「言葉なんかおぼえるんじゃなかった……」
このショッキングな書き出しでよく知られた「帰途」(詩集『言葉のない世界』一九六二年 所収)という詩がある
人間ともろもろの事物の間に横たわる断絶を埋めるのは
何よりも自分自身を驚かす言葉の企みしかない *「自分自身を驚かす」に傍点
詩とはこれか
諸君 タムラを読もう もう一度
横浜に住む90代の現役詩人、平林敏彦の最新詩集でこんなふうに触れられている、言葉のある世界をパラドキシカルに表現したタムラの詩。
私たちの今月の共通テーマ「詩・言葉」にちなんでやはり、読もう もう一度。
帰途 田村隆一
言葉なんかおぼえるんじゃなかった
言葉のない世界
意味が意味にならない世界に生きてたら
どんなによかったか
あなたが美しい言葉に復讐されても
そいつは ぼくとは無関係だ
きみが静かな意味に血を流したところで
そいつも無関係だ
あなたのやさしい眼のなかにある涙
きみの沈黙の舌からおちてくる痛苦
ぼくたちの世界にもし言葉がなかったら
ぼくはただそれを眺めて立ち去るだろう
あなたの涙に 果実の核ほどの意味があるか
きみの一滴の血に この世界の夕暮れの
ふるえるような夕焼けのひびきがあるか
言葉なんかおぼえるんじゃなかった
日本語とほんのすこしの外国語をおぼえたおかげで
ぼくはあなたの涙のなかに立ちどまる
ぼくはきみの血のなかにたったひとりで帰ってくる