「ゆるちょ・インサウスティ!」の「海の上の入道雲」

楽しいおしゃべりと、真実の追求をテーマに、楽しく歩いていきます。

12月19日 人生、おもろい人間としゃべり倒して、しあわせになっていきまひょ!(しあわせの本質!)

2013年12月19日 | 毎日のしあわせの為の知恵
おはようございます。

いやー、忘年会シーズンも佳境に入りつつありますねー。

にしても、けっこう前半に忘年会が多かったせいか、最近は、ちょっと少なくなってきて、

まあ、皆、早くに飲みたかった・・・そういうことですかねー。


さて、先日、何軒かの忘年会を回り、その後、いつもの飲み屋に行くと、イケメン貴島くん(29)が飲んでいたので、

僕もご相伴に預かることにしました。


「今週が忘年会も山ですねー」

と、貴島くんが話します。

「そうだね。ま、金曜日がピークだろうね」

と、僕も話します。

「最近は、ゆるちょさんは、何を考えているんですか?」

と、貴島くんが聞いてくれます。

「そうだな。「結果」と「原因」ということについて、考えているかな」

と、僕は話します。

「ほう。それはおもしろそうなテーマですね」

と、貴島くんは早速乗ってきます。

「僕はどういう条件を揃えればしあわせになるのか、あるいはどういう状況に陥ったら、ふしあわせスパイラルになるのか、探ってきた」

と、僕は言葉にします。

「「俺偉い病」と「逃げ込み者」は人生不幸スパイラル。「絶対しあわせ者」は周囲の大人の男性や女性を自然と笑顔にするから、自分もしあわせになれる・・・でしたよね」

と、貴島くんは言葉にしてくれます。

「そう。大切な事は、日々、毎秒、真摯に生きていくことだ。驕らず、昂ぶらず、自分に真摯に生きていくことが最も大事だね」

と、僕は言います。

「最近わかってきたのは、人間性のデカイ人間こそ、人間、強いし、人生濃くて、話していておもしろい・・・それこそ、人間のたどり着くべき「最終形」かなと思ってる」

と、僕は言います。

「それって、何で判断出来るかって言うと「臆すること無くしゃべれる人間性の強さ」と「しゃべりのメモリ量の大きさ」・・・そこで判定出来るんだ」

と、僕。

「「しゃべりのメモリ量の大きさ」・・・それは具体的に言うと、何になるんですか?」

と、貴島くん。

「一回に扱うしゃべりの量さ。例えば・・・まだ、修行の足りない人間の場合・・・掲示板なんて見るとそんなのばっかりだけど・・・一行しか言葉を出せない人がほとんど」

と、僕は言います。

「それって、要は人生において「考えた回数」が圧倒的に少ないことを示している。「思考したのべ回数」が「しゃべりのメモリ量の大きさ」に比例する」

と、僕は言います。

「「思考したのべ回数」が圧倒的に増える経験とは「ネガティブから脱出する経験」だ。これを越える為に人間は毎秒試行錯誤する」

と、僕は言います。

「つまり、「ネガティブ」こそ、思考の「のべ回数」を増やす「原因」であり、「結果」として、「しゃべりのメモリ量の増大」につながるんだ」

と、僕は言います。

「結果、一回にしゃべる量が圧倒的に増えるのが「ネガティブを越えてきた人々」ということになる。「ネガティブ勝利者」とも言えるけどね」

と、僕は言います。

「さらに言えば、様々な経験をしてきた人こそが「しゃべりのメモリ量」が増える。というか、言いたいことがたくさん出てくる人間ということになる」

と、僕は言います。

「「言葉の出てこない人間」は、様々な経験をせず、ただ「人生の傍観者」として、人生を送ってきた「成長機会を喪失してきた人間」だから、言葉が出ない」

と、僕は言います。

「つまり、そういう人間は「つまらない大人」ということになり「誰も相手にしない」という結果を迎える」

と、僕は言葉にします。

「「人生の傍観者」って、アホですね。人生の成長の機会をミスミス見逃していることになるわけだし・・・」

と、貴島くんは言葉にします。

「そうだね。だから「人生の傍観者」は誰もしゃべってくれないし、はっきり言って「つまらない大人」だから相手にする必要は一切ない。時間の無駄だからね」

と、僕は言葉にします。

「だから「人生の傍観者」はしゃべってもおもしろくないから、関係性は切るのがベター、という結論になる。このあたり、辛辣だけど、人生の時間は決まってるからね」

と、僕は言葉にします。

「結局、無駄な時間は徹底的に削除することが、自分のしあわせの確保につながる・・・そこは辛辣に見定めなければ自分の為にならないからね」

と、僕は言葉にします。

「だから、絶対に「人生の傍観者」になってはいけないんだ。なった瞬間、その人間の人生は終りを告げる。「死」と同等だ。誰も相手にしないんだからね」

と、僕は言葉にします。

「そうか。「死」とは誰も相手にしなくなることでも、あるんですね」

と、貴島くん。

「だって、そうじゃない?誰かと楽しく話が出来て、笑顔になれるのが・・・笑顔を貰えるのが、生きている喜び、そのものでしょ?」

と、僕は言葉にする。

「だから、日本社会特有の「無視」という措置があるんだよ。「村八分」も同じこと・・・つまり、日本社会でのしあわせは、「毎秒の楽しいおしゃべり」なんだよ」

