おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

影武者

2019-03-08 11:11:27 | 映画
「影武者」 1980年 日本


監督 黒澤明
出演 仲代達矢 山崎努 萩原健一 根津甚八
   大滝秀治 隆大介 油井昌由樹
   桃井かおり 倍賞美津子 室田日出男
   志浦隆之 清水紘治 清水のぼる
   山本亘 杉森修平 油井孝太 山中康仁

ストーリー
甲斐武田「風林火山」の軍が、三州街道を粛々とゆく。
家康の砦、野田城を落城寸前まで追いこみながら、急に和議を結んで、ふたたび甲斐に帰るところであった。
孫子の旗を立てた信玄が悠然と馬を進めているが、実はそれは信玄ではなかった。
信玄に風貌生きうつしの弟、信廉で、まことの信玄は鉄砲で狙撃され、「われ死すとも、三年は喪を秘し、領国の備えを固め、ゆめゆめ動くな」との遺言を残して世を去った。
死を秘すことは難事であったが、信廉はかねてから、信玄と瓜二つの男を用意していた。
その男は無頼の盗人で、磔刑になるところを、あまりの酷似に、ひろいあげて刑を免じて養っていたのだ。
敵をあざむくためには、まず味方からで、その事情は側近のごく僅かな者にしか、知らされなかった。
信廉らが胆を冷やすことも幾度となくあったが、“影”は次第に威厳のようなものをそなえていく。
こうした成行に、内心いら立っていたのは勝頼であった。
嫡子ではなくとも実子でありながら、家を継げぬ不満に加え、“影”への服従がさらに輪をかけた。
その頃、家康は武田への攻撃を計画し、兵を進めた。
重臣たちの評定は続き、“影”は主戦派の勝頼を制して「動くな、山は動かぬぞ」と結論を下した。
心中、大いにゆれ動く勝頼は、ついに独断で兵を動かした。
勝頼軍のみで落とせるとはとても思えず、武田軍はやむを得ず、「風林火山」の旗を立てて、勝頼軍の後方に陣をかまえた。戦いは激烈をきわめたが、勝利は、信玄の“影”の上におとずれた。
遺言の三年が過ぎようとする頃、“影”は信玄だけが御し得た荒馬「黒髪」からふり落とされたとき、川中島での刀傷がないのを側室たちに発見されてしまった。


寸評
往年の作品に比べると少し間延びしているような気もするが、それでも脳裏に焼きつくシーンもあってさすがと思わせる。
そのひとつは、「動くな!」という影武者信玄の言葉だ。
信玄の子である勝頼が影武者に従わねばならない屈辱から、戦術判断が出来ないニセ信玄に対し作戦を迫る場面で発する静かな「動くな」と、偽者の自分を守るために死んでいく雑兵達を見て恫喝する「動くな!」である。
信玄になりきっていく影武者の進化をあらわす象徴的な場面として、端的かつ的確な組み立てになっていた。

もうひとつは、諏訪湖のほとりの自分の城に帰った勝頼がいきまくシーン。
憤懣やるかたない勝頼のアップからカメラが引いていくと、勝頼の姿と共に大きな窓の外に雄大な諏訪湖が映し出される。
セットを自然の風景に溶け込ませるカメラワークは「まさしく映画!」と叫んでしまいたくなる美しいシーンとして瞼に焼き付いている。
何年か経ってもそんな鮮明なシーンが思い起こされる映画はいい映画だなと思う。

シーンだけでなく、信玄が引き上げていくときの夕日に浮かぶ武田軍とか、戦闘場面での火の手と思われる真っ赤な背景に浮かび上がる狙撃兵など、美しいショットも随所にある。
側室たちのもとを去る場面では、去っていく影武者の姿を捉え、カメラが上へパンしていくと立ち去る姿の影が天井に映し出される。
影武者の姿を最後まで追わないで、天井の影を追ったのは影武者との対比だったのだろう。
夢にうなされた影武者がみる夢の世界は美術担当の腕の見せどころで、絵画的世界をあえて人工的に見せて重圧に苦しむさまを描いていた。
影武者がひとり苦しんでいるのに、100万の大軍に襲われたとミエを張るシーンだ。

冒頭で影武者が信玄に威圧され平伏する。
立ち去る信玄が「古傷が痛む」と言っているのは、後半への布石となっている。
冒頭のこの大芝居は時々演じられていて、僕はちょっと違和感を感じた。
オーバーメイクも少し気になって、僕の注意力を散漫にした。
我々は歴史を通じて、武田勝頼が長篠で敗れてやがて天目山で自害することを知っている。
したがってラストシーンでは勝頼が戦場からいなくなっていることで武田の滅亡を想像する。
そして影武者が武田の滅亡を目の当たりにして、自らも撃たれて風林火山の旗印の脇を流れていく。
武田信廉によって度々語られていた「影武者は一人では生きていけない」という悲哀が現実となった瞬間だ。
そして風林火山の旗印なくしては武田勝頼も生きていけなかったということだ。

黒澤明は信長・家康に現存する肖像画のイメージと非常に近い人を抜擢している。
いざこざで仲代達矢に代わったが、当初信玄には勝新太郎を予定していたわけは理解できる。
信玄の肖像画のイメージからすれば、やはり勝新の信玄も見たかった。