クリスマスイブ7日前の土曜日の午後5時頃。
ガオと、大人の女3人の会話は、全然終わっていなかった。
「こんな時、鈴木だったら、どう出ると思います?」
と、ガオはアイリに聞いた。
「そうね。彼だったら、逃げ場を確保しながら、すべての事態をコントロールしようと考えるでしょうね・・・」
と、アイリは言う。
「もちろん、彼は理性的で・・・それが出来る男だもの・・・それは、今までの鈴木を見てくれば、わかることだわ・・・」
と、アイリは言う。
「そうね」「タケルくんなら、当然だわ・・・」
と、マキもアミも納得している。
「鈴木だったら・・・すべての事態をコントロールするのか・・・」
と、真面目な顔して悩むガオ。
「とにかく、ガオくんは、まず、気持ちを落ち着けて・・・冷静に、次の一手を考えることよ・・・例えば、そのミサさんが、ガオくんを本気で求めてきたら、どうする?」
と、アイリ。
「もし、次に二人きりで会って、酒でも一緒に飲んだら・・・俺、多分、行くとこまで行っちゃうような気がします・・・」
と、ガオ。
「普段のガオくんには、似つかわしくないわね・・・もし、それで相手が妊娠しちゃったりしたら、離婚訴訟よ。ガオくんは多額の賠償金を払わなければいけない・・・」
と、アイリは冷静に話す。
「そうか・・・確かに、そうですね・・・」
と、ガオは少し気分が静まる。
「女は、特に大人の女は、冷静に見えて・・・案外本能で行動するから・・・その場の雰囲気に、簡単に流されたりするものなの・・・」
と、アミ。
「だから、男女で一緒にいる時は、男性は決して女性の行動に惑わされてはいけないの・・・女性がオーケーを出したからと言って理性を欠いたら・・・」
と、アミ。
「欠いたら?」
と、ガオ。
「・・・堕ちるところまで、堕ちるわね。だって、女性は本能で生きているから、一緒にお酒なんか飲んだら最後・・・普通に男性の身体を求めたくなるもの・・・」
と、アミ。
ガオは、その説明に言葉がなかった。
アイリは、そのガオの様子を察して、さらに質問をする。
「ねえ、ガオくんは、そのミサって女性が、自分に恋に落ちたように見えたんでしょ?それに関する言葉とか、あったの?」
と、アイリは聞いた。
「僕は大学まで柔道やっていて・・・今サーフィンをやっているので、割りとマッチョなんです。ミサさんは、マッチョ好きなようなことを言ってました」
と、ガオは慎重に説明する。
「へー、ガオくん、マッチョなんだ!」
と、突然、反応するのは、アミ。
「あらあら、ここにも、若い男のマッチョ好きがいたわ」
と、マキが呆れて言葉にする。
「まあ、それはいいとして・・・だとしたら、アミは、そのミサって女性の気持ちが、わかるんじゃない?」
と、アイリはアミに振る。
「そうねー・・・」
と、アミは少し考える。
「だったら、こうしない?そのミサってオンナを、ガオくんが、バーかなんかに、おびき出して・・・わたしがしれっとそこにいて・・・そのミサってオンナの様子を探る・・・」
と、アミ。
「そうすれば、そのミサってオンナの本性もわかるし・・・目つきや喋り方でだいたいわかるわ・・・同じ若い男のマッチョ好きとしては、ね」
と、アミ。
「どう、このアイデア、ガオくん!」
と、畳み掛けるアミ。
「え?いやあ、経験豊富そうなアミさんが、それをやってくれるというなら・・・僕としてはブレーキもかかるし・・・願ったり叶ったりかな、と思います」
と、ガオ。
「それって・・・アミがガオくんに、ただ会いたいだけなんじゃないの?」
と、辛辣に言うマキ。
「まあ、いいじゃない・・・アミがいれば、ガオくんのブレーキにもなるし、ミサってオンナのしたいことも、ある程度わかるし・・・」
と、アイリ。