と、僕は言葉にする。

「逆に日本社会での、ふしあわせは、周囲からの「無視」であり「村八分」・・・「人生の傍観者」も「死」を迎えるから、同じこと。そういうことですね?ゆるちょさん」

と、貴島くんは言葉にする。

「まあ、そういうことになるね。だって、つまらない人間と話す時間なんて、圧倒的な無駄だもん。僕は嫌、そんな時間作るの」

と、僕は話します。

「そういう意味じゃ、「俺偉い病」「逃げ込み者」「人生の傍観者」は「死んでいる」と言えるだろうね。周囲から、一切、笑顔は貰えないから」

と、僕は言葉にする。

「んで、「しゃべりのメモリ量」の話に戻すんですけど・・・「しゃべりのメモリ量」が大きい同志だと、楽しいおしゃべりの場が作れるということですか?」

と、貴島くんが質問する。

「そういうことだね。つまり、「原因」として、「たくさんのネガティブをポジティブに変えてきた」経験者は、言いたいことがたくさんある、ということになるのさ」

と、僕はしゃべります。

「だから、結果として、一回にしゃべりたいことがたくさんある「しゃべりのメモリ量大」な人間が出来上がる。こういう人間は知恵も深い。だから話していておもしろい」

と、僕は話します。

「つまり、楽しいおしゃべりが出来るひと、というのは、たくさんのネガティブをポジティブに変えた経験があるからこそ、知恵に恵まれ、おもしろいしゃべりが出来るんだ」

と、僕は話します。

「その経験がその人自身を強くするから、結果、「人間性のデカイ」「人間性の強い」「おしゃべりのおもしろい」人間が出来上がるわけさ。これが結果。最上の結果だね」

と、僕は言葉にします。

「人間はすべからく、それを目指せとゆるちょさんは、考えているってわけですね?」

と、貴島くんが言葉にします。

「そういうこと。だって、話しておもしろい人とおしゃべりしたいじゃん。逆に話のつまらない人とはしゃべりたくないし。人生の無駄時間だもん、それ」

と、僕は話します。

「話のおもしろさってのは、「知恵」のある話なんだよ。その人独自の「知恵」があるからこそ、皆話を聞きたがる。「知識」は皆知ってるから、聞きたくはないの」

と、僕は話します。

「オタクの話を皆聞きたがらないのは、その話が「知識」の羅列に過ぎないからさ。ま、オタクは「俺偉い病」の典型例だから、女性は特に嫌うわけ」

と、僕は話します。

「言わば「知識」なんて常識なんだよ。だから、今更羅列されても、意味を感じないばかりか、ドヤ顔は「負のエネルギー」だからね。皆蛇蝎の如く嫌うわけさ」

と、僕は話します。

「人類が求めているのは、どこまでも、その人独自の「知恵」のみ。オリジナリティ溢れる「知恵」こそ、最高の商品足りえるんだ」

と、僕は話します。

「「超ネガティブをポジティブに変えてこれた人」こそが「経験力」に溢れ「しゃべりのメモリ量大」な人になれて、おもしろさを提供出来る人になるということですね」

と、貴島くんが言葉にします。

「そ。逆に「経験力」の少ないひとは「しゃべりのメモリ量」も小さいし「理解力」もゼロに近い。「俺偉い病」や「逃げ込み者」になった人間に多いから相手にしちゃ駄目」

と、僕は言います。

「結局それって「皆に求められる人」になれ・・・って事ですよね?つまり、人類は、2種類しかいなくて、「求められる人」と「そうでない人」しか、いないってこと?」

と、貴島くんが言葉にします。

「そうだね。「演者」と「観客」しか、いないってことさ。「前に出れるひと」と「人生の傍観者」とも区別出来る。とにかく「人生の傍観者」になったら、終りだよ」

と、僕は言います。

「人間は、人に求められて、なんぼ・・・ということですね。実際・・・」

と、貴島くんは言います。

「まあ、そういうことになるね。結果、「求められる人」は、女性は「美人」になるし、男性は「めぢから」強い、男性力に溢れた男になるよ」

と、僕は言います。

「結局、人間は「修行次第」ってことですか?」

と、貴島くん。

「そういうことだね。「トレーニングは裏切らない」という言葉は正しいよ。修行するからこそ「結果」が生まれる。「人生の傍観者」では「結果」は永遠にゼロだよ」

と、僕は言います。

「ま、しゃべってて面白い人と生きていけばいいのさ。そういう人間は辛辣に言葉を出すことが出来るようになるし・・・」

と、僕がしゃべっていたら、そこへ、とある女性が・・・。

「こんばんわ。ゆるちょさん、ボルさんと仲良さそうで、なによりですね」

と、もちろん、辛辣美人ユキちゃんの登場です。

「なるほど・・・確かに強い女性は辛辣に言葉を吐きますね」

と、貴島くんは納得し、ブラッディ・マリーをやるのでした。

「そういうことさ」

と、僕もマンハッタンを満足そうにやるのでした。


都会はさらに冷え込みを増すのでした。


(おしまい)


さてさて、今日は木曜日・・・週の後半ですから、楽しみながら、仕事していきましょう。

充実した仕事のみが、僕を楽しませてくれますからね。

ファイト、おー。


ではでは。

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