粗忽な夕べの想い

落語の演目(粗忽長屋)とモーツアルトの歌曲(夕べの想い)を合成しただけで深い意味はありません

鳥越俊太郎という化石

2016-07-17 14:24:11 | プロ市民煽動家

ジャーナリストの鳥越俊太郎氏の出馬により、東京都知事選の行方が分からなくなってきた。護憲派リベラル左翼の権化というべき鳥越氏は、自分から見れば、対極にあると言ってよい人物だ。

そもそも出馬の動機が先週の参議院選挙で改憲勢力が国会の3分の2以上を占めたことに危機感を覚えたこによるというのがが異常だ。その時代感覚がおかしい。自分たち護憲派が善で今は改憲という悪が日本を間違った方向へ向かわせているという前提だ。

すでに何が何でも護憲というのは少数派であるのに、彼はその趨勢を全く理解していない。理解したくないというのが正確かもしれない。今やカビだらけというか、化石ともいってもよい存在だ。

確かに新聞やテレビといった既存マスコミは、今でこそ頑迷な護憲主義が幅を利かせているが、これが国民世論の主流などと考えるのは傲慢というべきだ。スマホなどのネットを介した世論が多様な主張を許容していった結果、すでに護憲そのものを冷静に見る目が醸成されている。もはや、頑迷な護憲は時代遅れであるのに鳥越氏らのリベラル左翼は流れに敢えて抗っているいるというのが実態だろう。

ただ、こうした護憲派は少数派であるが、ネットの興隆にあまり縁がなくテレビなどのメディアにどっぶり浸かっている高齢者や主婦層には依然として根強い影響力を持っている。先の参議院選挙や鹿児島知事選で知名度の高いリベラル左派のキャスターが当選したことも背景にはそれがある。

特に鹿児島県知事選挙で「反原発」を前面に出したテレビ朝日出身のキャスターが現職を破ったのが象徴的だ。県内で稼働している川内原発の危険性を必要以上に煽りながら知名度を生かして県民世論を誘導させた結果といえる。おそらく、鳥越氏もこの結果を見て「自分ももしかして」という期待を抱いたことだろう。

ところで今回の都知事選挙ではこの鳥越氏が野党4党の統一候補として出馬しているが、与党の方は自公推薦の増田寛也氏と自民党の推薦を拒否した小池百合子氏が立候補しており、三つ巴の戦いとなっている。3人の選挙演説をそれぞれ2.、3の動画で視聴したが、いかにも三者三様である。

自分は東京都民ではないが、もし投票出来たとしてもあまりが気乗りがしない。「化石」の鳥越氏のなどもってのほかだが、しかし演説はうまい。長年キャスターをしているだけあって、人の心をつかむ術を持っている。自分の幼少期を話題にして気の弱そうな父親に当初は反発していたという。しかし、父親の葬式時に何人か身障者が参列していたのを見て実は弱者のために尽力していたのを知って父親の偉大さを知り、自分もそのために生きようと決意したという話は庶民受けする内容だ。

政治家にはビジョンや実行力が必要だが、同時にその「思い」といった情緒も必要だ。鳥越氏はその点で「思い」をうまく有権者にアピールしている。ただし、ビジョンや実行力となると大いに疑問が残る。記者時代、現地で地面を這うようにして取材したと豪語していたが、同業者の間では安全なところに構えて他人の情報を当てにする「言うだけ番長」だったといった悪評が根強いようだ。

まして、ビジョンを立案してどう実行していくかという行政力はとても望めない。立候補の祭に公約は「これから考える」と答えていていたが、そんな「正直さ」を全くシャレにならない。

対する増田氏はビジョンもある程度持っており、行政能力も望めて安定感がある。しかし、人間的には地味な感じがありどうも人を惹きつける魅力では他の2候補よりも見劣りする。都政に対する強い「思い」というのもなかなか伝わってこないのが正直なところだ。

そして、小池百合子氏だが、自分自身立候補を宣言した当初は大いに期待していた。出馬に際して自分を除外しようとする都連に堂々と喧嘩を売って自分をアピールする啖呵にの切り方はは清しさを感じるほどだ。「女は度胸」というこれからのひとつの女性像を象徴する人物にも見えた。

しかし、演説を聞いていると女性の本来の美徳である「愛嬌」にはどうも乏しい。色気とまではいわないが可愛げが足りない。そして政治家にはスパイスとなるユーモアが欲しいがイマイチだ。彼女自身は本来はもっと人間味があるのかもしれないが、今の言動にはそれが感じられない。また演説の内容が総花的であり、話は饒舌なのだが何を言いたいのかこちらに伝わって来ない。

結局のところ、3人に共通することだが、これからの東京についての肝心な「夢」が語られていない。その点では舛添前知事が世界都市NO1を目指すと発言していたことの方がまだマシだ。実際の舛添氏は世界ランクを上げるどころか、評価を落とすことに邁進してしまったが。都民、日本国民ばかりか世界中の人々を惹きつける魅力ある都市を目指して欲しいと思うが、今回の選挙ではそんな夢などは無縁のようだ。

その点では鳥越氏の「思い」が選挙を引っ掻き回す可能性がある。しかし、その「思い」は情緒が先行している印象があり、あまり健全とはいえない。いわゆるポピュリズムという手垢のついた陳腐な手法だ。しかし、その裏では頑迷護憲派が時代の流れに死に物狂いで抵抗している実態を見過ごしてならない。

 

追記:本日の産経新聞(18日)では都知事選に関して意外な報道になっていた。「小池一歩リード、鳥越・増田が急追」とのことだ。小池応援に自民党本部が厳しい締め付けの方針を示したことが逆に裏目になったというのが、産経の見立てだ。

確かに最近の小池候補の演説を見ていると党のいじめにめげず奮闘しているというイメージを前面に出していて、これが結構有権者の同情を集めているようだ。以前、自民党が高齢を理由に現職の鈴木知事を排除して磯村氏を知事にしようとした時に鈴木氏に同情が集まり大勝したことを思い出す。その再現になるのだろうか。

「漁夫の利」を狙っている鳥越候補だが、やはり「情」に訴えるだけでは弱い。新宿の演説では話が空虚で政策の「せ」の字も出てこない。しゃべり方もシドロモドロで年齢的な限界を感じる。漁夫の利どころか、他の陣営に自分の支持票を侵食される可能性さえある。


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