「それに、多分、ここに、タケルがいたら、この案を提案してくるだろうし・・・そういう匂いのするアイデアよ。そう思わない、アミ」
と、アイリ。
「そうね・・・私の好奇心旺盛な性格を知っているタケルくんなら・・・絶対に、そう提案してくるはずだわ」
と、嬉しそうにする、アミ。
「わたしも、そう思うな・・・ま、タケルくんの提案しそうなことなら・・・やるべきね、ここは」
と、マキ。
「鈴木って、お3人に、それほど、信頼されているんですね。大人の男性として」
と、軽く嫉妬するガオ。
「それは、そうよ。彼、すごいもーん」「その通り」「うれしいわ、そう言われると」
と、アミ、マキ、アイリは、それぞれ、反応する。
「いずれにしても、ガオくん、電話番号を教えてくれるかしら・・・3人とも個人情報は、しっかり秘匿する人間だから、そこは、安心して」
と、アイリ。
「じゃあ、その作戦、いつ決行しようか、ガオくん・・・」
と、アミとガオは、具体的な打ち合わせに入っていた。
クリスマスイブ7日前の土曜日の午後6時頃、イズミは、ゼミ御用達のちゃんこ居酒屋「力皇」で、ゼミの先輩、後輩、現役生、そして、先生達と飲んでいた。
イズミは、良い感じで酔ってはいたが、腑に落ちない気持ちも多かった。
「イズミさん、美緒にフラれて、それが気になっているんですか?」
と、隣に座っている数学科4年生の河西トオル(23)が笑顔で、イズミに、ズバリ!と聞いてくる。
「ああ。あんなに、あっさりとフラれたのも、珍しかったんだ、俺」
と、イズミも、そこは屈託なく話している。
「まあ、約束があったんなら、仕方ないけど・・・」
と、イズミが言うと、
「ああ、あれ、あいつのいつもの手なんですよ・・・男性が誘ってくるような気配を感じると、すぐ逃げを打つんです。あいつ・・・」
と、河西は、よく事情を知っているようだ。
「ほう・・・俺が彼女に手を出す・・・それを感じて、初めから逃げを打ったってこと?」
と、イズミは、少し瞠目しながら、河西に聞いている。
「あいつ、人気があるんですよ。特に年上の人間に・・・だから、そういう気配を感じると、さっとかわす・・・それが上手いんです。動物的勘みたいな感じです」
と、河西は、よく美緒を知っている。
「なるほどね・・・彼女は大人になるのを怖がっているのかな?」
と、イズミはさりげなく聞いてみる。
「美緒は・・・あいつ、テニスサークルに入っていた大学1年生の時に、マスター1年の先輩とつきあって・・・大人の女には、とっくになっていますよ」
と、河西。
「へー・・・じゃあ、その彼氏の為に、今日・・・?」
と、イズミが聞くと、
「その彼氏とは、大学3年の終りで、別れています。だから、今はフリーのはずなんですけど・・・僕も夏に告白してフラれた口なんです。実は・・・」
と、頭を掻く河西。
「はっ・・・それじゃ、俺と同じ立場なわけだ・・・人気あるんだな、彼女」
と、イズミは、なんとなく機嫌がよくなり、河西に日本酒を注いでやる。
「あ、すいません。先輩に注がせるなんて・・・美緒の奴・・・多分、同学年の男子に、かなり告白されているはずですよ・・・あいつ美人だし、性格いいから」
と、河西は、さらに情報をくれる。
「ふうん・・・フリーなのに、告白されても、頑な・・・どうしてなのかな?普通人間、特に女性は気持ちいいことを知ったら、そこに戻ることに熱心になるはずだけど」
と、イズミは考えている。
「さあ・・・そのあたりは、僕はさっぱり・・・」
と、河西。
「ちなみに・・・僕も卒業後は、八津菱電機への就職が決まっています・・・」
と、頭を下げる河西。
「へー・・・どこの事業部なの?」
と、イズミ。
「先輩と同じコンピューター事業部です。なので・・・これからも、よろしくお願いします。先輩」
と、もう一度頭をペコリと下げる河西。
