おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

灼熱の魂

2019-07-24 06:55:50 | 映画
「灼熱の魂」 2010年 カナダ / フランス


監督 ドゥニ・ヴィルヌーヴ
出演 ルブナ・アザバル
   メリッサ・デゾルモー=プーラン
   マキシム・ゴーデット
   レミー・ジラール

ストーリー
初老の中東系カナダ人女性ナワル・マルワンは、ずっと世間に背を向けるようにして生き、実の子である双子の姉弟ジャンヌとシモンにも心を開くことがなかった。
そんなどこか普通とは違う母親がこの世を去った。
公証人から遺されたジャンヌとシモンに遺言が伝えられ、二通の手紙がわたされた。
その二通の手紙は、ジャンヌとシモンが存在すら知らされていなかった兄と父親に宛てられていた。
遺言は父親と兄を見つけ出し、それぞれに宛てた母からの手紙を渡してほしいというもの。
死んだと思い込んでいた父ばかりか、存在すら知らなかった兄がいることに当惑するジャンヌとシモン。
遺言に導かれ、初めて中東にある母の祖国の地を踏んだ姉弟は、母の数奇な人生と家族の宿命を探り当てていくのだった……。


寸評
かつてのレバノン内戦にヒントを得ているらしいが、舞台となる中東の国名は登場しないので、どこかの国の特殊事情を描いているわけではない。
物語は二つの時代のドラマが並行して描かれる構成になっていて、一つは母ナワルの身に起きた過去の出来事で、もう一つは公証人がリード役となって、ナワルの子供たち(特に姉のジャンヌ)が真実に迫って行く姿を追う。
両方のバランスがうまく保たれていて、見ていてもその切り替えに全く違和感がない。
社会派映画の要素はあるが、それを正面に据えることはなく、上質のミステリーに仕上げている。
国は特定されていないが、内戦状態で破壊された町や建物、荒涼とした砂漠地帯などの映像がリアリティをもたらしていた。
物語は章立てになっていて9章からなる。
  1.双子(ジャンヌとシモンの姉弟)  2.ナワル(母の名前)  3.ダレシュ(母が身を寄せた街)
  4.南部(母の故郷)  5.デレッサ(母が捕らわれた街)  6.クファリアット(監獄)
  7.歌う女(母が呼ばれた名前)  8.サルワン ジャーナン(子供の名前)  9.ニハド(兄の名前)
各章で壮絶な母の人生が描かれ、衝撃の事実が明かされていく。
姉のジャンヌは数学授業の助手を務めていることが冒頭で描かれるが、その時点ではそのことは単なる立場の照会程度だったが、後半で1+1=2の話が出てきて、なるほどそれで数学だったのかと納得する。
宗教対立はすさまじく、ダレスの章で襲われたナワルが十字架をかざし「キリスト教徒だ!」と叫ぶ。
異教徒は子供といえども射殺されてしまうという酷いものである。
ところがデレッサの章でナワルは急転換しているのだが、なぜ急転換したのかが描かれていない。
しかし最終章で狙撃手だったニハドが洗脳を受けて拷問人となったことが語られることで、おそらくナワルも洗脳を受けたのだろうと想像させる。
かかとにつけたタトーや、冒頭で見せたナワルの呆然とした表情がラストで結びついてくる。
そのように前後して伏線が張り巡らされている構成が素晴らしい。

彼等は追い求めた人物と出会い、衝撃の事実が伝えられるが、同時に更なるおぞましい事実も知ることになる。
伝えられた男は墓前に立ちつくす。
母が残した手紙は報復の連鎖を諫めるもので、愛の連鎖こそが素晴らしいのだと示していたのだろう。
テロを含めた憎しみへの警鐘だろうと思う。
それを理解した上でも、僕は見ている途中で何か喉に引っかかるような物を感じていた。
ラストに至ってそれが母ナワルが人を殺めた贖罪を全くしていないことと、何のために子供達に事実を明らかにしようとしているのかが不明なことだったと思い至った。
おそらくそれは、怒りや暴力の連鎖を断ち切らねばならないという思いなのだろうが、その為に子供たちにその事実を明らかにするものなのだろうか。
あの3人は事実を知ってなにか思い至るものがあったのだろうか、あるいはなにか得るものがあったのだろうか。
男が墓前に立ちつくすラストシーンに、イマイチ感動を覚えなかったのはその辺りに有ったのかも知れない。
しかしその感情はこの作品から傑作の称号を奪い取るものではない。
音楽、特に流れる歌声は、何を歌っているのか歌詞の内容は分からなかったけれど、ものすごく心に響いた。