貴の備忘録

気の向くまま、興味のあることを書いて置く場所。

墓参り

2024-05-21 08:08:08 | 雑感
伯母の一周忌法要に合わせ父実家の墓参りに行ってきた。
父の手続きを済ませたので報告のために立ち寄ることにしたのだ。

父実家の菩提寺に今川義元の首塚があるのは最近知ったばかりだ。
20年か30年振りではあるが場所は覚えているもので迷うことなくたどり着いたが、肝心のお墓は見つけるのに手間取った。

祖父母や伯父が眠る新しい墓はわかったが、その周囲に幾つかあるそれ以前の古い墓はすっかり古びて墓碑銘も消えているのでどれが先祖の墓かは分からなかった。
さらに須ヶ口駅の改札近辺は寂しいもので、お供えの花も買えずなんとも中途半端になったので、いずれ再訪しなくてはならない。

もう一つ寄りたかったのは清洲城公園で、帰省した際にいつも連れて行かれ、夏は虫取り、冬は凧揚げか何かをやっていた思い出がある。
当時の雰囲気は色濃く残っていて懐かしかったが、こんなに小さくて近かったのか?と思う公園だった。

清洲城は帰省していた頃には無く、初めて訪れたが清洲公園から五条川と新幹線などJRを挟んだ対岸に建てられていた。

新幹線からよく見え、父実家近所なのでいつでも行けると感じていたが、再建後からもう30年以上経つ。

濃尾平野の真ん中らしく4階の展望階から周囲が一望できた。

信長時代にこんな立派な天守はなく後の織田信雄によって近代城郭として整備され、家康が名古屋城へ移転させたので廃城となったもの。

城下町も移転し清洲は美濃街道の宿場町として残ってきた。清洲町あるいは清須市として名古屋市に吸収されないのは、そのような流れから名古屋に合流することを良しとしないからと聞いたことがある。

名古屋市中心部の高層ビル群に混じって名古屋城がはっきり見え、清洲越しと呼ばれる名古屋移転の距離感はよく分かる。
父は清洲から名古屋城がよく見えたと話していたが、どこから見ていたのだろうか。


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