「こちらこそ、よろしく・・・なるほど、それで美緒ちゃんの情報を、俺に熱心にくれたわけか・・・先輩に取り入るのが上手いよ。河西は」
と、機嫌よく話すイズミ。
「いやあ・・・とにかく、話すネタを、と考えていたんで・・・つい」
と、河西。
「しかし・・・なぜ美緒ちゃんは、恋愛の世界に戻ってこないんだろ。俺にはまるで、なにか大事なものを守っているかのように見えたぞ・・・処女を守る少女のように」
と、イズミ。
「それだけは、絶対に、ないですね。僕は美緒の彼氏だった男性を知っていますが、「美緒は名器!」みたいなことを、しれっとしゃべっちゃうような男性でしたよ」
と、河西。
「ふうーん。で、どんな奴だった。その美緒ちゃんの彼氏」
と、イズミ。
「テニスが相当上手くて、主将とかやっていて、底抜けに明るい笑顔のさわやかなひとでしたねー。下ネタを話しても、美人な女性達が微笑むような、そんな空気を持ってた」
と、河西が思い出すように話す。
「ふうーん、そりゃ、相当な腕前だなあ。女性は下ネタを嫌がるもんだけど・・・精神的に許している人間の前でのみ、笑顔になる」
と、イズミ。
「そうか・・・美緒ちゃんは、未だに、その彼氏に心があるんだよ・・・別れたと言っても、多分その彼氏の方が心変わりしたんだ。会社に入って、いい女みつけて、とかね」
と、イズミ。
「その彼氏が戻ってくるのを一日千秋の思いで待ち続けている・・・古い日本のおんなだ、美緒ちゃんは・・・古風な女・・・日本の絶滅危惧種だよ・・・」
と、イズミは、少し嬉しがっている。
「河西くん、先輩として、ひとつ借りを作らせてくれ・・・美緒ちゃんの連絡先を教えてくれないか?もし、あれだったら、ゼミの連絡録を見せてくれるんでもいい」
と、イズミは素早く行動に出る。
「もちろん、借りは何倍にもして返す。八津菱電機で、俺は君を待っているよ。借りを返す為に、ね」
と、イズミがニヤリとすると、河西は自分の手帳に、美緒の電話番号を書いて、そのメモを渡してくれる。
「イズミさんって、仕事出来そうですね」
と、河西が言うと、
「当たり前だ。中王大学の数学科卒だもの」
と、笑うイズミ。
「そうでした。そうでしたね」
と、笑う河西。
場はさらに盛り上がっていた。
クリスマスイブ7日前の土曜日の午後7時頃、東堂家のダイニングテーブルでは、賢一と愛美がスキヤキに舌鼓を打っていた。
「いやあ、この季節はやっぱり、スキヤキだ。お肉が美味しいよ・・・」
と、ビールを飲みながら、もう赤くなっている賢一は、ご機嫌だった。
愛美も、少しのビールで気分よくなっている。
と、そんなところで、携帯電話が鳴る。
「うーん、こんな時間に誰だ!}
と、軽い剣幕で電話に出る賢一。
「もしもし・・・う?ああレナちゃん?番号教えたっけ?エイイチの奴が?あちゃー・・・あいつめ。うん・・・わかったけど・・・うん。うん・・・」
と、明らかに女性からの電話。
「そうだね・・・いやあ、昨日の今日じゃないか・・・ああ。うん。わかったわかった・・・でも、この時間はまずいんじゃない?うん。わかったわかった・・・はい」
と、横を向きながら、電話の応対をする賢一。
「ふー」
と、電話を置くと、賢一は真っ先に愛美の方を見る。
愛美は、下を向きながら、肉を食べてはいるが・・・明らかに不機嫌そう。
「いや、エイイチの奴が、俺の携帯の番号まで、教えちゃったらしくてさ・・・俺は教えてないんだよ。まさか、そんなことしないよ・・・なー・・・」
と、少し汗だくの賢一。
「昨日のキャパクラの営業電話だよ・・・もう行かないから・・・ね、機嫌直して・・・愛美・・・」
と、恐縮しきりの賢一だった。
「まあ、エイイチさんが教えたんじゃ、しょうがないけれど・・・」
と、少し機嫌を直す愛美だった。
