今日のことあれこれと・・・

記念日や行事・歴史・人物など気の向くままに書いているだけですので、内容についての批難、中傷だけはご容赦ください。

チャタレー裁判で訳者と出版社の有罪が確定した日

2006-03-13 | 歴史
1957(昭和32)年の今日(3月13日) チャタレー裁判で最高裁が上告を棄却。訳者と出版社の有罪が確定した日 。
D・H・ロレンス選集、伊藤整訳「チャタレイ夫人の恋人」は、1950年4月に発売され、15万部のベストセラーとなったが、同年、5月26日最高検察庁は、同書を押収を指令、6月には、猥褻文書頒布罪で発禁処分となり、9月13日、訳者の伊藤整と発行者(出版元の小山書店の店主)の小山久二郎が起訴された。ワイセツかどうかは鑑定人の鑑定いかんにかかっているところから、5月8日の第1回公判(東京地裁)は検察側と弁護側の鑑定合戦となった。「猥褻か芸術か」が流行語になるほど世間の注目を集め、法廷はさながら文壇対検察の構図といった光景を醸し出した。1952年1月18日の一審判決で、伊藤整氏は無罪、小山久二郎氏が有罪、同年12月10日控訴審判決で、小山氏、伊藤氏ともに有罪。1957年3月13日、最高裁は上告棄却判決。翻訳者・出版社の有罪確定。文学者等多数がこの判決を批判。4月5日、文芸協会が抗議声明を出す。
D・H・ロレンス(David Herbert Lawrence)は、イギリスの小説家。1885年9月11日、ノッティンガム生まれ。1912年、恩師の妻と駆け落ちして以来、故国を離れて世界各国を転々としながら「息子と恋人」(1913年)「虹」(1915年)など性を中軸に据えた作品を発表。日本で翻訳出版されチャタレイ裁判にもなった代表作「チャタレイ夫人の恋人」(1928年)の執筆中に大喀血。病は癒えず、1930年3月2日、南仏ヴアンスにて44歳で没いている。
D・H・ロレンスの著作「チャタレイ夫人の恋人」は、第一次大戦の戦場での傷が原因で下半身麻痺におちいり車椅子生活を余儀なくされた夫に献身的に世話を焼く妻コニー。
一見夫妻の日々は穏やかに過ぎているようだったが、性的な充足感を経験することのない、どこか満たされない日々を過ごしていた。苦悩するコニーはたびたび森の中へ出掛ける様になる。そんなある日、俗世を離れてひっそりと暮らす森番のメラーズという青年に出会い、やがて激しい性愛の歓びを知る…。
その内容に露骨な性的描写記述のあることを知りながら翻訳、出版、販売したとして、被告人が刑法175条のわいせつ物頒布罪に問われたのが、「チヤタレイ夫人の恋人」事件である。この事件の詳細については、以下参考の「チヤタレイ夫人の恋人事件」が詳しいが、1957年3月13日)の最高裁判決の内容は、(猥褻文書販売被告事件)最高裁判決を見ると良い。
「チャタレー夫人の恋人」が猥褻文書に該当するかどうかをめぐって争われた控訴審で、最高裁は、猥褻文書について「①徒に性欲を興奮叉は刺激せしめ、②且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し、③善良な性的道義観念に反するものいう」と定義づけた。いわゆる「猥褻三原則」である。
判決に、”猥褻文書は性欲を興奮、刺戟し、人間をしてその動物的存在の面を明瞭に意識させるから、羞恥の感情をいだかしめる。そして、それは人間の性に関する良心を麻痺させ、理性による制限を度外視し、奔放、無制限に振舞い、性道徳、性秩序を無視することを誘発する危険を包蔵している。もちろん法はすべての道徳や善良の風俗を維持する任務を負わされているものではない。かような任務は教育や宗教の分野に属し、法は単に社会秩序の維持に関し重要な意義をもつ道徳すなわち「最少限度の道徳」だけを自己の中に取り入れ、それが実現を企図するのである。刑法各本条が犯罪として掲げているところのものは要するにかような最少限度の道徳に違反した行為だと認められる種類のものである。性道徳に関しても法はその最少限度を維持することを任務とする。そして刑法175条が猥褻文書の頒布販売を犯罪として禁止しているのも、かような趣旨に出ているのである。”・・・そうだ。
そして、”本件訳書を検討するに、その中の検察官が指摘する12箇所に及ぶ性的場面の描写は、そこに春本類とちがった芸術的特色が認められないではないが、それにしても相当大胆、微細、かつ写実的である。それは性行為の非公然性の原則に反し、家庭の団欒においてはもちろん、世間の集会などで朗読を憚る程度に羞恥感情を害するものである。またその及ぼす個人的、社会的効果としては、性的欲望を興奮刺戟せしめまた善良な性的道義観念に反する程度のものと認められる。要するに本訳書の性的場面の描写は、社会通念上認容された限界を超えているものと認められる。従って原判決が本件訳書自体を刑法175条の猥褻文書と判定したことは正当であり、上告趣意が裁判所が社会通念を無視し、裁判官の独断によって判定したものと攻撃するのは当を得ない”・・としている。
これ以後、この判決が示したわいせつ文書の三原則が以後の当局の猥褻文書取り締まりの基準となり、『チヤタレイ夫人の恋人』は、全体の10%に当たる40ページが削除され、完訳が出版されたのは1995(平成7)年のことであった。
