今日(3月21日)は、「ランドセルの日」。
ランドセルをミニサイズに加工する店「スキップ」の増田利正さんが提唱。3+2+1が小学校の修業年数の6になることからとか。なお同店のミニランドセルの大きさは15×11×7㎝ほどで、スキップ以外でも全国20軒あまりのお店が制作をしている。小学生の頃の色んな思い出が、詰まっているランドセルも卒業してしまえば、粗大ゴミでは、かわいそうなので、記念にミニランドセルに作り変えて置いておこうと言う発想だが、確かに、面白い。それで、どのくらいで、作ってもらえるのかなと「スキップ」のHPを見ると、加工料12,000円とあった。他の店はと見ると1万円弱であった。手作りで、技術的なものもあるだろうから、単純には比較できないが・・・、結構なお値段だね~。でも、私の孫も今年から小学校に入学したが、卒業記念に作ってやろうかな???
ランドセルの歴史は、江戸時代にさかのぼり、幕末の日本に西洋式の軍隊制度が導入された時に、背中に背負う布製のかばん「背(はい)のう」も同時に輸入され、軍隊で使われた。
明治10年10月、東京に学習院が開校し、初め子ども達は馬車や人力車で通学していた。しかし、8年後の明治18年になって生徒の馬車や人力車での通学が禁止され、子どもたちは軍人が使っていた背のうに学用品類をいれて通学するようになった。だから、当時のランドセルは、今のリュックに近いものだった。この背のうがオランダ語で「ランセル」と呼ばれていたことから、「ランドセル」という言葉が生まれ、それが、通学用の背負いかばんを意味するようになり、その後、背負うことによって子供の負担が軽減できる、両手が自由に使えるなどの長所から、小学生用として広く普及してきたと言われている。 ただ、現在のような箱型ランドセルは学習院の「ランセル」が採用された2年後の明治20年、その当時の内閣総理大臣、伊藤博文が大正天皇の学習院入学を祝い、特別に作らせたものを献上したのがその始まりとされているそうだ。そして、今のランドセルのもとになるものを初めに学習院で使ったことから、ランドセルのことを一般的に「学習院型ランドセル」と呼んでいる。ランドセルの形は今も殆ど変らないが、1997(平成9)年頃に、それまでのB5サイズ容量から、A4サイズ容量に変ったためかなり大きくなった。小さな1年生が背負っているとやけにカバンばかりが目立つよ。
日本では、古くから芸事の稽古はじめは、6歳の6月6日と決まっていた。これは、この年齢のこの日が、人間の記憶力が系統的に繁りはじめる時だとされてきたからだそうで、だから、6歳からはじまる義務教育の年齢も適当に決めたわけではない。小学校の入学式は、子供の親離れという意味も含めて、重要な儀式、つまりはひとつの節目となっている。最近の子どもは、小学校以前に、保育園や幼稚園での集団生活にも慣れてはきているだろうが、それまでのどちらかと言えば、周りの人から保護されていた立場を離れ、初めて自分で責任をもって同年の仲間と共同の生活をし、集団のルールを身につけていくための大切な船出の時期と言えるだろう。誰にとっても、この小学校時代の思い出が、一番記憶に残っているのではないだろうか。それだけに、人間にとって、この時期は大切であり、この小学校の6年間をどれだけ有意義に過ごしたかが、その後の、その人の人生に多大な影響を与えるだろう。
この小学校への入学祝に、最初に思いつくものが、やはり、「ランドセル」だろう。何かのアンケートの結果を見たことがあるが、少なくとも3割の子どもは、お祝いに貰っているようだ。そして、7割くらいの子は卒業するまで、「ランドセル」を使用してるという。
思えば、私が、小学校へ入ったのは、終戦の翌年である。当時は、学校の校舎の窓もガラスが破れたままと言った時期であり、子どもの服装も制服などなく普段着の継ぎのあたった服を着ている子が多かった。学用品も夫々適当なカバンや袋に、入れて持っていった。先ず、教科書などもなく、親戚や知人の子がそれまで使っていたものを貰ってそれを持っていったものだった。
今年、孫が小学校へ入学するので、入学祝に「ランドセル」をと思っていたら、息子から嫁方の親が「ランドセル」をお祝いにしたいと言っているそうだと言う。それじゃ~ダブっても仕方がないというので、机かなにか自分で好きなものが買えるようお祝いは、お金でしようと思い、家人といくらしようかと相談すると、何でも最近は、「ランドセル」も4万円以上するという。なんと、小学生の、「ランドセル」がそんなに高いのかと言うと、あなたは何も知らないのねと変な目で見られた。それでは、嫁の方の親がそれをするなら祝い金も5万と言うわけにはいかないからと結局は「10万円」を包んだ。可愛い孫のためだから、惜しくはないが、確かに、今の時代は、豊かな時代にはなったが、同時に何でもが高くなり、子どもを持つ親は、大変な負担だろうな~とつくづく思ったよ。最近は、小さな遊び盛りの子どもにもみんな競争のようにしてブランド物の洋服を着せている。「ランドセル」のように小学校の6年間も使用できる物ならまだ良いが、成長の早い遊び盛りの子どもに、そんな高い洋服を着せていると昔のような泥んこ遊びなどもってのほか、服の汚れるような遊びはさせられないだろうね~。
参考:
社団法人日本かばん協会ランドセル工業会
http://www.randoseru.gr.jp/
ランドセル博物館BY ランドセル専門店キッズ・スクエア
http://www.fan.hi-ho.ne.jp/atnr-kazama/randoseru-museam/index.htm
株式会社クラレ クラリーノカンパニーHP
http://www.clarino.com/history/history_main.html
ランドセルをミニサイズに加工する店「スキップ」の増田利正さんが提唱。3+2+1が小学校の修業年数の6になることからとか。なお同店のミニランドセルの大きさは15×11×7㎝ほどで、スキップ以外でも全国20軒あまりのお店が制作をしている。小学生の頃の色んな思い出が、詰まっているランドセルも卒業してしまえば、粗大ゴミでは、かわいそうなので、記念にミニランドセルに作り変えて置いておこうと言う発想だが、確かに、面白い。それで、どのくらいで、作ってもらえるのかなと「スキップ」のHPを見ると、加工料12,000円とあった。他の店はと見ると1万円弱であった。手作りで、技術的なものもあるだろうから、単純には比較できないが・・・、結構なお値段だね~。でも、私の孫も今年から小学校に入学したが、卒業記念に作ってやろうかな???
