレーシア旅行を思いついたようだった。私もマレーシアには一度も行ったことがなく興味があったので、一緒に行くことになった。

日本の不動産業者もよくマレーシア不動産物件の広告を出しているが、中国人投資家も興味を持つ人は多い。日本のメディアで「中国人が日本の不動産を買いあさっている」とよく報道されたが、チャイナマネーによる投資は世界中に広がっているので、日本もその一つでしかない。日本の住宅融資制度や税制は、外国人不動産購入者に対して開放的とはいえないので、日本不動産への投資は一定のブレーキがかけらている状態だと思う。買う側の外国人、特に中国人にとっては、オーストラリアやニュージーランド、マレーシアなどの不動産の方が検討する選択順位として上位にある。

マレーシアは東南アジア地区の西南端にあるが、タイやインドネシアよりも遥かに華人社会が残っており、経済、商業における華人社会の影響力が強いため、「中華圏」として扱われることもある。中国からみると、距離的に一番遠くにある「近場」だ。人口比率でいうと、マレー系(約6割)、華人(約3割)、インド系(約1割)と異なる民族が占める国で、それぞれの民族が異なる宗教を持っており、それを尊重しあうことが基本となっている。
■1つのマレーシア。


しかし、異なる文化の中立を目指さなければならなので、極端に目立つものは社会的に受容されにくいのかもしれない。フェイは買物が好きなのでショッピングセンターに行って水着を見たが、地味すぎて気に入ったものがなかった。イスラム文化の影響か、全体的にマレーシアの女性のファッションは保守的で特徴に乏しいと思う。
旅行者として過ごす上ではサービスや治安には問題を感じないが、現地の新聞などを見ると、一家変死事件や成年に対する誘拐事件など怪事件が目に付く。

マレーシアの公用語はマレーシア語だが、準公用語である英語も普及しており、これに加えて華人やインド人は自らの民族の言葉を母語とする。3言語以上話すことができる人が沢山いる。クアラルンプール市内は、タクシー運転手もかなり流暢な英語を話すと思った。タクシー運転手についていうと、香港の運転手よりもクアラルンプールの運転手の方が英語が流暢かもしれない。「マレーシアで英語留学」という広告を時々見かけるが、実際ありだなと思った。その言葉のネイティブではない人たちが集まる環境で外国語を勉強することは、十分可能なことだと思う。

フェイは母語である中国語のほか、日本に長く住んでいるので日本語ができるが、それと同じくらい英語ができる。彼女は日本以外の外国に長期で生活したことはなく、日本で英語を覚えた。フェイはよくしゃべる。よくこんなにしゃべることがあるよなと思うほど、何語であってもよくしゃべる。
しかしフェイの日本語が上手いかというと・・・即答することができない。発音に問題がある。まず「らりるれろ」が正しく言えないのだ。「らりるれろ」が「なにぬねの」になってしまう。中国南部の出身者にはときどきこういう特徴を持つ人がいる。
英語でも同じ問題があり、「R」や「L」から始まる単語が正しく発音できない。フェイが発する「rule」(ルール)は、どう聞いても「ヌーヌ」なのだ。
他にも発音が正しくないところがたくさんあり、知り合ったばかりの頃は、彼女が話す日本語がよく分からなかった。特に電話で話すときは、正直に言うと、何を言っているのかさっぱり理解できなかった。しかし彼女はたくさんしゃべるので、聞いているうちに私の耳が慣れた。私の頭の中に「フェイが発音する“なにぬねの”は“らりるれろ”のこと」とインプットされているので、聞いたときに自動変換されるようになっている。
そして、私の側に「フェイの言う言葉を聞き取りたい、理解したい」という気持ちがあった。友達になりたいと思った。フェイの話すことは面白い。何事においても計算が速く、洞察力が鋭く、行動的で、上からも下からも物事を見れる人だった。
きれいな発音で話せなくても、話が面白ければ、もしくは相手から好意を持たれていれば、言葉は下手でも相手は聞いてくれる。もっとも、きれいな発音で外国語を話せるようになることと、初対面で人から興味を持たれる人間になるのでは、どちらが容易いことなのかは分からないけれど・・・。

クアラルンプールは活気のある街だった。欧米人も多い。繁華街は夜遅くまで賑わっている。短い滞在中に狭い範囲しか見ていないが、感覚的にいうと東京より活気があると思った。最大の欠点はラッシュ時の交通渋滞がすさまじい。運転は荒く、中国よりも危ないと思った。
■有名デパートPARKSONの近辺。