以下参考の「チヤタレイ夫人の恋人事件」には、『チャタレイ夫人の恋人』上巻中、削除された部分(213~215頁)の一例も掲載されている。一度読んでみてください。
わいせつ(猥褻)という概念は、法的概念であるが、内容については時代と場所を超越した固定的な概念ではない。その時代、社会、文化に対応した一般人の性に関する規範意識を根底に置きながら、社会通念によって具体的に判断されるものであるが、そもそも『チャタレイ夫人の恋人』には、そんなに興奮するような描写は見られない。たしかにコニーと森番メラーズが狂おしく交情する場面は何回も出てくるが、煽情的な表現など、何ひとつない。ロレンスも読者を煽情させたいなどの意図は持っていない。ロレンスがこの作品の題名として考えた一つはTenderness(優しさ)であったという。性的な情報の氾濫する現代にあっても、なお忘れられているものを思い起こさせてくれる名作だといわれている。 映画にも三度ほどなっているので、ビデオなどで見てみると良い。
国語辞書には、「猥褻(わいせつ)とは、)いやらしいこと。みだらなこと。また、そのさま。とあるが、今では、文学などとは何の関係もない、「H」な人間を対象にした、ただいやらしいだけのヌード本やDVDなどが、氾濫している。「チャタレー裁判」のあった時代に、これほど無遠慮に、浅ましい性本や写真が氾濫する時代がくるとは誰も、考えもしなかっただろうね~。この『チャタレイ夫人の恋人』の役本に比べると、今の雑誌などは、殆どが「猥褻文書」といえるだろう。
以下参考にも記載の「伊藤整による『チャタレイ夫人の恋人』書き込みの画像公開について(小樽文学館)」には、”現在、市立小樽文学館が所蔵する、小山書店版の伊藤整訳『チャタレイ夫人の恋人』上巻(昭和25年6月104版)と、下巻(昭和25年6月15日3版)には、全編にわたって多くの書き込みが見られ、書き込みは大きく二種類あり、一つは黒の鉛筆によるもので、本文に傍線を引き、あるいは本文の上に長い横線を引いて、「コニイの最初の男性」とか、「結婚時代」とか、「不具な夫に対して」とかと、メモ書きしてある。二つは、細字のペン書きで、主に12の箇所に集中している。この二冊は伊藤整の遺族から寄贈されたもので、旧蔵者が伊藤整自身であったことや、その内容や書体から判断して、書き込みは伊藤整の手によるものと見ることができる。”・・・という。実際に、その書き込みの画像が見られるので、興味のある人はどうぞ。
因みに、1954年(昭和29)年、この伊藤整の著書がデフレ出版界を席巻したという。当時の出版界は戦後最低の不況下にあったが、その救世主になったのが、小型で安い新書版で、そのブームの口火を切ったのが、中央公論社軽装本の名で出版された。「女性に関する十二章」である。この本は「婦人公論」の連載を纏めた軽妙で洒脱、風刺を駆使した女性論。著者の名前は「チャタレイ夫人の恋人」の翻訳者で、同書が猥褻文書頒布の疑いで、法廷闘争をしていることで、一般的にも知られていたことも幸いした。他に「伊藤氏の生活と意見」「文学入門」「火の鳥」など、この年に出版された伊藤整氏の新書版は全てがベストセラーとなり、総計70万部を突破して、その後の新書ブームの牽引車の役割を果たしたそうだ。伊藤整は1969年11月15日胃癌のため64歳で死去している。
(画像は「チャタレイ夫人の恋人 」D・H・ロレンス/飯島淳秀訳。電子書店パピレス。)
参考:
「チヤタレイ夫人の恋人」事件
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/tyatarefujinn.htm
伊藤整による『チャタレイ夫人の恋人』書き込みの画像公開について(小樽文学館)」
http://www4.ocn.ne.jp/~otarubun/bungakukan/archives/chatterley.html
わいせつ - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AC%E7%84%B6%E7%8C%A5%E8%A4%BB%E7%BD%AA
goo 国語辞典 [ 猥褻 ]
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%E0%D0%EA%F8&search_history=&kind=&kwassist=0&mode=0&jn.x=45&jn.y=13
D・H・ローレンス
http://ja.wikipedia.org/wiki/D%E3%83%BBH%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B9
チャタレイ夫人の恋人 - 電子書店パピレス
http://www.papy.co.jp/act/books/1-25502/
goo 映画 ・チャタレイ夫人の恋人(1993)
http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD16846/?flash=1