おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

カティンの森

2019-03-17 13:05:32 | 映画
「カティンの森」 2007年 ポーランド


監督 アンジェイ・ワイダ
出演 マヤ・オスタシェフスカ アルトゥル・ジミイェフスキ
   マヤ・コモロフスカ   ヴワディスワフ・コヴァルスキ
   アンジェイ・ヒラ    ダヌタ・ステンカ
   ヤン・エングレルト   アグニェシュカ・グリンスカ
   マグダレナ・チェレツカ パヴェウ・マワシンスキ

ストーリー
1939年9月、ポーランドは密約を結んだナチス・ドイツとソ連によって分割占領されてしまう。
ソ連側では多くのポーランド人将校が捕虜となり収容所へと送られた。
その中にはアンナの夫アンジェイやその友人イェジも含まれていた。
翌年初め、アンナと娘、アンナの義姉と娘は、ロシア人少佐の家に匿われていた。
義姉親子は強制移住のため連れ去られるが、アンナたちは逃げ延びる。
春、アンナと娘は義母のいるクラクフへ戻り、義父の死を知る。
アンジェイはイェジから借りたセーターを着て、大将、ピョトル中尉らと別の収容所に移送される。
そんな中、1943年4月、ドイツは一時的に占領したソ連領カティンで、多数のポーランド人将校の遺体を発見したと発表する。
アンナはその犠牲者リストにアンジェイの名前がなかったことに望みを託し、ひたすら帰りを待ちわびる。
1945年1月、クラクフはドイツから解放され、イェジはソ連が編成したポーランド軍の将校となり、アンナにリストの間違いを伝えたが、“カティンの嘘”を聞き自殺してしまう。
国内軍のパルチザンだったアンナの義姉の息子タデウシュは、父親がカティンで死んだことを隠すよう校長から説得されるが拒否した・・・。


寸評
カティンの森事件とは、第二次世界大戦開始と同時に始まったソ連軍のポーランド侵攻に際し、ソ連内務人民委員部(NKVD→KGBの前身)が、ポーランド将校数千名を虐殺してカティンの森に埋めたとされる事件である。
当初はドイツがソ連の実行と言い、ソ連はドイツが実行したと言い張っていた。
「カティンの森」は、特別に監督の情念に溢れた作品である。
なぜならアンジェイ・ワイダ監督の父親は、カティン虐殺事件の被害者の一人だったからだ。

独ソ不可侵条約が結ばれると、ナチスドイツとスターリンのソ連がポーランドに侵攻を開始した。
冒頭で橋の両方から逃げてくる人々がすれ違う場面がある。
一方はドイツの攻撃から逃げてきた人たちで、もう一方はソ連の攻撃から逃げてきた人たちである。
双方ともにそちらに行けば敵が攻めてきていて危険だと言っているのである。
ドイツとソ連に侵略されたポーランドの状況が一瞬にして分かる場面だ。
戦国時代の弱小国のように扱われるポーランドの立地に同情してしまう。
大国に囲まれ、分裂を繰り返してきた小国の国民の象徴的な姿でもあった。
幸か不幸か、当時の日本は曲がりなりにも軍事大国でそのような憂き目には会っていない。
ゴルバチョフ書記長の下でペレストロイカが進み、グラスノスチ(情報公開)の風潮が高まると、事件を公表する動きがでてソ連はNKVDの関与を公表し、スターリンの犯罪の一つであることを認めたし、ロシアのプーチンも「正当化できない全体主義による残虐行為」とソ連の責任を認めているので、この虐殺はソ連軍によるものであることが判明している。
それを知ってこの作品を見ると、戦争がもたらす国家の指示による虐殺もひどいものだし、その虐殺をプロパガンダに利用しようとする敵対国家のエゴにも虫唾が走る。

被害者である大将の夫人が、ドイツ総督府からソ連軍の非道を聞かされ、自軍のプロパガンダに協力するよう求められる場面がある。
夫人はその協力要請を拒否するが、殺したソ連もその敵であるナチスもどうしようもない犯罪者だ。
この女性が総督府の建物から出てくるシーンを効果的なカメラワークで捕らえて、女性が感じた絶望感を我々に伝えてきた。
アンナは夫の帰りを信じているので、ドアをノックする音が聞こえると娘に「パパが帰ってきた」と告げる。
生死が分からぬ父や夫の帰還を待ちわびる家族の姿だと思う。
岸壁に母もそうだし、過酷な状況に耐えたシベリア抑留兵の家族も同じ思いだったのではないか。
スターリンのソ連もヒトラーのドイツもひどい国だったのだ。
ポーランドはソ連の傘下に入ったばかりに、カティンをソ連の仕業と言えなくなってくる。
ソ連のもとで編成されたポーランド軍でソ連化に同化してくる者も出てくる。
そんな中でカティンの嘘に苦しんだイェジは自殺してしまうという悲劇も起きる。
夫アンジェイの日記が遺品として秘密裏に妻のアンナに届けられる。
克明につづられた日記がある日を境に空白となっていて、夫の死を物語り、そしてカティンの虐殺が描かれる。
おぞましい、悲しくなる、怒りがこみ上げる、無音のエンドロールが死者とポーランド人の怒りを訴えていた。