おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

ハドソン川の奇跡

2020-01-21 08:44:51 | 映画
「ハドソン川の奇跡」 2016年 アメリカ


監督 クリント・イーストウッド
出演 トム・ハンクス
   アーロン・エッカート
   ローラ・リニー
   アンナ・ガン
   オータム・リーサー
   ホルト・マッキャラニー
   マイク・オマリー
   ジェイミー・シェリダン

ストーリー
2009年1月15日、USエアウェイズ1549便がニューヨーク・マンハッタンの上空850メートルを飛行中、バードストライクによって全エンジンが停止、コントロールを失う。
機長のチェスリー・サレンバーガー(サリー)は必死のコントロールと苦渋の決断の末、ハドソン川に機体を不時着させた結果1人の犠牲者も出さず、この奇跡的な生還劇は「ハドソン川の奇跡」として全世界に報道された。
乗務員たちが世間から国民的英雄として賞賛される一方で、国家運輸安全委員会 (NTSB) によって事故原因の調査が行なわれていた。
その過程でサリーの判断が適切であったかどうか、また、左エンジンは本当は動いていたのではないかという疑いを持たれ、彼は空港への着陸が可能だったとするNTSBから厳しい追及を受ける。
サリーは、しだいに自身の判断が正しかったのかという不安にさいなまれる。
検証の最終段階でもある公聴会の日が訪れ、コンピュータ上のシミュレーション、パイロットによるフライトシミュレーションの双方で、ラガーディア空港・テターボロ空港双方への着陸が可能だったことが示された。
しかし、サリーとスカイルズは、シミュレーションから155名の人命を背負ったパイロットが状況判断に要する人的要因(思考時間や心理状態)が排除されていると、冷静だが厳しい口調で抗議した。
その結果、人的要因の考慮を加味し、空港への方向転換を、思考時間の35秒分遅らせて再度実施すると、フライトシミュレーションはいずれへの空港への着陸も失敗、しかも市街地に墜落する大惨事となり得たことが示され、さらに引き続いて、実際の音声記録が再生されると、全ての謎が埋まる。


寸評
2009年の有名な航空機事故の映画化作品である。
このニュースは日本でも新聞、テレビを通じて詳細に報じられたので、僕もサリー機長を英雄視して見ていた一人だったのだが、その後に機長達が国家運輸安全委員会によって人為的な過失への疑惑を追求され、当時の状況下では全く問題なく空港に帰還することができたということで、おかしな判断で乗客の命を危険にさらした人物ではないかという嫌疑をかけられていたということは知らなかった。
映画はその調査の顛末を描いているので、ハドソン川への不時着や脱出劇のスペクタクルを主にはしていない。
むしろ映画的なスペクタクルを極力省いて騒動の深層に迫ろうとしている静かな映画だ。
最後には観客に判断をゆだねるということを除いている以外は近年のイーストウッドらしい作品だと言える。
最初は英雄ともてはやされたが、やがて乗客を危険に晒したとんでもない機長ではなかったかと報じられ始める。
サリーが事故の幻影に悩まされる姿は描かれているが、報道の変化に対する恐怖とかストレスの拡張によるサリー機長の精神的苦痛がたっぷりと描かれてはいない。
その分、深刻な内容ではあるが肩ぐるしくはないエンタメ性に優れた作品となっている。

乗客を脱出させた後にトム・ハンクスが演じるサリー機長に、アーロン・エッカートが演じるジェフ副機長がハドソン川とニューヨークの街並みをしみじみと眺めながら、「ニューヨークの景色に、こんなに感動するなんて」とつぶく。
生きていることを実感するシーンだが、そのさりげない描き方がいい。
また、国家運輸安全委員会での審問の最中に、サリー機長とジェフ副機長は廊下に出て、機長は「君を誇りに思う」と伝え副機長もそれに応える。
自分たちの行動に確信を深めるシーンだったと思うが、それとて感動を呼び込むような過剰演出をとっていない。
英雄と思われた人物が、もしかしてその逆であったのかもしれないという点においても同様のことがいえる。
僕たちは彼が英雄であたことを知っているが、作品はそれを大々的に報じてはいない。
むしろ機長を褒め称える人々を少しずつ見せていくような演出をとっている。
邦題は「ハドソン川の奇跡」となっているが、やはり原題の「サリー」の方がピッタリくる内容であり描き方だ。

しかし人命を預かってのとっさの判断は決断を要するし、その重圧はいかばかりかと思う。
僕は社会人時代に情報部門を預かっていたのだが、ときにコンピュータが異常をきたした。
それがグラムのバグによるソフト的なものなのか、ハード・トラブルなのかによって対応が違ってきたし、何よりも全ての作業がコンピュータ依存しているので、停止中は出荷業務が止まってしまうということで、完全復旧までの時間との勝負になる。
間に合わなければ1000万~3000万の出荷が出来ないので、納期の問題もあり担当営業や物流部門から引切り無しの電話が入る。
復旧よりもそちらへの対応の方が大変だという局面もあった。
ましてや人命がかかっているともなればなおさらだ。
やはりサリー機長は英雄だったのだと結論付けしているが、そのように描かれても当然の判断力だったと思う。
しかし、一歩間違えば大量殺人を犯しかけたと判断されたかもしれない恐怖は残る。
コンピュータを信じすぎてはいけない。


