「西の谷緑地公園」を美しく!

「公園都市水戸」の街造りを考える人達と協働したいと思っています。

~魅惑の南仏料理~ シェ・ジャニー 春田光治さん

2014年07月08日 21時53分09秒 | シェ・ジャニー

~魅惑の南仏料理~ シェ・ジャニー 春田光治さん


 


 


『春田光治・魅惑の南仏料理』 昭和56(1981)年 中央公論社 発行


 ~専門家の味をあなたの食卓に~と云う企画で、有名シェフの料理が中央公論社から1981年にシリーズで刊行された。


第4巻が『春田光治・魅惑の南仏料理』今でも人気が有るようで、古書なのに異常な価格が付く。


ラタトゥイユ(ニース風野菜煮込み)、ニース風サラダ、牛胃袋の煮込み、仔羊もも肉とジャガイモのロースト、仔羊背肉のロースト、羊とナスの型蒸し(ムーサカ)、仔羊ひき肉の串焼き(ケフタ)、クスクス等々。フランスやスペイン或いはアラブを含めた地中海一帯(広義のプロヴァンス)の料理を紹介した。


我が家も手引書として使っている話をしたら「あの当時のレシピなんてダメですよ!料理は常に進化していますから。今ブログに掲載しているのが最新版です」と云う。料理の世界も日進月歩、健康志向も含めノンオイルや薬膳も多くなった。今回のメニューにも、グリーンアスパラの精進風が有った。とはいえ、何でもありの無国籍料理のようなことは絶対にせず、基本に忠実である。


ビストロ時代の先駆者と云えるが、しかし、春田さんはビストロといわれるのが嫌いらしい。池波正太郎が『週刊朝日』に連載した(昭和47年~48年)『食卓の情景』で西麻布の[シェ・フィガロ]と渋谷の[シェ・ジャニー]に言及し、『大きくて著名なレストランやグリルの決まりきったメニューや、気の抜けた料理にくらべると、調理人の気魄が、もうちがっている。』


ビストロとして「シェ・フィガロ」が初めて「シェ・ジャニー」が二番目に古い、というのが通説だが、シェ・フィガロは経営者が変り、シェ・ジャニーは都会を離れ、安比に移り住み、一旦は営業を止した。誠実な性格から、都会を離れ田舎暮らしを選択したのはかなり時代を先取りしている。


1940年神戸市に生まれ、1962年慶應義塾大学を卒業後に鍍仏した。母親の影響で小学生の頃から食べ物や調理に興味を持ち料理の世界極めたいと考えたのだろう。ボルドーの“プランティエ”にて料理修業し、1963年~1968年ジュネーブ駐在、青木特命全権大使の公邸料理人となる。青木大使と共にベトナムのサイゴンへ、10カ月滞在するが、ベトナム戦争の激化で帰国。


渋谷区神南の洋風な自宅を改装し、奥様と二人でフランス料理店、Chez Johnny “シェ・ジャニー”を開業したのが1969年。今の隠れ家レストランのような雰囲気に加え、斬新な料理は東京の料理界に新風を吹き込んだ。内臓料理やフランスと縁の深いモロッコ料理・ベトナム料理など、当時日本初登場の料理は評判を呼んで、連日、予約で満席となった。


開店15年が経過した1985年、世はグルメブーム。舌より頭で料理を食べる客が増えたことに嫌気して、大繁盛の店を閉める。1986年安比高原のペンション街の一角に100坪の住まいを造り移住した。


以後10年間はスキー、渓流の岩魚釣り、冬の狩猟など趣味の世界に遊ぶ。料理は自分と家族のため、さらに訪れる友人達のため。朝・昼・晩の三食に全力を込める。ジャンルも和・洋・中華と範囲は広い。はるばる、東京方面から遊びがてら訪ねてくる友人も多かった。その人たちの宿泊用のゲストハウスも用意された。僕も1987年から2003年にかけて4回お訪ねし、ご馳走になり宿泊させていただいた。今もって、素晴しい体験であった。


雑誌の取材の料理を受けることもあった。『家庭画報』の連載だったと思うが「安比料理工房・春田光治のカントリークッキング”」四季折々、山川草木の素材を生かした興味深い料理と写真であった。その時の連載が、単行本になっていたなら、と今でも思い出す。しかし、一般の人たちに眼にふれる機会が少なく『幻の・伝説の料理人』と呼ばれるようになった。 


東京の友人から「店で出す料理を作ってくれないか」との依頼を受け、営業を再開することに。1997年、敷地の一角に増築した部屋を改装して「シェ・ジャニー」を再開店した。


以来、17年が経とうとしている。5日前の予約のみのお客様を対象としているが、東北各県や東京を始め、全国から訪れるお客様がいるようだ。


ヨーロッパなどでは、そのお店で食事をするために遠方まで足を伸ばす人たちがいると聞く。“シェ・ジャニー”はその様な店なのだ。


 


 


前々日はレーシングドライバーで登山家、自転車競技選手の片山右京さんが自転車レース途中にお立ち寄りされたそう、今回は時間無くお食事できなくて残念!とのことでした。


 


数年前に愛妻を亡くれたが、まもなく再婚された。


今回、ご挨拶もかねて旅であったが。


若く可愛らしい奥様で、しかも気さくな方。


初対面とは思えない程の親近感を感じた。


 


お二人が協力して店を運営されている。


誠に喜ばしいお姿だ。これからも、お幸せに。



追記

『魅惑の南仏料理』の写真を担当された黒部徹さんから書き込みがありました。
この本は南仏の街や人や風景がちりばめられているのでいっそう楽しい本になっています・

●カメラマンの黒部です、79年フリーになり、最初の本格的な料理単行本でした。師匠(佐伯義勝)の姿に憧れ、フリーになってすぐにフランス放浪旅。市場の捨てられた篭、牡蠣の篭まで拾って日本へ。ジャニーさんの本では活躍しました。その時のスナップも沢山使って頂き思い出一杯の本です。家庭画報の連載も毎回楽しかったです、単行本未完成は本当に残念でした。魅惑の南仏料理の様な単行本が作れて良かったです、今日も机の上にありました。
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