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国道352号線の立体交差を進むと、「石橋宿」へ。
石橋宿
日本橋から15番目の宿場。
元は上石橋村、下石橋村、上大領村、中大領村、下大領村、前原村の6か村が1村となり、当時天領とされていたため内裏領村と呼ばれていた。時期は不詳だが内裏領村が宿駅となり石橋宿となった。
宿役はこの宿の旧家で元多功城城主多功宗朝に仕え、後この地に土着し農民となったと言われる名主伊沢近江守、問屋伊沢出雲守、本陣伊沢越前守の各家が代々交代で勤めた。
天保14年(1843年)の『日光道中宿村大概帳』によれば、石橋宿には本陣1軒、脇本陣1軒が設けられ、旅籠が30軒あった。宿内の家数は79軒、人口は414人であった。
(11:36)
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街並み。時間のせいか、思ったよりも交通量は少なめ。
「石橋駅入口」交差点。
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その手前の左側に、脇本陣跡(伊沢写真館)、本陣跡(伊沢茶舗)があります。
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伊沢写真館。 伊沢茶舗。
その付近から振り返って宿内を望む。
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さて、そろそろ昼飯の時間。駅前に行けば何かあるだろうと。見上げると「グリムの里」という幟。また、街灯もしゃれたつくり。はてさて?
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3年ほど前の記事ですが。
宿場町「グリムの里」に (2015年09月26日 05時00分)
◆町の名の縁
旧石橋町(現下野市)を南北に貫く国道4号(日光街道)から西に500メートルほど入ると、住宅街の中に2・4ヘクタールの雑木林が現れる。「七人の小人の広場」や「黄金のがちょうの泉」などでグリム童話の世界を表現した「グリムの森」だ。
なぜ栃木県でグリムなのか。きっかけは1966年、グリム兄弟が生まれたドイツ・ヘッセン州にある町と石橋町の児童が、絵画や習字などの作品交換を始めたことだ。その町の名は、ドイツ語で「石橋」を意味するシュタインブリュッケン。両町の縁を取り持ったのも、独協医大の初代学長を務めた石橋長英氏だった。
両町は75年に姉妹都市となり、96年には町の「グリムの里づくり」事業の拠点施設としてグリムの森が完成した。その一角にある「グリムの館」は、ドイツの市庁舎と木組みの民家をイメージした建物で、グリム童話の初版本など貴重な資料や、グリム兄弟の業績を紹介する写真やパネルが展示されている。
オープン当初からグリムの館に勤務している中林真弓さん(39)は、姉妹都市となった年に石橋町で生まれ、その交流とともに育ってきた。「小学生の頃、学校にドイツ人が来てドイツ語のあいさつを習ったのを覚えています」と振り返る。
日独双方とも、現在は合併で町名が変わった。中林さんは「住所から『石橋』が消えて、由来の説明が必要になりましたが、市域が広がった分だけ認知度も高まったと思います」と話す。最近は、欧州風のロケーションが好評で、アニメファンなどがコスプレ姿で撮影する姿も目立つという。
◆将軍の休憩所
石橋は、江戸時代に日光街道の宿場として栄えた町でもある。現在の町並みにその面影はほとんど感じられないが、往時の雰囲気をよく残しているのが、JR石橋駅近くにある開雲寺だ。781年の開山と伝えられ、江戸時代には徳川将軍家が日光に向かう際の休憩所となった。境内には、3代将軍徳川家光が手植えしたというマキの木が、落雷で根元だけとなったものの現存している。
住職の塩沢弘崇さん(32)は旧国分寺町の出身で、2011年に就任した。「お寺というと、若い人は入りづらいと感じるかもしれませんが、社会に開かれたコミュニティーの場を目指していきたい」と話す。
また、檀家総代の伊沢敬一郎さん(84)は、先祖が代々、石橋宿の名主を務めてきた。1876年に明治天皇が東北地方を視察した際は、明治天皇が開雲寺で、随行の岩倉具視が伊沢家で休憩したといい、江戸時代の石橋宿の地図なども数多く残る。合併については「旧3町それぞれの個性がうまくかみ合い、規模も大きくなってよかったんじゃないか」と評価している。
◆B級グルメ
石橋商工会青年部が、下野市のB級ご当地グルメを開発しようと企画した「プロジェクトB」も進められている。今年3月の同部のイベント「イブニングライズいしばし」では、特産のかんぴょうとゴボウを使った「かんぴょう&ごぼうフライ」が来場者の投票で1位になった。
青年部長の大関貴志さん(32)は「下野市がゴボウの産地ということはあまり知られていないので、よい料理が選ばれたと思います」と話す。料理の「きんぴら」にかけて「下野カンピラ」と命名。「ゆくゆくは市全体の名物に育てばうれしい」と夢を膨らませている。(福田淳)
◆ビールまつりやコンサート 「グリムの森フェス」きょうとあす
グリムの館は、移動可能な300席の座席がある多目的ホールのほか、グリム童話をはじめ約1000冊の児童書が読める図書コーナー、土日営業のカフェなどを備えている。
26、27日には「第4回グリムの森フェスティバル」が開催される。期間中は、ドイツのビールやソーセージが味わえる「ビールまつり」をはじめ、「AiSONIQ」(26日)や「とちおとめ25」(27日)のコンサート、上三川高校書道部のパフォーマンス(26日)、地元中学生による紙芝居上演(27日)などのイベントが繰り広げられる。問い合わせは、0285・52・1180。
石橋商工会では、会員が軽トラックやテントで店の商品や農産物、飲食物などを販売する「第13回いしばし軽トラ市」を10月18日、JR石橋駅前通りで開く。この日は「下野カンピラ」は出展されないが、11月8日の下野市産業祭には登場予定だ。問い合わせは、0285・53・0463。
《2015年09月26日 05時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun》より。
なるほど。「軽トラ市」も面白い。農作業用なのか、行き来する車は軽トラが目に付きます。
以下は、「グリムの森・グリムの館
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ということで・・・。ところで、お店は、というと。
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昔ながらのお店という雰囲気。ビールを頼んだら、今どき珍しく、大瓶(633ミリリットル? )。「カツ丼セット」を頼んだら、カツ丼も盛りそばも並の量。隣の方の大盛りを見たら、まるで大山。蕎麦も黒々と太く、素朴な味わい。・・・
都内のチェーン店でのセットメニューになれていると、食べきれないほど。野武士とお公家さんくらいの違い。土地柄か、値段は安くて、大盤振る舞い(翌日の昼定食もそうでした)。何とか食べ終えて、お腹いっぱいになりすぎ、午後の歩きがおっくうになるほど。
さて、12:40。午後編。
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古めかしく立派なおうちもちらほら。
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その先の民家の庭先には紫陽花が咲き誇っています。
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下小山の交差点を過ぎると、右手には緑豊かな「前田製菓」の広大な工場。この付近に日本橋から24里目の「下古山一里塚」があったようですが、位置は不明。
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(13:10)「東京から95㎞」ポスト。
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その先には、取り壊し中、あるいは放置された巨大な建造物? このままモニュメント化しているのか?
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その右手には「黄金比率のデミグラスソース だびんち」。
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街道沿いのお店には車の運転手の目を引くネーミングや建物が多いようです。
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