おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

ブワナ・トシの歌

2024-03-03 07:21:14 | 映画
「ブワナ・トシの歌」 1965 日本


監督 羽仁進
出演 渥美清 ハミン・サレヘ 下元勉
   ビビ・アグネス ギダボスタ・サミエル

ストーリー
東アフリカのケニアとタンガニーカの国境に、一人の日本人・片岡俊男がやってきた。
日本の学術調査隊が、総合研究をするための施設を造るためにやって来たのだ。
しかし三日余りの旅をして辿りついた部落には、居るはずの手助けをしてくれる人間は居ず、断りの手紙が残されているだけであった。
困りはてた俊男は、知りあいになった少年を通じて、土地の青年に協力を頼んだ。
少年の案内で家長の部落にいってみると、人集めどころか家畜の牛追いに一日中こき使われる始末。
それでも俊男は懸命に働いたので、俊男は部落の誰からも「トシ」と呼ばれ親しまれるようになっていった。
やがて部落の人たちも、そんな俊男の気持を察して仕事に協力してくれるようになった。
しかし彼等には家を建てるという概念がまったくなく、加えて彼等には特有のポレポレ(ゆっくり)の習慣があって、仕事ははかどらなかった。
ある日俊男は、人間の先祖・マウンテン・ゴリラを追って研究を続ける大西博士に会い、その熱意にうたれた。
ちょうど、そのころこのアフリカの原野にも、新しい独立ムードが盛りあがってきた。
その影響で俊男の仕事は、また遅れた。
そのうちに、遂に新しい国が誕生し、作業場は急に活気をおびて立派な近代建築が完成した。
俊男は土地の青年たちと共に夜が明けるまで踊りつづけた。
やがて陽が昇り、土地の青年たちは俊男を湖畔に連れだし、俊男のために歌をうたった。
“東の国からトシというジャポネがやってきた”。
俊彦は、お礼にまだ海も汽車も見たことがないという青年を港町に案内した。
やがて別れの時がやってきた。


寸評
映画は渥美清演じる“トシ”がアフリカに長期出張してプレハブ住宅を建てるというだけの話で、現地人と渥美清のやり取りは半ドキュメンタリーのような映像になっている。
トシはスワヒリ語を少し理解し話せるだけなので、現地人とスムーズな意思疎通が出来るわけではない。
その象徴が建築を手伝ってくれる人を頼みに行った時のやり取りである。
トシは仕事をやると求人に行っているのだが、現地人からは仕事を欲しがっていると思われてしまうエピソードが喜劇映画のように描かれる。
牛追いの仕事を命じられるが、案内人は途中で帰ってしまいトシは何処へ牛を追って行ったらいいのか分からないのだが、同行の現地人は「牛の後からついていけばいい」と言うだけである。
国的にはタンザニア連合共和国なのだが、タンザニアは東アフリカ大陸部のタンガニーカとインド洋島嶼部のザンジバルから構成されているから、ここではそのタンガニーカを舞台としていると思われる。
上記のエピソードはタンガニーカの人々の時間に対する感覚を表していると思われ、トシの時間感覚とのずれを示していて、後に起きるトラブルの伏線となっている。
トシには滞在費を含めた予算もあり、調査隊の到着までに完成させなければならないと言う時間的制約もある。
その為に彼はタンガニーカの人々から”せっかち”と言われるほど、すすまない建築に焦りまくる。
イライラがつのり、ついにトシは手伝ってくれていたハミシを殴ってしまう。
現地人との溝が出来てしまい彼は裁判にかけられる。
タンガニーカの人々は暴力を嫌い、お互いに助け合う精神を持った人々なのだ。
それは我々日本人が忘れてしまった美徳でもある。
被害者であるハミシの言葉によりトシを許すタンガニーカの人々の気持ちが素直で感動させられる。
人々はトシの為に歌を唄う。
「トシは怒りっぽい、せっかち、殴る」などトシを責める内容なのだが、だからこそ「でも、またきてくれ」という言葉に感動してしまう。

現地人との片言のやり取りが続く中で、もう一人の日本人であるマウンテン・ゴリラの研究を続ける大西博士が登場して日本語での会話がなされ、トシは大西博士を頼ろうとする。
しかし大西博士は「アフリカにまで来て日本人を頼ることはないだろう」とそっけない。
海外に来て言葉も地理も分からない時に同胞に出会えば心強くなり、ついすがりたくなってしまうのは理解できるのだが、なにせ場所はアフリカの僻地であり、それを承知で来ているトシに対しては当然のアドバイスだったのかもしれない。
タンガニーカの人々は日本がどこにあるのかも知らなかっただろう。
それでも気持ちが通じ合えばお互いに共存できるという事だったと思う。
演技などしらない、もしかすると映画の存在や撮影と言うことにも通じていなかったであろう、言い換えればまったくの素人であったタンガニーカの人々の表情と行動がこの映画を支えている。
ハミシと彼の妻との別れは悲しいものだし、トシとハミシの別れも胸に迫るものがある。
渥美清はこの後に何度もタンザニアを訪れるほどアフリカに魅かれたようであるが、この様な交流があれば再びタンザニアを訪れたくなるのも分かる作品である。