■デパートの地下で食べた中華料理。クアラルンプールの中華料理は美味しい。噂には聞いていたが、本当に美味しかった。ただし全般的にレストランの値段は安くない。


■クアラルンプール(KL)のシンボル・ツインタワー


■独立広場から旧連邦事務局ビル。


■KL市内の伝統モスク、マスジットジャメ(Masjid Jamek)


■クアラルンプールのチャイナタウン。中華系の学校で北京語(普通話)で授業が行われているので、華人は北京語(普通話)を話すことができる。漢字は簡体字と繁体字が両方使われているが、どちらかというと簡体字が使われることが多いのではと思う。


チャイナタウンで、生まれて初めて纏足の痕が残る女性を見た。70歳を過ぎていると思われる女性がチャイナタウンのメインストリートで、観光客向けに纏足の痕が残る足を見せる「見世物」でお金を取っていた。「旧時代において纏足に向けられた審美眼は、現代のハイヒールに向けるそれと同じだった」という文章を読んだことがあるが、なるほどと思うほど、纏足の形はハイヒールに似ていた。折り曲げられたかかとがヒールの形状にそっくりだった。
チャイナタウンの中の本屋の雑誌コーナーを覗いてみると、他の中華圏の都市と同じように、「アイドルは韓国、サブカルは日本」という構図が当てはまるようだ。K-POPのアイドル雑誌がいくつもある。一方でアニメ雑誌も多く、アニメの流行は日本での流行がそのまま反映されている。

■他民族国家だからか、スーパーの食材は非常に豊富。お米だけでも沢山の種類がある。


■ブキッビンタンの近くの通りすがりに見つけたライブハウス。このライブが見たかったのに、フェイが見たくないというので諦めた。非常に残念。今度行ったら必ず見たい。どういうパフォーマンスなのかものすごく気になる・・・。


5月初頭、つまり日本のゴールデンウィークの時期、クアラルンプールのホテルは混んでいなかった。フェイがホテルを予約してくれるというので任せておいたら、出発の3日前になっても予約しようとしないので「いい加減にしないとこっちで予約するよ」と連絡したら、やっと予約してくれたが、それでも十分安い値段で悪くないホテルが予約できた。それに比べて、レストランの飲食費や洋服などは高いと思った。物価に対してホテルの値段が安い。モノレールでクアラルンプールを移動して、少し中心地から外れると、まだ土地が沢山あそんでいるように見える。そういう意味でいうと、クアラルンプールの不動産は投資効果が良いのかもしれない。

フェイとの交友は10年近く続いているが、途中で何度か音信不通になった。彼女はころころ仕事を変え、頻繁に引越しをし、2年に1回は携帯電話の番号が変わる。時々Eメールで新しい携帯番号を伝えてくるが、その番号にかけてみると大抵通じない。番号を書き間違えているのだ。そんな調子なので、こちらから連絡が取れない時期があるのだが、彼女は忘れた頃に私の中国の携帯に電話をかけてくる。「よく私の番号を保管してたね」といつか聞いたことがあったが、私の番号は覚えやすいから暗記しているのだ、と答えた。
「らりるれろ」が言えなくても、「R」や「L」が発音ができなくても、フェイには世界中の色々な国に友達がたくさんいる。自分の携帯はしょっちゅう失くすけれど、私の携帯の番号は覚えていてくれる。またフェイと旅行に行きたいと思う。
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2012年9月16日の上海

2012年09月23日 | 普通の日記
こんにちは。上海阿姐です。全然更新してないのに、コメントをいただきありがとうございます・・・!m(__)m ご心配いただいて、本当に恐縮しております。阿姐は元気に普通に暮らしております。

上海は危なくないですか?恐くないですか?

と色々な方からお気遣い頂いているのですが、意外と答えるのが難しいと思います。

「恐い」というのは感覚的なものなので、人によって感じ方が違います。すれ違う人に見られただけで「恐い」と感じる人もいるし、「たとえ物くらい飛んできたってケガしなきゃいいや」と思う人もいます。「危ない」ということについては、人によって求める安全性の度合いが違います。例えば小学生の子どもが2人いるお父さんと、私のような人間では周囲の環境から求められている安全の度合いが違うと思うのです。

なので、いま中国にいることが危ないか?恐いか?というと、用心しなければいけないとは思うけれど、恐いと思うほどではないです。これはあくまでも現時点での私の感覚です。むしろ治安の問題より経済的な影響の方が余程心配です。