「だろ・・・いやあ、キャバクラに連れて行ったのは俺だから、まあ、俺も悪いが・・・」
と、頭を掻く賢一。
「愛美、気分を害させて悪かった・・・ビール注ぐから・・・機嫌直して・・・俺は愛美の笑顔を見たいんだから」
と、愛美のグラスに、ビールを注ぐ賢一。
「一度害された気分は、そんな簡単に治りませんから」
と、愛美は、ビールを飲みながら、黙々と肉を食べた。
「エイイチの奴・・・」
と、苦虫をつぶした表情の賢一は、それでも、愛美のビールを注ぎ続けたのであった。
クリスマスイブ7日前の土曜日の午後10時過ぎ。ガオは、少しくつろいだ気分でワインを飲んでいた。
ローストビーフも、野菜サラダも美味しく感じられた。
「うん、結果オーライだったけど、アイリさんのところへ電話してよかった・・・」
と、ガオは、素直にそう感じていた。
「アイリさんも、アミさんも、マキさんも、大人の女性だし・・・なにか俺の知らなかった世界が広がった感じだもんな・・・」
と、ガオ。
「しかし、鈴木は・・・あんな女性達を相手にしていたのか・・・それに、3人の鈴木に対する信頼感は、絶対的なモノがあったし・・・」
と、ガオ。
「もしかして、鈴木のやつ、俺の知らないところで、とてつもないことをしていたんじゃないだろうか・・・」
と、ガオ。
「タケルくん・・・なんて、あのアミさんや、マキさんが言ってたし・・・信頼されている以上に絶対的に愛されている・・・」
と、ガオ。
「鈴木は、何をしでかしてきたんだ・・・彼女たちの前で・・・」
と、ガオ。
「ふー・・・まあ、いい。とにかく、リサさんが何を僕に求めているのか・・・それをハッキリさせよう・・・でも、僕を求めているのは確かだ・・・」
と、考えると、また、リサの美しい幻影が、ガオのこころに蘇る。
「抱くわけにはいかない・・・だが、昨日の視線は、「抱いてほしい・・・」と言葉にしていたような気がする・・・」
と、ガオ。
「大人の恋・・・か」
と、ガオ。
「しかし・・・話した感じだけだけど・・・あのアミって人も相当魅力的な感じだったけど・・・ただ、アミさんは、鈴木を好きなように思えたが・・・」
と、ガオ。
「あー、わからなくなってきた・・・鈴木って、何をしていたんだ。彼女たちの前で・・・いかん、今日はもう寝よう!」
と、決断したガオは、残りのワインをがぶ飲みして、ベッドに横になり、すぐに寝息をたてて眠ってしまった。
クリスマスイブ7日前の土曜日の午後11時頃。アイリのダイニングテーブルでは、未だに酒宴が続いていた。
「アミは、ガオくんに会いたくて、あんな提案したんでしょー」
と、マキがいちゃもんをつけている。
「いいじゃない・・・探偵ごっこ、なんておもしろそうだもん」
と、アミ。
「まあ、ガオくんは、タケルの親友だから、出来るだけ丁重に頼むわね」
と、アイリ。
「大丈夫よ。わたしだって、子供じゃないんだから、大人の女性らしい、抑制された理性は持ってます」
と、アミ。
「なによー。大人の女でも流されやすいって言ってたのは、アミでしょ」
と、マキ。
「まあ、いいから・・・こんな時、タケルがいてくれたら・・・どんなに楽だったか・・・」
と、アイリ。
「タケルくんだって、きっと私の案に賛成してくれたはずよ・・・それは二人も認めてくれたじゃない」
と、アミ。
「まあ、それはそうだけど」「まあ、ね」
と、マキとアイリは、それは認めるところ。
「いずれにしろ、今年のクリスマスは、楽しめそう・・・そうじゃない?」
と、アミ。
「そうね・・・なんか、おもしろくなるかもね」
と、アイリ。
「そうだといいけどねー」
と、マキ。
「でも、ガオくんって、ちょっとかわいくなかった?」「だからー」「あのねー」
と、アミが問題発言をして、土曜日の夜は、更けていくのだった。
(つづく)
→物語の主要登場人物
