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「西の谷緑地公園」を美しく!

「公園都市水戸」の街造りを考える人達と協働したいと思っています。

西の谷を美しく 23-1

2007年10月12日 09時39分04秒 | 日記
徳川将軍家の庭園・浜離宮恩賜庭園
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東京港区新橋の東京美術倶楽部で開かれた「第17回東美特別展」を観にいった。この催しは東京の有力美術商が3年に一度自慢の作品を展示販売する。今回は65店が出展した。古美術から近代まで、現在流通している美術作品の最高レベルに属する物が集められている。ということなので、参考に観るだけである。65のブースを見て回るだけでも軽く2時間は経過してしまう。

疲れた頭をやすめるためも有るが、近くにある「浜離宮恩賜庭園」を訪ねた。浜離宮は元は徳川将軍家の庭園だったから誠に広大である。当時は江戸湾の最先端で江戸城「出城」とし手の機能も果たしていた。現在は遥か先まで埋め立てられて街が出来ているし、周辺は汐留の再開発で高層ビルに囲まれてしまっているが、庭園の周りは未だに海水に囲まれている。
広い園内には2箇所の「鴨場」も在る。文字どうり鴨を捕獲する場所だが、えさとおとりのアヒルで引き掘りにおびき寄せ、機を見て土手の影から網ですくい寄せる猟をした場所。めったに見られない施設だから仕掛けを見るのは面白い物だ。「潮入りの池」は大泉水で海水が取り込まれた池で、潮の干満によって池の表情を変える様式。池の中にはセイゴ、ハゼ等の海水魚も棲息しているそうだ。中ノ島には「御茶屋」が建っている。此処からの眺めは見事である。東京湾に面した所には「将軍の上がり場」という小さな船着場が現在も残されている。当時、将軍が船に乗り降りした場所。そのすぐ脇に「水上バス・発着所」が在る。浅草・両国等からの水上バスで庭園を訪ねる事が出来る。桜の咲く頃、水上バスで隅田川を下りながら花見をして浜離宮にいたるコースは最高と思った。来年は是非実現したい。この辺りからは、レインボーブリッジやお台場など臨港副都心を一望できる。
「お花畑」は四季折々の花が咲くような仕掛けになっているようだ。今の時期はコスモスが咲いていた、キバナコスモスという名の変種も植えられていたが、コスモスは普通のピンクや白がきれいだ。その隣は「ボタン園」になっているが今の季節、花は咲いていないのは残念。しかし、園内は年間を通して色とりどりの花が見られるようになっている。何箇所かの「野外広場」は芝生で弁当持参の家族連れや会社の仲間という感じの人たち等、銘々に愉しんでいる。海風が涼しいので夏等は特に快適かもしれない。広い園内はのんびりとすごしても飽きは来ないだろう。

通路は砂利の敷かれた細い道、開園から300年経過した自然な森など作り過ぎないよさがある。西の谷緑地公園も小さいながら、自然を生かし、少々季節の花などで彩られて、人々がゆっくりと一日を過ごせるような公園になってほしい。と願っている。

西の谷を美しく 22

2007年10月02日 14時52分04秒 | 日記
駐車場なんていらない!

西の谷緑地公園には、来園者のための駐車場が設置されている。およそ100台分は有るだろう。予算の都合で、砂利が敷かれているのみで未だ舗装はされていない。
公園利用者で車で来る人はごくわずか、殆どは近隣の人達だから駐車場は使用しない。犬の散歩のため車を利用する方もいるがごくわずかだ。
使用されているのは50台程度だが、駐車している9割以上は市内の中心部に勤務する人達の無料駐車場という状態だ。
或いは、勤務時間の休憩場所として駐車して弁当を食べたり、缶コーヒーや、ペットボトルの清涼飲料水を飲み、タバコを吸うなど。戻る時には空き缶、空ボトル、トレー、吸殻などを捨ててゆく。放置車両も現在のところ3台有る。
いずれにしても、本来の用途を果たしていない。

緑地公園課としても利用者以外の人の駐車に手を焼き、注意警告書をフロントガラスにガムテープで貼り付けたりしているが、すぐはがされた紙が駐車場に散乱する結果となった。9月だけでも2回実施されたが効果は無い。更に11月30日をもって駐車できません。という告示もされた。
このような状況では、駐車場を縮小し駐車可能台数を少なくすれば良い、のは自明の理であろう。奥への延長工事にあわせて、現駐車場の縮小工事がなされることが望ましい。

