大相撲秋場所が東京両国国技館で始まった。
NHKテレビには、迫力ある取り組みの生の映像が戻ってきた。
先の名古屋場所は、相撲協会の全体に巣くう不祥事や、協会自体の改革の手ぬるさなどで相撲放送を見送った。
優勝者に贈られる天皇賜杯も、協会側が辞退するという非常事態となった。
大相撲をこよなく愛し、テレビの前で身体を揺すり・ねじり・大声上げてひいきの関取を応援していたおふくろの姿を思い出す。
そんな母が生きていたら、先場所の放送中止や相撲界を揺るがす一大事を、どのように評価すのだろう。
暴力団との関係を遮断・排除。これは相撲界に限らずどこの世界でも共通した市民の声であり願いである。
これとは別に、NHK・日本放送協会が、視聴料を徴収している視聴者をないがしろにして一方的に相撲放送を辞める。如何なものか。
2ヶ月毎にやってくる大相撲本場所のテレビを待つ年寄りの楽しみを奪うことが、大相撲改革につながるのか。大いに疑問を持つ。
不祥事発覚!スワッ改革を! ネコも杓子も一緒くたで呪文のように「カイカク。改革」とのたまう。
不祥事を起こした相撲界もよくない。しかし、二・三場所前から急にはびこったことではない。相撲界のよき伝統も悪しき風習も、世間一般が観て見ぬふりをしてきたのではないか。世間一般にも責任の一端がないとは言えない。お相撲さんは玉代によって座敷に侍る「男芸者」と言われた歴史も厳然とある。
おふくろの妹、98歳になる叔母が足を痛めて動けなくなり、大相撲放送を喜んで見ている姿が、かつてのおふくろとダブって、NHKの放送のあり方に一言苦言を呈してみたくなった。相撲界の改革の在り方には、明日の朝まで語っても尽きないほどの意見はある。
NHKテレビには、迫力ある取り組みの生の映像が戻ってきた。
先の名古屋場所は、相撲協会の全体に巣くう不祥事や、協会自体の改革の手ぬるさなどで相撲放送を見送った。
優勝者に贈られる天皇賜杯も、協会側が辞退するという非常事態となった。
大相撲をこよなく愛し、テレビの前で身体を揺すり・ねじり・大声上げてひいきの関取を応援していたおふくろの姿を思い出す。
そんな母が生きていたら、先場所の放送中止や相撲界を揺るがす一大事を、どのように評価すのだろう。
暴力団との関係を遮断・排除。これは相撲界に限らずどこの世界でも共通した市民の声であり願いである。
これとは別に、NHK・日本放送協会が、視聴料を徴収している視聴者をないがしろにして一方的に相撲放送を辞める。如何なものか。
2ヶ月毎にやってくる大相撲本場所のテレビを待つ年寄りの楽しみを奪うことが、大相撲改革につながるのか。大いに疑問を持つ。
不祥事発覚!スワッ改革を! ネコも杓子も一緒くたで呪文のように「カイカク。改革」とのたまう。
不祥事を起こした相撲界もよくない。しかし、二・三場所前から急にはびこったことではない。相撲界のよき伝統も悪しき風習も、世間一般が観て見ぬふりをしてきたのではないか。世間一般にも責任の一端がないとは言えない。お相撲さんは玉代によって座敷に侍る「男芸者」と言われた歴史も厳然とある。
おふくろの妹、98歳になる叔母が足を痛めて動けなくなり、大相撲放送を喜んで見ている姿が、かつてのおふくろとダブって、NHKの放送のあり方に一言苦言を呈してみたくなった。相撲界の改革の在り方には、明日の朝まで語っても尽きないほどの意見はある。
時々のチエックや大掃除が必要ですね。
と言ってもこの頃の国のドンのように席の温まる暇もないほど短い間に変るのも困りますけど。さて、今日の結果はどうなるでしょうね。
亡くなった姑は大の相撲フアンでテレビの前に陣取って、大きな声で応援したり悔しがったりしていましたね。先場所の放送中止に出会ったらどんなに嘆いただろうと憶測していました。
今回は草葉の陰で喜んでいることでしょう。
15日間をひと場所といいます。1年に6回(6場所)奇数月に行われます。
若い遊び盛りのお弟子さん達に、何か人間らしい娯楽を与え、その中で善悪や人間教育をする必要があります。
そのためには、指導者と言われる部屋の親方から根本的な教育のやり直しが欠かせません。
国家の英雄に慣れる可能性も秘めています。
どっちにしても、日本人の若いお相撲さんに力をつけて欲しいですね。
相撲部屋は、世間では遊び盛りの青年集団です。賭け事も一切禁止などと、一般世間とかけ離れた要求をすることが是か非か意見の分かれるところですね。
相撲界といえども特別な世界ではないし、営業利益を追求しなければなりません。
そこには当然、経営者としての資質も問われるし、景気動向に合わせた改革は、企業の経営努力と同じくらいの厳しさを認識して欲しいですね。一相撲ファンのやぶにらみのたわごとです。