→前回へ
→物語の初回へ
ガオと、大人の女3人の会話は、全然終わっていなかった。
「こんな時、鈴木だったら、どう出ると思います?」
と、ガオはアイリに聞いた。
「そうね。彼だったら、逃げ場を確保しながら、すべての事態をコントロールしようと考えるでしょうね・・・」
と、アイリは言う。
「もちろん、彼は理性的で・・・それが出来る男だもの・・・それは、今までの鈴木を見てくれば、わかることだわ・・・」
と、アイリは言う。
「そうね」「タケルくんなら、当然だわ・・・」
と、マキもアミも納得している。
「鈴木だったら・・・すべての事態をコントロールするのか・・・」
と、真面目な顔して悩むガオ。
「とにかく、ガオくんは、まず、気持ちを落ち着けて・・・冷静に、次の一手を考えることよ・・・例えば、そのミサさんが、ガオくんを本気で求めてきたら、どうする?」
と、アイリ。
「もし、次に二人きりで会って、酒でも一緒に飲んだら・・・俺、多分、行くとこまで行っちゃうような気がします・・・」
と、ガオ。
「普段のガオくんには、似つかわしくないわね・・・もし、それで相手が妊娠しちゃったりしたら、離婚訴訟よ。ガオくんは多額の賠償金を払わなければいけない・・・」
と、アイリは冷静に話す。
「そうか・・・確かに、そうですね・・・」
と、ガオは少し気分が静まる。
「女は、特に大人の女は、冷静に見えて・・・案外本能で行動するから・・・その場の雰囲気に、簡単に流されたりするものなの・・・」
と、アミ。
「だから、男女で一緒にいる時は、男性は決して女性の行動に惑わされてはいけないの・・・女性がオーケーを出したからと言って理性を欠いたら・・・」
と、アミ。
「欠いたら?」
と、ガオ。
「・・・堕ちるところまで、堕ちるわね。だって、女性は本能で生きているから、一緒にお酒なんか飲んだら最後・・・普通に男性の身体を求めたくなるもの・・・」
と、アミ。
ガオは、その説明に言葉がなかった。
アイリは、そのガオの様子を察して、さらに質問をする。
「ねえ、ガオくんは、そのミサって女性が、自分に恋に落ちたように見えたんでしょ?それに関する言葉とか、あったの?」
と、アイリは聞いた。
「僕は大学まで柔道やっていて・・・今サーフィンをやっているので、割りとマッチョなんです。ミサさんは、マッチョ好きなようなことを言ってました」
と、ガオは慎重に説明する。
「へー、ガオくん、マッチョなんだ!」
と、突然、反応するのは、アミ。
「あらあら、ここにも、若い男のマッチョ好きがいたわ」
と、マキが呆れて言葉にする。
「まあ、それはいいとして・・・だとしたら、アミは、そのミサって女性の気持ちが、わかるんじゃない?」
と、アイリはアミに振る。
「そうねー・・・」
と、アミは少し考える。
「だったら、こうしない?そのミサってオンナを、ガオくんが、バーかなんかに、おびき出して・・・わたしがしれっとそこにいて・・・そのミサってオンナの様子を探る・・・」
と、アミ。
「そうすれば、そのミサってオンナの本性もわかるし・・・目つきや喋り方でだいたいわかるわ・・・同じ若い男のマッチョ好きとしては、ね」
と、アミ。
「どう、このアイデア、ガオくん!」
と、畳み掛けるアミ。
「え?いやあ、経験豊富そうなアミさんが、それをやってくれるというなら・・・僕としてはブレーキもかかるし・・・願ったり叶ったりかな、と思います」
と、ガオ。
「それって・・・アミがガオくんに、ただ会いたいだけなんじゃないの?」
と、辛辣に言うマキ。
「まあ、いいじゃない・・・アミがいれば、ガオくんのブレーキにもなるし、ミサってオンナのしたいことも、ある程度わかるし・・・」
と、アイリ。
「それに、多分、ここに、タケルがいたら、この案を提案してくるだろうし・・・そういう匂いのするアイデアよ。そう思わない、アミ」