石油資源の枯渇と同時に地球温暖化や環境汚染が問題になっている。省エネルギーや健康的な生活の解決策は、なるべく車を使用しないで歩く機会を多くする、或いは自転車を使用するなどは現代社会に必要な生活術であろう。更にいえば、ペットボトルや缶飲料の多すぎ、それらを売っている自動販売機も多すぎで減らしてゆくことも必要だ。

西の谷の駐車場の問題は、現代社会の縮図である。水戸市長初めとする執行部の次代を見据えた決断を切に要望する。

西の谷を美しく 20

2007年09月25日 10時26分21秒 | 日記

江戸の二大庭園・駒込の六義園

上京した際で時間の余裕がある時は東京の公園・庭園めぐりをすることにしている。
東京にも奈良や京都に劣らない名園もある。西の谷緑地の清掃を始めてから庭に対する関心は強くなった。今回は駒込の六義園(りくぎえん)を訪ねた。

園内の古地図の表示に拠れば、江戸時代初期は城の端の方ですぐ隣は田圃や畑で水の便も良かった。造園当時から小石川の後楽園とともに江戸の二大庭園に数えられていたという。元禄8年(1695年)五代将軍・徳川家綱より下屋敷として与えられた駒込の地に、柳沢吉保が自ら設計、指揮し、平坦な武蔵野の一隅に池を掘り、山を築き、7年の歳月をかけて「回遊式築山泉水庭園」を造り上げた。
庭園は中ノ島を有する大泉水を樹林が取り囲み、紀州(現在の和歌山県)の和歌の浦の景勝や和歌に詠まれた名勝の景観が八十八境として映し出されているとのことだ。
僕は和歌の浦を訪ねたこともないし、和歌に詠まれた景勝の地に関しても殆ど知らない。
造園当初は八十八景の案内表示の石柱も有ったようだが、現在は失われている。
明治時代に入り、岩崎弥太郎(三菱の創業者)の別邸となり、昭和13年に東京に寄付され一般に公開されるようになった。いくつかの茶室もあり、使用することも出来るようだ。

東京都の公園協会に加盟している名園といわれる施設の入園料は一般的に¥300のようである。年間パスポートもあり¥1200だ。入園料をとるが管理はとても行き届いている。何処の園でも園丁さんが手入れをしているところを見受けるが、六義園でも見かけた。特に、小石川の後楽園や六義園などの大名庭園は松の樹の一枝も大切だから怠らぬ管理が必要だろう。毎日の手入れと、何百年という月日が名園となる。
庭園の見頃はやはり春と秋だろう。秋の紅葉には少しばかり早かった時期だが、赤と白の萩が咲き乱れた場所もあり、それなりに愉しむことができた。

西の谷の緑地公園は、水戸市の千波公園の一部と位置付けされている。水戸市の管理する千波公園と茨城県の管理する偕楽園公園の境界は何処なのか?は一般の人には判らない。図面上の事だから分らないのが当然だ。
西の谷の拡張工事も千波公園整備の一環として行われている。さらに偕楽園との繋がりを強くして回遊性を高めたいとの思惑もあるようだ。偕楽園は入園料はとらないし、敷地も広く、一般的な大名庭園と異なり人の手が入った部分は大幅に少ない。
いずれにしても、庭園・公園は自然を愛する心を持って常に手入れを怠らないことが大切。ということを再認識した。

西の谷を美しく 19

2007年09月15日 10時47分53秒 | 日記

『ダムのある美術庭園計画』

やっと涼しくなったなと思ったら、台風が来た。日本列島を縦断した状況だから、大きな被害を受けた地域もあった。幸いなことに、茨城県ではさほどの被害は無かったようだ。地震を含め、大きな災害に遇わない茨城県は幸せな所だと思う。その反面、自然環境に恵まれ過ぎると厳しさに耐える精神力が失われる気もする。
西の谷については、枯れ枝が折れて落ちたり、竹藪の竹が伐られて放置された物が流れだしたりした所も有るが、概ね被害は無かったと言える。

拡張工事と草刈整備も順調に進行しているようだ。さほど広い敷地では無いが、年に数回の草刈では、全てを刈り終えない内に先に手入れした方は伸びてゆく。草との戦いは際限が無い。草ばかりでなく、コンビに弁当のトレーの入ったビニール袋やペットボトル、空き缶、タバコの空き箱、吸殻の投げ捨てもあとを絶たない。殆どが駐車場の敷地内だ。公園利用者が使用しない駐車場へのゴミの放置。無料で駐車場を利用しているのだからゴミは持ち返り願いたい。

