鳴り物入りで誕生した、日本人横綱「稀勢の里」。しばらくは日本相撲協会を背負って立つ「一枚看板」のはずであった。
身体のでかさ、風格、柔和な笑顔。どれをとっても大向こうを唸らせるスター性を持っている、と思っていた。そう見え
てもいた。
大相撲界のプリンス若貴兄弟で鳴らしたお兄ちゃん、若乃花以来19年ぶりの日本出身の横綱としてもて囃された。期待も大きかった。信じられないような勝負強さで優勝し賜杯を抱いた。
勝負の世界に付き物の、天運を呼び込んだのかなと期待した。もしそうなら、これから3年4年と益々大きく成長し、大相撲界に君臨するに値するお相撲さんになることを、多くの人が期待した。
意外にもそうならなかった。いつの世も幸運と不運は背中合わせに付いて回る。
一度は掴んだ天運の裏に潜む大きな不運に取りつかれた。あの左胸・左肩を痛めた大怪我である。
心根の優しい男だけに、痛さや苦しい胸の内を表に出さず、横綱という責任と「勝って当たり前」という重圧と闘ったのだと思う。
外国人出身者の多い現代相撲界で、なりふり構わず「張り倒してでも勝てばいい」という執念を見せるべきであったろう。
しかし、ついにそこまでには至らず弱気の虫が顔を出し、自信のない取り口が見え始めた。特に今場所の初日からの3連敗は常に相手より腰が高く、棒立ちで相撲を取っているかに見えた。ファイティングスピリッツという点ではモンゴル出身横綱とは、良くも悪くもひと味違った。日本人特有の「受けて立つ横綱の貫禄」を示す優美なお相撲さんであった。
優しさと相手を圧倒する力強さを持ち合わせた横綱。常にそう期待させ、応援したくなるお相撲さんでもあった。
無念の涙の引退会見。ご苦労さんと見送りたい。今度は指導者としての「優しさと強さ」を期待しよう。