と、アイリ。
「そうね・・・私の好奇心旺盛な性格を知っているタケルくんなら・・・絶対に、そう提案してくるはずだわ」
と、嬉しそうにする、アミ。
「わたしも、そう思うな・・・ま、タケルくんの提案しそうなことなら・・・やるべきね、ここは」
と、マキ。
「鈴木って、お3人に、それほど、信頼されているんですね。大人の男性として」
と、軽く嫉妬するガオ。
「それは、そうよ。彼、すごいもーん」「その通り」「うれしいわ、そう言われると」
と、アミ、マキ、アイリは、それぞれ、反応する。
「いずれにしても、ガオくん、電話番号を教えてくれるかしら・・・3人とも個人情報は、しっかり秘匿する人間だから、そこは、安心して」
と、アイリ。
「じゃあ、その作戦、いつ決行しようか、ガオくん・・・」
と、アミとガオは、具体的な打ち合わせに入っていた。
クリスマスイブ7日前の土曜日の午後6時頃、イズミは、ゼミ御用達のちゃんこ居酒屋「力皇」で、ゼミの先輩、後輩、現役生、そして、先生達と飲んでいた。
イズミは、良い感じで酔ってはいたが、腑に落ちない気持ちも多かった。
「イズミさん、美緒にフラれて、それが気になっているんですか?」
と、隣に座っている数学科4年生の河西トオル(23)が笑顔で、イズミに、ズバリ!と聞いてくる。
「ああ。あんなに、あっさりとフラれたのも、珍しかったんだ、俺」
と、イズミも、そこは屈託なく話している。
「まあ、約束があったんなら、仕方ないけど・・・」
と、イズミが言うと、
「ああ、あれ、あいつのいつもの手なんですよ・・・男性が誘ってくるような気配を感じると、すぐ逃げを打つんです。あいつ・・・」
と、河西は、よく事情を知っているようだ。
「ほう・・・俺が彼女に手を出す・・・それを感じて、初めから逃げを打ったってこと?」
と、イズミは、少し瞠目しながら、河西に聞いている。
「あいつ、人気があるんですよ。特に年上の人間に・・・だから、そういう気配を感じると、さっとかわす・・・それが上手いんです。動物的勘みたいな感じです」
と、河西は、よく美緒を知っている。
「なるほどね・・・彼女は大人になるのを怖がっているのかな?」
と、イズミはさりげなく聞いてみる。
「美緒は・・・あいつ、テニスサークルに入っていた大学1年生の時に、マスター1年の先輩とつきあって・・・大人の女には、とっくになっていますよ」
と、河西。
「へー・・・じゃあ、その彼氏の為に、今日・・・?」
と、イズミが聞くと、
「その彼氏とは、大学3年の終りで、別れています。だから、今はフリーのはずなんですけど・・・僕も夏に告白してフラれた口なんです。実は・・・」
と、頭を掻く河西。
「はっ・・・それじゃ、俺と同じ立場なわけだ・・・人気あるんだな、彼女」
と、イズミは、なんとなく機嫌がよくなり、河西に日本酒を注いでやる。
「あ、すいません。先輩に注がせるなんて・・・美緒の奴・・・多分、同学年の男子に、かなり告白されているはずですよ・・・あいつ美人だし、性格いいから」
と、河西は、さらに情報をくれる。
「ふうん・・・フリーなのに、告白されても、頑な・・・どうしてなのかな?普通人間、特に女性は気持ちいいことを知ったら、そこに戻ることに熱心になるはずだけど」
と、イズミは考えている。
「さあ・・・そのあたりは、僕はさっぱり・・・」
と、河西。
「ちなみに・・・僕も卒業後は、八津菱電機への就職が決まっています・・・」
と、頭を下げる河西。
「へー・・・どこの事業部なの?」
と、イズミ。
「先輩と同じコンピューター事業部です。なので・・・これからも、よろしくお願いします。先輩」
と、もう一度頭をペコリと下げる河西。
