おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

髪結いの亭主

2019-03-23 11:13:37 | 映画
「髪結いの亭主」 1990年 フランス


監督 パトリス・ルコント
出演 ジャン・ロシュフォール アンナ・ガリエナ
   ロラン・ベルタン    フィリップ・クレヴノ
   ジャック・マトゥー   ヘンリー・ホッキング
   ティッキー・オルガド  アンヌ=マリー・ピザニ

ストーリー
ドーヴィルの海岸沿いの家に住む少年アントワーヌは床屋に行くのが大好きだった。
一人で店をやっている、ふっくらとした美人のシェーファー夫人の髪に触れる手触りや彼女の体臭にうっとりする時間は彼にとって至福のときだった。
ある暑い日、白衣のボタンを多めにあけたシェーファー夫人の胸に見入ったアントワーヌは、興奮して何も手につかず、夕飯の時に「女の床屋さんと結婚する!」と宣言してしまう。
突然のことに驚いた父は彼をブン殴ってしまうが、彼は心を固く決めたのだった。
それから10数年後、大人になったアントワーヌは、一軒の床屋で美しい女理髪師マチルドを見かける。
「自分の結婚相手はこの人しかいない」と心に決めたアントワーヌは店に入り、散髪の途中で唐突に求婚の言葉を咳くが、彼女は聞こえなかったようにそれを無視し、彼を外に送り出す。
彼女の気持ちを測りかねながらも、アントワーヌは、「強く念じれば必ず願いは叶う」という父の言葉を胸にひたすら念じる。
彼の夢は叶い、三週間後、店を訪れたアントワーヌにマチルドは「あなたの言葉に心を動かされました。あなたの妻になります」と告げた。
ささやかな結婚式をあげ、2人は一緒に暮し始める。
夢が叶ったアントワーヌは彼女以外何も要らなかった。
仕事も、友人も、子供さえも。
2人の店に様々な客がやって来ては帰って行き、幸福で静かな日々が続く。
昔のことはあまり語らず、アントワーヌを深く愛しいつも静かに微笑んでいるマチルドだったのだが・・・。


寸評
少年の変な踊りで始まるので、これはスラップスティックなのかと思いきや、いやいやなかなかどうして神秘的な官能作品となっている。
愛する妻を亡くした主人公の回想という形で進められているのだが、少年時代のアントワーヌは床屋ののシェーファー夫人に憧れている。
年齢的にも少年が憧れるような女性ではないが、彼の髪に触れる手触りや彼女の体臭に参っているというのだから、少年時代のアントワーヌはかなり変わった、それでいてませた少年だったと思われる。
そしてチラリと見えたふくよかな胸に心をときめかせてしまい、床屋の女性と結婚すると心に決めてしまう。
それは少年が描いた夢なのだが、夢がかなえられる少年は滅多にいないのに彼はその夢をかなえてしまう。
その夢の相手であるマチルドの登場シーンがよくて、この映画の雰囲気の総てを示している。
マチルドを演じるアンナ・ガリエナの綺麗な足がフレームインしてくる。
真っ赤なドレスが印象的で、そしてアンナ・ガリエナが画面いっぱいに現れる。
美しい・・・エレガントな美しさだ。

アントワーヌとマチルドのベッドシーンはなくて、お客がやって来る理髪店の中で二人は求め合うが、アンナ・ガリエナが裸身をさらすことはない。
しかしそのシーンはやけにエロチックで、見せないエロチシズムが漂う。
画面からにじみ出てくるエロチシズムはこの映画の特徴であり、作品の総てと言っても過言ではないものだ。
描かれる行為はおおよそ現実とは思われないシチュエーションで行われる。
マチルドがお客に散髪をしている時に事に及ぶ場面などは代表的なものだ。
「生」と「性」が同化していて、二人の幸せ感が伝わってくる。

僕はこの理髪店は宮殿であり、マチルドは女神だと思う。
アントワーヌの変な踊りは、女神に捧げる祈りのダンスに思えた。
男にとって恋い焦がれた美人の女性は女神だ。
マチルドは女神なので彼女の過去は謎のままで、かろうじて店主から店を譲ってもらう場面が描かれているだけ。後半でその店主と再会するが、ここで誰もが経験することになる「老い」というものを感じさせている。
「老い」は何をもたらすのか?
マチルドから若さを奪い、美を奪い、新鮮さを奪っていく。
結婚して間もない頃、マチルドは「愛しているふりをしないで」と言っている。
今は官能に溺れているが、やがてマンネリが訪れ、夫婦として愛し合っているふりをする欺瞞生活が待っている。
マチルドは今の幸せから、未来の不幸を予見する。
マチルドの選択はそんなことへの絶望だったのだろう。
そうでなければ前触れもなく行うことの説明がつかない。
アントワーヌは子供の頃を思い出してきたように、永遠の彼女を思い出しながらこれからを生きるだろう。
それを思わせるラストはなかなかの余韻を残した。
雰囲気の映画だが、その雰囲気は上質なものだ。