先週末9月15日(土)と16日(日)は中国全土で反日デモが行われました。反日デモの情報については日本大使館・領事館のホームページで、デモのルートや実施時間などが事前に通知されていました。これらのデモは中国当局が把握しており、民事警察、特種警察、武装警察などが警備に出動します。
上海でも事前の告知どおりに9月16日(日)に反日デモが行われました。この日は依頼があってデモの様子を見に行きました。そうでなくても見に行くつもりでいました。見えないと恐さが増すし、人づてに伝わる話はどうしても誇張されがちです。実際に見て経験すれば、より多くの情報を得られるし、自分の感覚で判断できます。私は2005年4月の反日デモのときも上海にいて、当時のデモを見ています。2005年のときは途中から2kmくらい歩道沿いで様子を見ました。今回は集合から最後のグループが散っていくまで見ました。

デモの開始時間は午前10時からで、集合場所は地下鉄3・4号線の虹橋路駅とされていました。午前9時頃駅に着くと、集まっている人は10人くらいしかいませんでした。こんなに少ない人数でやるつもりなのかな・・・?と思って30分くらい過ごしました。9時30分を過ぎた頃くらいから、いつの間にか人が集まってきました。注意して見ていると、プラカードや横断幕などの道具を持って、数名でミニバンに乗って駅にやってきた人々もいて、活動の中核となるグループがいるのだなと思いました。

9時40分頃から、横断幕やプラカードを掲げたアピールが始まりました。皆で横断幕やプラカードがよく見えるように掲げて、シュプレヒコールを叫びます。横断幕は「釣魚島は中国のものだ」「釣魚島を返せ」「神聖なる領土の侵犯者を許すな」「日貨排斥」(日本製品不買)といった内容が多いです。
この時点で参加者として集まっていたのは100人いるかいないかだと思います。参加者よりマスコミも含めたギャラリーの方が多かったです。通行人が集まって、反日デモ隊の写真を携帯で撮っています。そして、デモ隊が写真や動画に撮られることに対して非常に前向きで、撮られることを望んでアピールします。また、仲間同士でも「次は俺を撮ってくれ」と交代に記念撮影をしています。





これは2005年との大きな違いです。あの頃は、こんなに撮られることに積極的ではなく、むしろ撮るのが憚られる雰囲気でした。あのときは「デモ」自体が社会的に認められるのかどうか、少なくとも見ている側は懸念を抱いていました。ところが今は、活動グループが写真を撮られ、それをネット配布されることを望んでいるようです。反日デモ自体が社会的に認められるという自信があるのだと思います。
横断幕やプラカード、中国の国旗を掲げてポーズを取る人々。それに群がり写真を撮るマスコミやギャラリー。

この雰囲気、どっかで見たことあるな・・・・

そうだ、コミケのコスプレの雰囲気だ・・・!!

微妙に楽しそうなので、心理的にもコスプレと似たところはあるのかもしれません。「参加している人が楽しそうだ」というのは、2005年の時も思いました。2005年の参加者は、もっと生き生きとしていて、デモ行為自体に興奮しているのが感じられましたが、2012年はそこまでの新鮮さがなくなっているのかもしれません。

午前10時になるのを待って、デモ隊は日本領事館に向ってスタートを切りました。この頃には警察も出動して交通整理を含め警備体制がしかれていました。鉄道の高架沿いを歩いて大通りを曲がると虹橋路に出ます。この道を真っ直ぐに進み領事館に向います。



デモ隊は日本領事館に向って予定のルートどおりに進んでいきます。中国の小さな国旗は無料で配られていて、通行人もこの旗をもらって列に混じればデモ参加者になれます。こういう即席参加者も多いです。デモ隊の歩くスピードはかなり速く、ついて行くのに大変な思いをしました。この時点ではデモの参加者は数百人で、デモの先頭から最後尾までの間は30m~50mくらいだったと思います。特に暴力行為もなく平和的に歩いていました。2005年との大きな違いです。2005年のときは、通りがかる日本車に卵をぶつけて喜んだり、ペットボトルの水をかけたり、道端の日本料理店の看板を破壊したりしていましたが、今回はそういう損壊行為がなかったです。参加人数そのものが少なかったので、デモ自体が脅威というほどではなかったと思います。



領事館のある虹橋開発区に入るあたりから、警官の数が激増しました。虹橋路から古北路の曲がり角に、警官がびっしりと並んでデモ隊を出迎えます。警官の数の方が多いくらいです。ここまで来ると領事館まであと少しです。デモは10時に虹橋路駅集合となっていましたが、ゴールは日本領事館なので、途中の道を練り歩かずに直接領事館にとやってくる人たちもかなりいました。大型バスで集まったグループもいます。デモの参加者は大学生から20代が中心で、30代前半と思われる人もいますが、基本的には若者中心です。男性の方が多いです。最終的な参加人数は分かりにくいですが、1000人~2000人くらいだったのではないでしょうか。

