おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

紙屋悦子の青春

2019-03-22 11:22:28 | 映画
「紙屋悦子の青春」 2006年 日本


監督 黒木和雄
出演 原田知世 永瀬正敏 松岡俊介
   本上まなみ 小林薫

ストーリー
敗戦の色濃い昭和二十年・春。
両親を失ったばかりの紙屋悦子(原田知世)は、鹿児島の田舎町で兄・安忠(小林薫)、その妻・ふさ(本上まなみ)と暮らしていた。
そんな彼女が秘かに想いを寄せていたのは、兄の後輩で海軍航空隊に所属する明石少尉(松岡俊介)だった。
ところがある日、兄は別の男性との見合いを悦子に勧めてきた。
相手は明石の親友・永与少尉(永瀬正敏)で、それは明石自身も望んでいることだと聞かされ、深く傷つく悦子だった。
当日、永与は、悦子に真摯な愛情を示し、永与の優しさに少しずつ悦子も心を開いていく。
必死で搾り出す永与の求婚の言葉に対し、「はい」と答える悦子。
だが、悦子は明石が特攻隊に志願し、間も無く出撃すると言う衝撃的な事実を知らされた。
死を目前にし、明石は最愛の人を親友に託そうとしたのだろう。
数日後、悲痛な面持ちで明石の死を告げに来た永与。
明石が書き残したという手紙を永与から受け取り、封を開けずに握り締める悦子。
そして、勤務地が変わる事になったという永与が去ろうとした時、彼女は今度こそ胸の中に秘めた想いを口に出した。
「ここで待っちょいますから……きっと迎えに来て下さい」
これから共に長い人生を生きる二人の、結婚を決意した最初の一歩がはじまるのだった。


寸評
オープニングは病院の屋上で老夫婦が会話しているシーン。
結構長いのだが話の内容はとりとめもないないことばかりで静かな会話だ。
夫の見舞いにやってきたらしいのだが、この夫婦が穏やかな生活を送ってきたことをうかがわせる会話だ。
やがて彼らが出会った頃の時代に話が及び、タイムスリップして場面は紙屋家へと変わるのだが、描かれるシーンはふたりが語らう病院の屋上と、紙屋家の食事をする土間と座敷だけだ。
紙屋の家とそこから見える景色はすべてセット撮影で、差し込む光が優しく、そこを舞台とした会話劇が繰り広げられていく。
この家族の話が兎に角面白い。
紙屋安忠とふさの夫婦は両親を旅先で出会った東京空襲で亡くしている。
いまは二人と妹の悦子との3人暮らしなのだが、ふさと悦子は女学校時代からの大の親友という関係だ。
ふさは悦子に姉さんと呼ぶのはやめてくれと言っているが、悦子は兄嫁だからと姉さんと呼ぶことをやめない。
しかしこの3人には、夫婦として、兄妹として、親友として絶大な信頼のあることが分かる。
安忠の小林薫がとぼけた味を出して笑いを誘い、若い原田知世と本上まなみを上手くリードしていた。
小林薫が登場すると場内では笑い声が起こる。
戦争時の映画だが、爆撃シーンはないし、人が死ぬシーンもない。
あすの命が分からない大変な時代における紙屋悦子の見合い話で、時代が終戦直前でなければ単なるホームドラマ、単なる恋愛話に終始していたと思うのだが、ここで描かれた時代ならではの切ない物語がユーモアを交えて語られていき、見るに従って胸に迫って来るものがあった。

快活な性格の明石は、悦子を大切に思っている。
彼とは反対に、女性の前では何も話せなくなるウブな永与も、心やさしい悦子に好意を寄せる。
悦子は明石に想いを寄せながらも、そんな永与を人間的に好いている。
3人の思いは、それぞれとても美しいもので、見ていて心洗われる思いである。
戦時下のつつましい暮らしの中、おはぎを作って二人をもてなす悦子に対し、節度ある紳士的な態度で振舞う男ふたりの姿は、忘れていたものを思い出したような気分にさせる。
節度ある態度は死語になりつつあるのではと思わされている今の時代にはない凛とした態度だ。
明石は特攻で死んでいく身なので、大好きな悦子を親友の永与に託そうとしている。
死を前にして人が人を信頼することの美しさ、尊さを、淡々とした演出で描いていた。
明石が勝手知ったる他人の家のはずなのに、トイレに行くときに逆方向だと悦子に指摘される。
明石が永与と二人きりにするために、二人には内緒で帰ろうとしていたことを描いてのだと分かり、細やかな演出に感心させられた。
出撃する明石が悦子への手紙を、信頼する永与だからといって預けている。
戦死した明石のその手紙は開かれないので、何が書いてあったかはわからないが、多分、抱いていた悦子への愛と、永与との幸せな生活を祈る言葉だったように思う。
黒木監督の遺作になってしまったが、こんなに素晴らしい映画を残してくれた。
感謝、合掌。