おやじのつぶやき

おやじの日々の暮らしぶりや世の中の見聞きしたことへの思い

地方から国の政治の仕組みが変わるのか、果たして

2010-12-30 07:51:39 | つぶやき
東国原・橋下両知事が会談、都知事選協議か(読売新聞) - goo ニュース
 議会制民主主義制度の疲弊が、さまざまな形でまず地方から吹き出してきています。直接選挙民から選ばれた首長の絶対的ともいえる権限。大阪、名古屋、そして立場はたぶん異なるが、九州のある市。これまでも何人かいたが、その権力構造を見事に自分のものにして、やりたい放題・言いたい放題の都知事・イシハラがそのいい見本。国会議員のときには、右派として少しばかり名をはせただけだったのに。
 もちろん、議会が少数派の場合には苦労するが、徹底した議会攻撃・議員攻撃によってその劣勢を挽回していく。何しろ議員の権限は限られている。国会議員とはわけが違う。だから、議会と対立すれば議会を敵視する、住民(有権者)を味方にして。でかでかと大型花火を打ち上げる、その最たるものが、議員経費の見直し、定数の削減、そして公務員給料の削減、人員削減のアピール。
 さらに、住民税等の減税。「入り」を押さえることで「出」を制限する。小さな政府・行政を志向し、かつての市場原理主義にも通じるか。それでも、やんやの歓声が住民から上がる。相手は、議員、公務員、・・・。
 一番の強みは、直接選挙で選ばれたこと。勝てば、官軍。地方公務員、そして住民をある種の強権で従えさせればいい。自分の都合・野心で、途中に投げ出しても構わない。横浜市長、杉並区長はその典型。逃げ出した、国政への関心ということで。この二人、今はまったく政治力・影響力はなくなっているのではないか。
 首相はそうはいかない。あくまでも、議院内閣制。だから歯がゆさも。何しろ国会が三権分立の中の立法機関。国民の目には歯がゆく見える。もっと指導力を、もっとリーダーシップを・・・。コイズミさんがそれをやってのけたか、のよう。
 それでも、東国原さんではないが、地方の権限は限られているとの思いも、深い。そのジレンマを見事に覆そうとの動きが、大阪だし、名古屋。既成政党は、国会中心主義、議会制あっての政治活動、と考えているから、当然、民主も自民も猛反発。公明は、自党の地方選挙に有利な方につくに決めている、だから、誰でもいい。
 そういえば、東国原さん、衆議院選挙直前には自分を総裁にするなら、自民党から出馬する、といって顰蹙を買った。知事として味をしめたのだろう。かなり、勇み足。師匠に厳しくたしなめられた。
 橋下は違う、まさにタレント。既成政党、何するものぞ。そこで、東国原さんもその原点に戻って、都知事選に出馬する方向になっているのでしょう。イシハラと同じように、後出しじゃんけんによって。イシハラもそのつもり。どちらが先に出馬表明するか、先に言った方が不利と思っている二人。それまで、自民も民主も既成政党は、ただただ指をくわえて見ているだけ(もちろん、公明と共産は別)。イシハラは「立ち上がれ何とか」のブレーン。東国原さんの政治的立場は?(実は、この方、何もなさそう)
 こうした、一見、華やかな地方政治の動向。これが、国政の運営への失望・幻滅にも反映して、国民は、ますます政権党の民主党に失望感。かといって、自民党も敵失でぬか喜びしているだけ。
 かつてのドイツ。当時、一応民主的な選挙制度のもとで、首相になったヒットラー。その後の展開はご存じの通り。今、日本。地方から新たな専政体制、形を変えたファシズムがじわじわと押し寄せてきているのではないか。ここまで言うと、ちょっと飛躍ですが、実は気がついたら後戻りできなくなるほど、国民生活は今(今もひどいけれど)よりも破壊されるのではないか、と思うのです。
 
 
 
  
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