ランドセルの歴史は、江戸時代にさかのぼり、幕末の日本に西洋式の軍隊制度が導入された時に、背中に背負う布製のかばん「背(はい)のう」も同時に輸入され、軍隊で使われた。
明治10年10月、東京に学習院が開校し、初め子ども達は馬車や人力車で通学していた。しかし、8年後の明治18年になって生徒の馬車や人力車での通学が禁止され、子どもたちは軍人が使っていた背のうに学用品類をいれて通学するようになった。だから、当時のランドセルは、今のリュックに近いものだった。この背のうがオランダ語で「ランセル」と呼ばれていたことから、「ランドセル」という言葉が生まれ、それが、通学用の背負いかばんを意味するようになり、その後、背負うことによって子供の負担が軽減できる、両手が自由に使えるなどの長所から、小学生用として広く普及してきたと言われている。 ただ、現在のような箱型ランドセルは学習院の「ランセル」が採用された2年後の明治20年、その当時の内閣総理大臣、伊藤博文が大正天皇の学習院入学を祝い、特別に作らせたものを献上したのがその始まりとされているそうだ。そして、今のランドセルのもとになるものを初めに学習院で使ったことから、ランドセルのことを一般的に「学習院型ランドセル」と呼んでいる。ランドセルの形は今も殆ど変らないが、1997(平成9)年頃に、それまでのB5サイズ容量から、A4サイズ容量に変ったためかなり大きくなった。小さな1年生が背負っているとやけにカバンばかりが目立つよ。
日本では、古くから芸事の稽古はじめは、6歳の6月6日と決まっていた。これは、この年齢のこの日が、人間の記憶力が系統的に繁りはじめる時だとされてきたからだそうで、だから、6歳からはじまる義務教育の年齢も適当に決めたわけではない。小学校の入学式は、子供の親離れという意味も含めて、重要な儀式、つまりはひとつの節目となっている。最近の子どもは、小学校以前に、保育園や幼稚園での集団生活にも慣れてはきているだろうが、それまでのどちらかと言えば、周りの人から保護されていた立場を離れ、初めて自分で責任をもって同年の仲間と共同の生活をし、集団のルールを身につけていくための大切な船出の時期と言えるだろう。誰にとっても、この小学校時代の思い出が、一番記憶に残っているのではないだろうか。それだけに、人間にとって、この時期は大切であり、この小学校の6年間をどれだけ有意義に過ごしたかが、その後の、その人の人生に多大な影響を与えるだろう。
この小学校への入学祝に、最初に思いつくものが、やはり、「ランドセル」だろう。何かのアンケートの結果を見たことがあるが、少なくとも3割の子どもは、お祝いに貰っているようだ。そして、7割くらいの子は卒業するまで、「ランドセル」を使用してるという。
思えば、私が、小学校へ入ったのは、終戦の翌年である。当時は、学校の校舎の窓もガラスが破れたままと言った時期であり、子どもの服装も制服などなく普段着の継ぎのあたった服を着ている子が多かった。学用品も夫々適当なカバンや袋に、入れて持っていった。先ず、教科書などもなく、親戚や知人の子がそれまで使っていたものを貰ってそれを持っていったものだった。
今年、孫が小学校へ入学するので、入学祝に「ランドセル」をと思っていたら、息子から嫁方の親が「ランドセル」をお祝いにしたいと言っているそうだと言う。それじゃ~ダブっても仕方がないというので、机かなにか自分で好きなものが買えるようお祝いは、お金でしようと思い、家人といくらしようかと相談すると、何でも最近は、「ランドセル」も4万円以上するという。なんと、小学生の、「ランドセル」がそんなに高いのかと言うと、あなたは何も知らないのねと変な目で見られた。それでは、嫁の方の親がそれをするなら祝い金も5万と言うわけにはいかないからと結局は「10万円」を包んだ。可愛い孫のためだから、惜しくはないが、確かに、今の時代は、豊かな時代にはなったが、同時に何でもが高くなり、子どもを持つ親は、大変な負担だろうな~とつくづく思ったよ。最近は、小さな遊び盛りの子どもにもみんな競争のようにしてブランド物の洋服を着せている。「ランドセル」のように小学校の6年間も使用できる物ならまだ良いが、成長の早い遊び盛りの子どもに、そんな高い洋服を着せていると昔のような泥んこ遊びなどもってのほか、服の汚れるような遊びはさせられないだろうね~。
参考:
社団法人日本かばん協会ランドセル工業会
http://www.randoseru.gr.jp/
ランドセル博物館BY ランドセル専門店キッズ・スクエア
http://www.fan.hi-ho.ne.jp/atnr-kazama/randoseru-museam/index.htm
株式会社クラレ クラリーノカンパニーHP
http://www.clarino.com/history/history_main.html