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2 コメント

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「ハドソン川の奇跡」について (風早真希)
2023-10-12 14:36:55
このクリント・イーストウッド監督の「ハドソン川の奇跡」を観て、報道の影に隠れた現実の姿に衝撃を受けます。
英雄として世間的には認知されていた機長が、政府の査問に掛けられ、判断ミス、ヒューマン・エラーを巡り厳しい追及を受けていたのです。

そんな複雑で多面的な現実を整理し、展開する脚本が、実に無駄なく秀逸だと思います。
また、その事実を描くにあたり、クリント・イーストウッド監督の、淡々と冷静に事実を積み上げる語り口も効果的だと感じます。

クリント・イーストウッド監督の地味な作風は、こんな事実を元にした作品にこそ、その実力を発揮するのだろうと感じました。

そして、この映画で個人的に一番感銘を受けたのは、リアリティーのある演技を見せたトム・ハンクスでした。

実在の人物を全てのアメリカ人が知っている中で演じ、更にドラマ表現としての力を付与する事は、決して簡単な事だとは思いません。

「キャプテン・フィリップ」でもそうですが、この映画のサリー機長も、飛びぬけた超人的なヒーローではありません。
現実の世界で計らずも窮地に立たされ、その問題に必死に立ち向かい、結果的にヒーローになったという人物です。

そして、そんな現実世界の住人を演じた時のトム・ハンクスの表現・説得力は、嘘を感じさせない素晴らしいものだと思います。

ここで表現されたのは、現実の人間としての弱さや恐れを胸のうちに持ちつつ、それでも困難に立ち向かう姿です。

そして、その等身大の人間像を通じて示されたのは、どんな人間でも自らの日常的な行動の中で、ヒーローになりうるという事だと思うのです。

そういう点では、この映画を見ただけでは、サリー機長を追い詰める悪役に見えるかもしれませんが、NTSC(国家運輸安全委員会)の検査官達も、プロとして追求をとことんしていく姿に、むしろ感動を覚えます。

起ってはならない航空事故が起ってしまい、その事実を飽くまで追求し、その原因を元に徹底的に対策を講じるNTSCの仕事なくして、飛行機は安全に飛べないでしょう。

厳しい事を言えば、機長というその飛行機の最高責任者は、エラーがあれば、最終的な責任を取らざるを得ないというのは、プロであれば当然分かっているはずです。

そう思えば公聴会の場とは、お互いのプロの誇りを賭けて、それぞれの仕事を全うする為に、必要な対決だったと言わざるを得ません。

結局、人間社会というのは、その構成員が自らの責任と義務を誠実に果たす事で、効率的に運営されるのでしょう。

そういう意味で、この映画の両者の厳しい対決、また救援に関わった人々の真摯さこそ、社会組織が有効に機能している「奇跡」の姿だと感じました。

事故調査の過程で、シミュレーションの上では、「エンジン停止後、すぐに空港へ引き返していた場合、ギリギリではあったが緊急着陸は可能だった」事実が示され、サリー機長の判断ミスかと思われた。
その時、サリー機長は「人間要素が欠けている」と指摘したのです。

サリー機長は、シュミレーションの結果に対して、ここには「ヒューマン・ファクター=人間的要素」が考慮されていないと言うのです。

シュミレーションの際は、空港に戻ることを前提に操作しているが、実際はエンジンの再点火やQHR(緊急時マニュアル)の確認などがあった。

両方のエンジンが止まるという、世界初の事件でありながら、このシュミレーション・パイロット達は、遅滞なく空港に戻る操縦をしているが、現実ではありえない。
人間には判断する時間が必要だと訴えた。

NTSC側は、過去の不時着時のパイロットに確認し、35秒は意思決定までに要したとして、再度35秒を加味したシュミレーションを行うのだった。

35秒を加算したシミュレーションを実施したテストパイロットたちは、ほぼ全員が空港到着前に、機体が墜落する結果となり、市街地などに墜落し、より大惨事になっていた可能性があったことも証明されます。

そして、左エンジンが動いていたのではないかという疑念も、引き上げられたエンジンの損傷によって完全に払拭されました。
結局、サリー機長の不時着水の決断は正しかったのです。
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アメリカの立派なところ (館長)
2023-10-13 07:55:29
アメリカの傲慢な態度に嫌悪感を抱くことも多々あるのですが、一方で描かれたようにそれぞれが真摯な態度で正義を追及する文化が根付いていることは民主主義の盟主としてさすがだと思いました。
深刻な内容をエンタメ性に富んだ作品に仕上げたイーストウッドの力量も素晴らしいものがありましたね。
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