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「世の中、ちょっとやぶにらみ」

本音とたてまえ使い分け、視点をかえてにらんでみれば、違った世界が見えてくる・・・かな?    yattaro-

「色づく秋」

2018年10月02日 | 季節の移ろいの中で

              

今年のカレンダーも残り3枚となった。
ふと目を遣ると、庭の鉢植えピラカンサが黄色く色づいてきた。我が家を縄張りに収めるヒヨドリのつがいが、間もなく秋の味覚を求めてやって来るのだろう。めぐりゆく季節をピラカンサの実が教えてくれる。

今年は台風の当たり年とでも言うのだろうか、またぞろ猛烈なという表現の台風25号が発生、先島諸島を目指して北上しているという。今週末あたり、日本列島は再び恐怖に見舞われそうである。こんな物騒な秋と言う季節は足早に去って欲しいものだ。と言いつつも、見事に色づく紅葉は、日本の秋の象徴ともいうべき観光資源の一つでもある。穏やかな推移をお願いしたいものだ。

日本の四季を歌った歌は数多くある。特に童謡、唱歌、わらべ歌など、季節をテーマに色々な表現で詩になっている。一つの季節の中でも、初め、半ば、終わり、という具合に季節を分けて詠まれた詩や歌われた歌も少なくない。季節柄、秋を例にすると、初秋の代表作は「小さい秋みつけた」ということになろう。初秋から中秋にかかるころは「赤とんぼ」「夕焼け小焼け」がお似合いのようだ。続いて秋盛りの中秋になると、あれマツムシが鳴いているでお馴染みの「虫の声」「大きな栗の木の下で」「故郷の空」。さらに秋が更けて晩秋になると、山裾の紅葉を歌った「もみじ」「里の秋」と移り行くのである。

このように振り返ってみると、日本の四季とは、色んな美しい日本語を生み、情緒をかき立てる素材が散りばめられている。季節の便りを載せて手紙のひとつも書いてみようという向きには、ときにこういった童謡や唱歌、わらべ歌をひもといてみるのもいいのかも。などと柄にもなく、色づくピラカンサに背中を押されて、その昔口ずさんだ歌を思い出している。

そして今は、幼い孫との散歩道で、お手々つないで歌っている。ときどき当てずっぽうの歌詞を並べながら。

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