おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

麦の穂をゆらす風

2020-05-07 07:44:57 | 映画
「麦の穂をゆらす風」 2006年 イギリス / アイルランド / ドイツ / イタリア / スペイン


監督 ケン・ローチ
出演 キリアン・マーフィ
   ポードリック・ディレーニー
   リーアム・カニンガム
   オーラ・フィッツジェラルド
   メアリー・オリオーダン
   メアリー・マーフィ

ストーリー
アイルランド、1920年。
イギリスの支配に対抗しようと、アイルランド独立を求める人々の動きは徐々に高まりを見せていた。
それに対してイギリスからは武装警察隊が送り込まれ、理不尽な暴力を人々に振るっていた。
ロンドンで病院の仕事が決まっていたデミアン(キリアン・マーフィー)だが、出発の当日、列車の運転士たちが、無理やり乗り込もうとするイギリス兵たちを断固として拒否した姿を見て戦いに加わる決心をした。
闘士たちのリーダー格はデミアンの兄・テディ(ポードリック・ディレーニー)だ。
敵に拷問を受けても仲間を裏切ろうとしないテディ、そして戦いの中で再会したあの列車の運転士ダン、闘志を貫く仲間たちの中でデミアンもまた、己の使命に目覚めていく。
ゲリラ戦は功を奏し、ついにイギリスは停戦を申し入れ喜ぶデミアンたち。
しかし講和条約は依然としてイギリスに都合のいいものだった。
アイルランドの中で条約に賛成する者と反対する者に分かれて対立が始まった。
それはやがてアイルランド人同志が戦う内戦へと向かってしまう。
条約に賛成する兄・テディは政府軍へ、完全な自由を求めて条約に反対する弟・デミアンは再びゲリラ活動へ。
その戦いの中でついにデミアンが政府軍に囚われてしまう。
テディは仲間の居場所と武器のありかを喋るようにデミアンを促すが、デミアンは断固として拒否するのだった。
テディはデミアンに処刑を告げざるを得ず、そして銃殺の時が来た。
崩れ落ちたデミアンの亡骸を抱きしめてテディは激しく泣きじゃくった。
テディがデミアンの妻・シネードに夫の死を告げにいく。
それを聞いたシネードは、もう二度と顔を見せるなと泣き叫び、テディを激しく撥ねつける。


寸評
映画はアイルランドの英国からの独立戦争やその後の内線を、主人公デミアンの個人的視線から描いていくのだが、いわゆる戦争映画としてではなく仲間同士で殺し合う悲劇を描いている。
したがって英国相手の派手な戦闘シーンなどは登場しない。
彼等はゲリラ戦士であることもあって、戦闘シーンはあくまでも局地戦で、英国の応援部隊を待ち伏せして壊滅させる場面でも、相手はジープ2台程度で戦闘は短時間で終わってしまう。

アイルランドの独立戦争は政治や民族や宗教などの地域戦争と違って、実際もそうだったのかもしれないが、アイルランド人の自衛戦争だったのだという描きかたで、ここではチェンバレンやチャーチルも悪人として名前が登場する。
仲間たちとスポーツを楽しんだというだけで集会を開いていると因縁をつけられ、言葉にアイルランド訛りがあるというだけで英国の治安部隊はアイルランド人たちを尋問し、そして暴行し、逮捕し、拷問し、処刑し、家屋を焼き払っていく様子もどちらかと言えばサラリと描いていたように思う。
主人公のデミアンが独立戦争に関わっていくのは当然に思えるために、そこに至る経緯も必要最低限に描かれていた。

しかし、同胞の中ら裏切り者が出て、処刑をせざるをえなくなるような事態の描写は悲痛であった。
密告した地主の方棒を担いだことになってしまったデミアンの幼なじみの少年は「彼の隣に埋めないでくれ」と言い残して射殺される。
顔見知りを処刑する苦しみとやるせなさは心を打つ。

やがて彼等を支持する勢力の台頭などでイギリスも停戦を余儀なくされるが、映画の中ではイギリスとの停戦合意や後の独立につながる条約締結といった出来事はあまり大きな盛り上がりを見せない。
むしろ停戦と条約の締結は、それまで一緒に戦ってきた仲間たちの中に大きな亀裂を生み、昨日までの仲間同士が互いに銃を向け合うという悲劇性に重点を置いていく。
究極として兄のテディと弟のデミアンの対立があり、テディは泣く泣くデミアンを処刑する。
前出の少年の処刑が、この処刑の伏線となっていて、デミアンの叫びは胸を打つ。

テディがイギリスよりになった経緯も全くと言っていいほど描かれていなくて、あくまでも仲間同士で殺し合う悲劇性だけを徹底して描いていたことは、もしかするとそれがアイルランド独立戦争の本質だったのかもしれないと思わせた。
彼ら兄弟の 悲劇は愚かだったから起こったことではない。
彼らは対立することが愚かしいことは十二分に判っていたが、彼らはあまりにも誠実な人間たちだったのだ。
主義主張のためではなく、人として正しい生き方を 選択したことが悲劇につながったのである。
それゆえに切ないのだが、それこそがこの映画の最大のポイントだったと思う。


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