おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

シェルブールの雨傘

2019-07-07 10:34:13 | 映画
「シェルブールの雨傘」 1963年 フランス


監督 ジャック・ドゥミ
出演 カトリーヌ・ドヌーヴ
   ニーノ・カステルヌオーヴォ
   マルク・ミシェル
   エレン・ファルナー
   アンヌ・ヴェルノン

ストーリー
1957年11月、アルジェリア戦争ただ中のフランス。
港町シェルブールに住む20歳の自動車整備工ギィと17歳のジュヌヴィエーヴは結婚を誓い合った恋人同士。
ギィは病身の伯母エリーズと、ジュヌヴィエーヴはシェルブール雨傘店を営む母エムリ夫人と暮らしている。
そんなある日、ギィに召集令状が届き、2年間の兵役をつとめることになった。
尽きる事無く別れを惜しむギィとジュヌヴィエーヴはその日結ばれた。
やがてギィは幼馴染みのマドレーヌに伯母の世話を頼み、ジュヌヴィエーヴに別れを告げて入営する。
1958年1月、莫大な額の納税に苦慮したエムリ母娘は金策のために宝石店に行った。
店主との交渉は難航したが、たまたま居合わせたローラン・カサールがその場で全て購入してくれた。
カサールはジュヌヴィエーヴを見初めていたのだった。
2月、ジュヌヴィエーヴの妊娠が判明する。
手紙で妊娠を知ったギィからは「男の子だったら名前はフランソワ」と喜びの返事が届くが、戦争は次第に激化、手紙も途絶えがちとなる。
ジュヌヴィエーヴはギィを待ち続けていたが、ついにカサールの求婚を受け入れて、母共々パリに移住する。
1959年1月、足を負傷し帰郷したギィはシェルブール雨傘店を訪れるが、店は所有者が変わっていた。
ジュヌヴィエーヴの結婚と移住を聞かされたギィは自暴自棄となり、復職した整備工場も些細なトラブルで退職して酒と娼婦に溺れる。
朝帰りした彼を待っていたのはエリーズ伯母の死の報せだった。
マドレーヌの支えもあって立ち直ったギィは、伯母の遺産でガソリンスタンドを購入、マドレーヌと結婚する。
時は流れて、1963年12月のある雪の夜、一台の車がギィのガソリンスタンドに給油に訪れ、運転席にはジュヌヴィエーヴが、助手席には3,4才くらいの女の子が乗っていた。


寸評
ミュージカルはアメリカ映画だけのものではない。
フランス映画が作ればこんな作品になるのだと誇っているような作品である。
汽笛が鳴るとシェルブールの港が現れ、やがて石畳の上に雨が降り注ぐのだが、それを真上から写し込んで色とりどりの雨傘が行きかうなかクレジットタイトルが表示される。
それにテーマ音楽がかぶさるオープニングはフランス映画らしい小粋さが感じられる。
「一部 出発」のサブタイトルと1957年11月とクレジットされると、軽快な音楽と共に自動車整備工場で働く人々が歌でもって会話していく。
このオープニング・シーンで作品全体の作りと雰囲気が分かり、知らず知らず作品世界へと誘われてしまう。

シェルブールで母親と傘屋を営む娘としてカトリーヌ・ドヌーヴが現れるとうっとりとしてしまう。
この後、数々の作品に出演したドヌーヴであるが、一本挙げろと言われればやはりこの作品だろう。
可憐さが残っていた時期に、この作品と出会えたことは彼女にとっても幸せだったのではないか。
そしてドヌーヴと共にこの映画の雰囲気を盛り上げているのが色彩だ。
シェルブールの街も部屋などのセットも鮮やかな色彩で映し出される。
部屋に帰ったギイが上着を脱ぐと青いシャツを着ている。
部屋の壁も青色で、街の石畳や壁も明かりに照らされブルーに浮かび上がっている。
その街にオレンジのコートを羽織ったジュヌヴィエーヴが現れ、真っ赤なホールに入っていく。
この鮮やかな画面を見ていると、多分これは全編を通じて保たれる色彩感覚だろうと感じ取れたが、実際最後までその通りで、部屋のセットなどは見栄えを考慮する演劇の大道具の様なものに見えてきた。

やがてギイは兵役につくことをジュヌヴィエーヴに告げるのだが、その時のやり取りは哀愁のあるテーマ音楽に乗って行われる。
その後の駅での別れのシーンでも同じメロディで会話されていて、このメロディは別れのシーンで使用されていることに気づかされる。
それを意識してみていると確信が持てた。
フランス語では、愛してるはジュテームで、おやすみはボンソワールなのだとこの映画で知った。
「二部 不在」の最後では、カサールと結婚したジュヌヴィエーヴをマドレーヌが悲しげに見送るのだが、最後にマドレーヌを少しだけ登場させる演出がいい。
「三部 帰還」ではジュヌヴィエーヴの結婚を知ったギイの姿が描かれるが、叔母の死と共に救いを求めるギイにマドレーヌはギイの心はまだジュヌヴィエーヴにあるのではないかと不安になる。
愛する人と共に歩みたいと、その愛をマドレーヌに告げ、ギイも幸せな生活をつかむのだが、この作品を小粋にしているのがラストシーンだ。
雪の降るガソリンスタンドで再会したギイとジュヌヴィエーヴは、お互いの子供の名前が二人が語り合った名前であることを確認するが、二人は元に戻ることはない。
ギイもジュヌヴィエーヴもすでに幸せな新しい人生を歩んでいることを示し、悲恋物であるにもかかわらず幸せを感じさせるいいラストシーンで余韻が残った。