そもそも、この公園はどの様な計画の下に進行しているのか?以前から疑問に思っている。先日水戸市の公園緑地課を訪ねた際も明確な答えは無かった。
6月に、黒羽商店会のホームページなどを運営している木村さんから『今、ネットで調べていたら《ダムのある美術庭園計画・環境芸術大賞‘92 千波公園(西の谷)地区整備計画(環境芸術大賞受賞作品) 》を見つけました。これって聞いたことありますか?』のメールをいただいた。添付されているアドレスをクリックしたら次のような記事とイラストを見ることが出来た。

● 自然環境と人工構築物の新しい構成
敷地は面積10ha長さ650mのお濠の跡地である。
計画は敷地を穏やかに持った緑のダムで分割し、そこに発生した庭を屋外展示コートとして、敷地全体を美術庭園とするものである。
この緑地ダムは、本来のダムが持っている貯水機能による高エネルギー保存のイメージを持ち、このイメージを美術庭園という領域の中にポテンシャリティーの高い芸術空間を蓄えるという図式に重ねている。
ダムの頂部は左右の市街地を結ぶ動線として機能し、その内部にはトイレや収蔵庫などが納められている。
都市公園としては、水戸市の全体的な都市計画のネットワークの中でこの敷地の位置づけを見極めて動線計画等に配慮している。
また既存の地形、樹木を丁寧に読み取って計画に反映させ、多様性のある場所を生み出していることも見逃せない。

所在地●茨城県水戸市 主要用途●美術庭園、都市公園 管理室、レストラン、喫茶室、駐車場(約200台)展望塔、収蔵庫、トイレ、千波湖へのブリッジ 敷地面積●約10ha 建築面積● 延床面積● 規模● 主体構造● 掲載誌●SD'92.09コンペアンドコンテスト№25 産経新聞 建設通信新聞
とあり、イラストも添えられている。

本当に存在した計画なのか?これだけでは分らないので、そのままになってしまった。実現しなかったが、このような計画案が有った事は事実なのだろう。今考えるととんでもない案だが、当時は評価されたのであろう。『SDレビュー‘92 環境芸術大賞』は長坂大(ながさか だい)という建築家が受賞したことが、ウェブのアドレスをたどって判明した。

SDレビューとは
SDレビューとは何なのか?鹿島出版会の発行する月刊雑誌『SD』が主催する設計の公募コンペのようだ。ウェブページからの文を要約してみると、次のようである。

SDレビューは、実際に建てるという厳しい現実の中からどのようにひとつの明確なコンセプトとして結実していくのか、設計者の思考の過程をドローイングと模型によって示そうというものです。1982年、建築家・槇文彦氏の発案のもとに開催され「建築・環境・インテリアのドローイングと模型」の展覧会とその市場発表という形で毎年行われております。
建築家・デザイナーたちの「実施を前提とした設計中ないしは施工中のもの」という条件で作品を公募し、その中からの入選作を展覧に供すという試みはそれまでになかったように思う。
そこには、実現されないアイディアコンペとは違い、建築家たちが設計を通して現実社会の中でどう格闘しているのかを見ようとしている新しい視点があった。
第3回(1984年)から毎年約15~20人の入選作品の中からさらに優秀作品に数点に賞(例えば1996年は、鹿島賞、朝倉賞、SD賞であるが、年度によっては後数点が賞の対象として選ばれた)が与えられることになった。こうしたことにより、入選者にとっても記念性が高まると共に、プロジェクトによっては、SDレビューににゅうせんしたことや、更に賞を受賞したことが実現への後押しをするという役割も担っていたようだ。

今年で第26回を迎える『SDレビュー2007入選展』が2007年9月12日(水)から9月23日(日)が東京都渋谷区猿楽町18-8 代官山ヒルサイドテラスF棟ヒルサイドホーラムで開催されている。この期間に上京する機会に恵まれれば参考までに見てみたいと、思っている。

今回は、門外漢の僕にはいささか難しいテーマとなってしまった。拡張工事が進行中の『千波公園西の谷緑地』の基本計画は現在とは異なり、“美術庭園”案もいくつかの案の一つで有った様だが、それなりの理念を持った計画から出発している。
これが計画された時期は佐川一信元水戸市長の任期最後の頃だ。水戸芸術館が開館したばかりの頃で、さらに美術庭園の計画はかなり無理と思える。『SDレビュー』は前述のように実現可能なプロジェクトを前提としたコンペだ。あながち机上のプランであったともいえない感じはする。当時の状況を水戸市役所の公園緑地課で聞いても分らなかった。先ほど刊行された『声低く語れ・佐川一信追悼集』の中にも西の谷に関して書かれている方はいない。