「こちらこそ、よろしく・・・なるほど、それで美緒ちゃんの情報を、俺に熱心にくれたわけか・・・先輩に取り入るのが上手いよ。河西は」
と、機嫌よく話すイズミ。
「いやあ・・・とにかく、話すネタを、と考えていたんで・・・つい」
と、河西。
「しかし・・・なぜ美緒ちゃんは、恋愛の世界に戻ってこないんだろ。俺にはまるで、なにか大事なものを守っているかのように見えたぞ・・・処女を守る少女のように」
と、イズミ。
「それだけは、絶対に、ないですね。僕は美緒の彼氏だった男性を知っていますが、「美緒は名器!」みたいなことを、しれっとしゃべっちゃうような男性でしたよ」
と、河西。
「ふうーん。で、どんな奴だった。その美緒ちゃんの彼氏」
と、イズミ。
「テニスが相当上手くて、主将とかやっていて、底抜けに明るい笑顔のさわやかなひとでしたねー。下ネタを話しても、美人な女性達が微笑むような、そんな空気を持ってた」
と、河西が思い出すように話す。
「ふうーん、そりゃ、相当な腕前だなあ。女性は下ネタを嫌がるもんだけど・・・精神的に許している人間の前でのみ、笑顔になる」
と、イズミ。
「そうか・・・美緒ちゃんは、未だに、その彼氏に心があるんだよ・・・別れたと言っても、多分その彼氏の方が心変わりしたんだ。会社に入って、いい女みつけて、とかね」
と、イズミ。
「その彼氏が戻ってくるのを一日千秋の思いで待ち続けている・・・古い日本のおんなだ、美緒ちゃんは・・・古風な女・・・日本の絶滅危惧種だよ・・・」
と、イズミは、少し嬉しがっている。
「河西くん、先輩として、ひとつ借りを作らせてくれ・・・美緒ちゃんの連絡先を教えてくれないか?もし、あれだったら、ゼミの連絡録を見せてくれるんでもいい」
と、イズミは素早く行動に出る。
「もちろん、借りは何倍にもして返す。八津菱電機で、俺は君を待っているよ。借りを返す為に、ね」
と、イズミがニヤリとすると、河西は自分の手帳に、美緒の電話番号を書いて、そのメモを渡してくれる。
「イズミさんって、仕事出来そうですね」
と、河西が言うと、
「当たり前だ。中王大学の数学科卒だもの」
と、笑うイズミ。
「そうでした。そうでしたね」
と、笑う河西。
場はさらに盛り上がっていた。
クリスマスイブ7日前の土曜日の午後7時頃、東堂家のダイニングテーブルでは、賢一と愛美がスキヤキに舌鼓を打っていた。
「いやあ、この季節はやっぱり、スキヤキだ。お肉が美味しいよ・・・」
と、ビールを飲みながら、もう赤くなっている賢一は、ご機嫌だった。
愛美も、少しのビールで気分よくなっている。
と、そんなところで、携帯電話が鳴る。
「うーん、こんな時間に誰だ!}
と、軽い剣幕で電話に出る賢一。
「もしもし・・・う?ああレナちゃん?番号教えたっけ?エイイチの奴が?あちゃー・・・あいつめ。うん・・・わかったけど・・・うん。うん・・・」
と、明らかに女性からの電話。
「そうだね・・・いやあ、昨日の今日じゃないか・・・ああ。うん。わかったわかった・・・でも、この時間はまずいんじゃない?うん。わかったわかった・・・はい」
と、横を向きながら、電話の応対をする賢一。
「ふー」
と、電話を置くと、賢一は真っ先に愛美の方を見る。
愛美は、下を向きながら、肉を食べてはいるが・・・明らかに不機嫌そう。
「いや、エイイチの奴が、俺の携帯の番号まで、教えちゃったらしくてさ・・・俺は教えてないんだよ。まさか、そんなことしないよ・・・なー・・・」
と、少し汗だくの賢一。
「昨日のキャパクラの営業電話だよ・・・もう行かないから・・・ね、機嫌直して・・・愛美・・・」
と、恐縮しきりの賢一だった。
「まあ、エイイチさんが教えたんじゃ、しょうがないけれど・・・」
と、少し機嫌を直す愛美だった。
「だろ・・・いやあ、キャバクラに連れて行ったのは俺だから、まあ、俺も悪いが・・・」
