② 里中英人氏の陶芸
) 「透明な密室」: 窯の中の状態を、偶然性に寄らずに、自分の意思の通りにコントロールする事を
里中氏は透明化と呼んでいます。
a) 焼き物は、当然ですが窯で焼成する事により完成品になります。
即ち、窯に入れてしまえば、後は窯任せ(貴方任せ)の状態になります。この事は他の絵画や彫刻
書などの作品には見られません。窯の中でどの様な事が起こっているかは、見えない密室な
状態とも言えます。その中では、酸化や還元焼成では、焼き上がりに差があり、更に窯変など
思っても見ない状態で、窯出しする事も稀ではありません。この事が陶芸の魅力であると言う人も
居るのも現実です。
b) 里中氏は、制作のこの空白部分を、なるたけ排除したいと考えます。
その為、温度を自由にコントロール出来、還元焼成の出来ない電気窯を選びます。
) 里中氏は次々に新たな作品を発表して行きます。
a) 1975年 「シリーズ:ワイングラスの悪夢」(高 15 X 横 60 X 奥行 40cm)
既製(市販されている)のワイングラスを陶土で作ったボックス(箱)に載せ、更に陶土で作った
花を挿した作品を数個つくり、各々を温度差を付けて焼成した作品です。
温度差によって、ワインガラスの熔けと、倒れ具合、陶花の絡みつきに微妙な差ができます。
ここでは、病める現代社会を表現しようとしています。
b) 1976年「傷痕」: 鉄と土それに釉の三つを混ぜ合わせ、二重にした匣鉢(さや) の中に入れ、
高温で完全に融合した後、徐冷中に余分な物質が表面に出て、「傷痕」の様な肌になります。
これは、元総理の田中角栄が関係した「ロキード事件」が世間を騒がせている頃の作者
(里中氏)の心情が傷ついた状態を表しているとされています。
c) 1977年「シリーズ:妄想族(ぼうそうぞく)」: (高 15 X 横 40 X 奥行 120 cm)
黒光りする陶板に若い女性を一人描き、その陶板上に一台のミニチュアカー(陶土では無く本物)
が載っている作品です。暴走族をもじった題名になっています。
d) 1979年「表層シリーズ:天中殺-十大恒星・十二命星」: (縦 30 X 横 20cm)
表層、陶板、陶壁のシリーズは、火(焼成)を使用しない「アン・ファイア」と呼ばれる作品です。
板や壁に柔らかい粘土を、平面に塗り込めます。やや厚めにします。そのまま放置して置くと
土が乾燥収縮し、無数に亀裂が不定形に入ります。
この作品は、この亀裂の形の美しさを鑑賞する物ではなく、土が呼吸をしている真実を表現して
いると言われています。 1981年「陶壁・予兆空間」 (縦 2.4 X 横 12m)(文京大学図書館)、
e) 1982年「陶板・シリーズ韻」: (縦 30 X 横 30 cm) 6個の組物
軟らかい陶板上に、剣先で円や四角をややずらして二重書きした物や、鋭い刃物で凸状に
切起し、対角線上に平行連続文様にした作品等です。この作品は無釉で焼成されています。
f) その他、1985年の「黒の風景」、1987年の「シリーズ蝕:黒の風景」、 1988年の
「陶板、予兆空間」、1989年の「予兆空間」、「僕の世紀末」と次々に作品を発表し、
一貫して社会への提言を秘めた作品となっています。
尚、朝日陶芸展審査員をしばしば勤め、陶芸を伝統工芸の枠から解き放ち、クレイワークという分野を
確立する原動力となった作家の一人でした。
以下次回(坪井明日香)に続きます。