rock_et_nothing

アートやねこ、本に映画に星と花たち、気の赴くままに日々書き連ねていきます。

何故に俳句?

2021-04-30 22:19:57 | 創作活動
素人の思いつき、昨日のイメージを引き続く。
満月を映す数だけ水鏡
畦の縁月散らばるる宵静か
季語も何もあったものではないけれど、イメージを定着させたかった。
手持ちの言葉を練って遊ぶ。
どこまで心を飛ばせられるか、絵を描くまでに至れない現状を少しでも突き抜けたい足掻きだとしても。 


満月を数だけ映す田の鏡

2021-04-28 22:25:14 | つぶやき&ぼやき
なんともお粗末なタイトルだが、通勤のときに水を張ったばかりの田んぼを見て、昨夜の満月”ピンクムーン”を映す今だけの特別な夜の風景を楽しみ損ねて大いに残念がっていた。
その時気がついたことがある。
以前ならどの田んぼにも水が満ちていたり、これから水を張るばかりに畦が形作られ、早いところではもう苗が植えられていたりと、どこにも草の生えた田んぼはなかった。
ところが、今年はその面積がさらに増しているようだ。
じわじわと追い詰めるように課される減反の圧力、後継者がいなく作り手の絶えた耕作放棄地が、年々増加しているのだろう。
他の作物に転用しているところは、あまりないように感じる。
大昔、土地のほとんどは、木などの植物で覆われていた。
それを根気強く開墾して田畑にしてきた、われわれの先祖の尊い労働の成果が、今のこうして利用されているのに、それを踏みにじるかのようなことが起こっている。
作物を作ることは、命をつなぐことに等しいのに、そこを疎かに考えているのではないだろうか。
他国から安い農産物を買えばやすく供給できる、などとただ安直なわけではないと思うが、他国との政治経済的関係を鑑みても、自国の食糧自給を脆弱にしていいことはない。
いつ何時、輸入が困難になるか分からないのだ。
大豆、小麦が、世界的に高騰している。
天候不順、需要の拡大変化など、多くの要因がある。
そのあたりのバランスを調整するのが、国を運営するものの務めだと思うがいかがなものか。


心の深いところへ誘うルドン

2021-04-20 22:48:19 | アート

allegory


mystery

何がとはっきり描いていない、匂わせるようなルドンの絵がいい。
今で言う「空気感」のようなもの。
だからこそ、心が入り込む余地がある。
瞑想絵画。
黄昏時か、それとも夜が白んできたころかのような藍の色合いに佇む人影。
僅かな天空の青を引き立たせるような大地を想起させる黄褐色が、人物を包み込もうとする。
どこか知っているような、それらの絵は、心の深層への案内人だ。
そうだ、どこかロスコの抽象絵画にも通じている。
ゆっくりと静かに、心の中に降下していこう。
もしかしてこの宇宙を貫く波長に触れられるかもしれないと、オカルティックな喜びを見出しそうだ。


新緑を愛でる

2021-04-10 22:53:37 | 山歩き




とてもきらきらした光が満ちる、よく晴れた一日、新緑を愛でに出かける。
特別にどこと目指さなくても、そこここにあふれる木々の色彩豊かな芽吹きに目が喜び、心が愛でいっぱいになる。
何もかもとにかく愛おしい。
この生命の息吹に感化されるのだろうか。
新緑が楽しめるのは二週間程度、あっという間に葉が生い茂って、あれほど木の種類によって新芽の色に違いがあったのにその差を認められなくなっていく。
さあ、出かけて命の輝きを受け取ろうではないか。






恵まれた自然に囲まれていても

2021-04-08 22:59:38 | つぶやき&ぼやき

逆さまに見ると猫に見える蛾


ワイルドベリーの花


古刹にあるかのような青紅葉

見事な模様の大きな蛾が、離れの網戸に止まっていた。
キジトラ猫のような色合いとその模様に、家人が私を呼びにきたのだ。
まだ羽がまっさら新品のようで、自然の造形美を堪能させてもらう。
今週は、寒の戻りといった具合の寒さが続いていても、楓の葉は勢いを止めない。
我が家は、植えてある木の立派さだけを見たならば、古刹の寺社仏閣か旧家のようだ。
だから、京都に行って青紅葉を見ている気分を味わっている。
そんな恵まれた環境にあっても、好奇心を満たしたり気分転換がしたいなど、どこか遠くへ旅行に行きたく思ってしまうのであった。