と、頭を掻く賢一。
「愛美、気分を害させて悪かった・・・ビール注ぐから・・・機嫌直して・・・俺は愛美の笑顔を見たいんだから」
と、愛美のグラスに、ビールを注ぐ賢一。
「一度害された気分は、そんな簡単に治りませんから」
と、愛美は、ビールを飲みながら、黙々と肉を食べた。
「エイイチの奴・・・」
と、苦虫をつぶした表情の賢一は、それでも、愛美のビールを注ぎ続けたのであった。
クリスマスイブ7日前の土曜日の午後10時過ぎ。ガオは、少しくつろいだ気分でワインを飲んでいた。
ローストビーフも、野菜サラダも美味しく感じられた。
「うん、結果オーライだったけど、アイリさんのところへ電話してよかった・・・」
と、ガオは、素直にそう感じていた。
「アイリさんも、アミさんも、マキさんも、大人の女性だし・・・なにか俺の知らなかった世界が広がった感じだもんな・・・」
と、ガオ。
「しかし、鈴木は・・・あんな女性達を相手にしていたのか・・・それに、3人の鈴木に対する信頼感は、絶対的なモノがあったし・・・」
と、ガオ。
「もしかして、鈴木のやつ、俺の知らないところで、とてつもないことをしていたんじゃないだろうか・・・」
と、ガオ。
「タケルくん・・・なんて、あのアミさんや、マキさんが言ってたし・・・信頼されている以上に絶対的に愛されている・・・」
と、ガオ。
「鈴木は、何をしでかしてきたんだ・・・彼女たちの前で・・・」
と、ガオ。
「ふー・・・まあ、いい。とにかく、リサさんが何を僕に求めているのか・・・それをハッキリさせよう・・・でも、僕を求めているのは確かだ・・・」
と、考えると、また、リサの美しい幻影が、ガオのこころに蘇る。
「抱くわけにはいかない・・・だが、昨日の視線は、「抱いてほしい・・・」と言葉にしていたような気がする・・・」
と、ガオ。
「大人の恋・・・か」
と、ガオ。
「しかし・・・話した感じだけだけど・・・あのアミって人も相当魅力的な感じだったけど・・・ただ、アミさんは、鈴木を好きなように思えたが・・・」
と、ガオ。
「あー、わからなくなってきた・・・鈴木って、何をしていたんだ。彼女たちの前で・・・いかん、今日はもう寝よう!」
と、決断したガオは、残りのワインをがぶ飲みして、ベッドに横になり、すぐに寝息をたてて眠ってしまった。
クリスマスイブ7日前の土曜日の午後11時頃。アイリのダイニングテーブルでは、未だに酒宴が続いていた。
「アミは、ガオくんに会いたくて、あんな提案したんでしょー」
と、マキがいちゃもんをつけている。
「いいじゃない・・・探偵ごっこ、なんておもしろそうだもん」
と、アミ。
「まあ、ガオくんは、タケルの親友だから、出来るだけ丁重に頼むわね」
と、アイリ。
「大丈夫よ。わたしだって、子供じゃないんだから、大人の女性らしい、抑制された理性は持ってます」
と、アミ。
「なによー。大人の女でも流されやすいって言ってたのは、アミでしょ」
と、マキ。
「まあ、いいから・・・こんな時、タケルがいてくれたら・・・どんなに楽だったか・・・」
と、アイリ。
「タケルくんだって、きっと私の案に賛成してくれたはずよ・・・それは二人も認めてくれたじゃない」
と、アミ。
「まあ、それはそうだけど」「まあ、ね」
と、マキとアイリは、それは認めるところ。
「いずれにしろ、今年のクリスマスは、楽しめそう・・・そうじゃない?」
と、アミ。
「そうね・・・なんか、おもしろくなるかもね」
と、アイリ。
「そうだといいけどねー」
と、マキ。
「でも、ガオくんって、ちょっとかわいくなかった?」「だからー」「あのねー」
と、アミが問題発言をして、土曜日の夜は、更けていくのだった。
(つづく)
→物語の主要登場人物
→前回へ
→物語の初回へ