『 毎朝、必ずひげをそる。
どこかに出かけるあてもなく、誰かに会う予定はなくてもひげはそる。
滑らかになったそり跡にローションをはたく。
顔と共に気持ちも一瞬引き締まる。
完全リタイヤのこのごろは、ひげそりさえもおっくうになる時もある。
一日放っておくだけで、ごま塩のごわごわひげが顔を覆う。
そってもそっても目に見えて伸びるひげ。
なのにおつむの毛は伸びるどころか日に日に退化。数は減りそぞろ吹く風になびく。
同じ首から上なのに、不公平じゃないのひげと髪の毛。
物言わぬ鏡に揺れる男の哀愁 』
2010.6.27 毎日新聞はがき随筆 掲載