延安西路から娄山関路に入るところで車両通行止めになり交通規制が引かれます。娄山関路はまだ歩行者は通行できますが、領事館の前の通りとなる興義路に入るところからは、完全通行止めになり、デモに参加する人しか通れません。しかも、デモ隊を一斉に通すのではなく、警察がバリケードを張り、デモ隊が強行突破できないように規制します。ここでデモ隊が分断されるので、集団行動としての威力が削がれます。この付近には武装警察も出動していました。ここが一番緊張するポイントで、集団行為を望むデモ隊が警察と衝突する場面もありました。



領事館付近はマスコミに対する規制もあり、目立つカメラを持っている人は呼び止められ、記者証をチェックされます。領事館の建物を映せる範囲は中国の記者証を持っている人のみに撮影を許可していました。
驚いたのは、領事館の入口付近に、「マスコミ取材専用エリア」と看板が掲げられ、マスコミカメラマン専用のスペースが設けられていたことです。びっくりしました。そこまで当局側で計画されているとは・・・。2005年の反省も大きいのではと思います。領事館の周辺は大量の警官と武装警察が厳重警備していますが、あまりにも厳重なので「警察はどっちの味方なんだ」と逆にデモ隊の怒りを買い、衝突を引き起こすのではと心配になりました。警官の配置はとても統率が取れていましたが、上海の場合は目標が日本領事館と決まっているので、対策を取りやすいかもしれません。もっとも今回はデモ参加人数が比較的少なかったので秩序を維持できましたが、2万人、3万人という参加者がいたら警備の限界を超えるのではないでしょうか。





参加している人は、服装や持ち物(使っている携帯電話の機種など)から判断すると、収入レベルがあまり高くない人々だと思います。かといって、定職がなく街をゴロついているという雰囲気でもなく、ある意味で真面目そうな人が多いです。
そして、上海地元民ではなく外地出身者が多いです。デモのために近郊の街からやってきた人もいるようです。但しデモ隊の中に上海人はゼロではありません。上海語を話している人もいました。

中国は厳しい競争社会です。高い学歴、外国語能力、資格や専門技術、または強い人脈がなければ良い仕事には就けません。財産がなければ投資もできません。人脈がないと難しい分野も多いです。学歴もない、安定した仕事もない、財産もない、人脈もない人はどこに希望を見出せばいいのか・・・どうやって自分の存在を社会に知らせることができるのか・・・そこで出てくるのが「反日」です。尖閣諸島問題においては「反日」であることが「愛国」に直接繋がります。現代の競争社会の中では低層にいる存在だけれど、反日つまり愛国という点で、精神的には人よりも高いレベルにいるのだということを誇示したいのだと思います。反日愛国活動をすることで、社会に居場所を見出したい、社会や国に認められたいという意図があるのではと思います。「世の中に不満があるので憂さ晴らしに暴れている」というほど乱暴ではなく、だからこそ上海のデモでは暴力・破壊行為はほとんど見られませんでした。

尖閣諸島の問題に関しては、大半の中国人にとって日本の対応は不快なものなので、反日行動も社会の理解を得やすいです。そういう自信があるから、デモ参加者はあんなにも写真を撮られることを好むのだと思います。

「日本製品不買」を呼びかける声は強いです。これは「中国人が日本製品を買うと、日本企業が儲かった利益を寄付して尖閣諸島が購入される。だから日本製品を買う人は売国奴。」という理屈に基づくものです。単純明快なロジックなので、これに影響される人は多いと思います。寄付をしたと言われる企業の具体的な社名もネット上で出回っており、それらは中国でもよく知られている大手企業ばかりです。

上海の反日デモは比較的秩序があるものでしたが、このことは別に日中関係の安心要素になるわけではないです。早急に両国政府によって解決、安定化することが必要です。

今後の政治動向と経済影響については心配で仕方ありませんが、9月16日の上海のデモ自体は恐いと思うほどではありませんでした。何年も中国に住んでいますが、恐いと思うことはあまりないです。普通に暮らしています。でも、日本に住んでいる人たちに「中国は恐くないですか?」とよく聞かれます。私も日本に帰ったら恐いと思うようになるのかな・・・?と不思議に思います。
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