捨てやらずプランはいずこ曼珠沙華   秋衣



西の谷を美しく 13

2007年06月23日 01時25分09秒 | 日記

中学時代の友人から「いわき市に用事があるので、帰り道に水戸に立ち寄る」と連絡があった。F君とは年に数回、或いは数年に1回途切れることなく交流を続け半世紀になる。彼の中・高時代は西の谷の近くの高台が住まいだった。もっとも当時は「西の谷」などと言う洒落た名前は無く、桜川に注ぐミイコと呼ぶ小川が真ん中に流れている湿地帯で上流の金魚屋の池から大雨の後など金魚が流れてきたので、金魚すくいする川、とか青川と言えば場所が特定できた。
物事を的確に判断する彼に西の谷緑地公園を見て貰い、子供の頃の印象や公園として整備された今の状態を見てどうすればより美しい緑地に成り得るか?等の感想や意見を是非聞きたいと思った。
昨年の秋には横浜の自宅に泊めてもらい中華街を案内してもらった。郷里に立ち寄ってくれた友に、先ずは僕のお気に入りの「麦や」にご案内する事に決めていた。水戸市内から15分だが庵のような店の路地や庭の佇まいは、蕎麦の味と同様にご主人のおもてなしの心が現れている。開店早々に到着したのだが、既に2組の先客があった。この店はご夫婦でやっている店なので、少しの客でも待つことになる。庭の樹木や草花を見ていると時間はあっという間に過ぎ去るので待つことが気にならない。むしろその間、庭を眺める楽しみがある。今日はカワラナデシコ,ササユリ、キョウカノコ、ツクシカラマツなどの山草が咲いていた。此処の手作りの庭を見ていると、どうしても西の谷の公園と比較してしまう。勿論、規模の異なるし、公園とお店の庭と言う違いもある。しかし、訪れる人たちに愉しんでもらいたい、という基本的な考えは同じだろう。
西の谷の現状は草抜きするのが精一杯だ。まして梅雨の季節、雨が降ると草抜きは出来ないのに草の伸びは激しい。公園を作ることは結構だが最低限の管理費を予算化しておく必要があるだろう。最低限と言う意味は、草が伸び放題で人が歩くことも出来ないという事にはなら無い状況をさす。それが出来ないようなら、さらに拡張するなど意味が無いことだ。
蕎麦を食べながら近況を話し合った。今回の用事は脳梗塞になった友人のお見舞いに行ったと云うことから、お互いの体調や何処に旅行に行きたいか?など。彼は8月の1ヶ月間奥さんとバンクーバーに滞在して英語研修する旅を計画しているそうだ。僕は秋にスペインに行きたいと思っている。
蕎麦を愉しんでもらった後、横浜に戻る途中に西の谷に案内した。「へーこんなに変わったの」と驚き。「後で感じたことメールするから」と言い残して帰った。
この季節の西の谷公園の草花は、株としては未だ小さいが梅雨の季節を象徴する紫陽花、雑草ではあるが白い可憐な十字の花をつけているドクダミの群落、鮮やかな黄色の五弁の花をつけたキンシバイなどが花盛りだ。残念ながら樹木で見頃のものは無い。桜ばかりでなく四季それぞれに咲く樹木が欲しい。今なら夏椿や山法師などが咲いていればいいのだが。
2007・6・22



新しいブログもスタートしました。

2007年06月12日 10時42分17秒 | 日記
「西の谷公園」のブログとは別に、新しい趣味のブログを開始しました。一部、西の谷のものと重複している箇所もありますが、新しい内容でどんどん更新していきたいと思います。よろしくお願いします。私の趣味のブログは以下の通りです。

よーちゃんの雑記帳 「旅」と「骨董」 

http://yochan310.blog98.fc2.com/

西の谷を美しく・12

2007年06月09日 22時32分59秒 | 日記
西の谷を美しく 12
5月22日から31日まで中欧4カ国紀行というパッケージ旅行に出かけた。8泊10日の旅であちこちと巡るのだからかなりの強行軍を覚悟した。ところが、最近のパック旅行はなかなか良くできていて、ソコソコに自由時間もあるし日程も厳しくは無い。ホテルも快適で、中心部を離れた場所の時もあるが公共交通機関に隣接して不便は無かった。1箇所あたりの滞在時間が少なかったのはどうしようもないがその町の概観を見る事は出来た。うたい文句は“緑深いボヘミヤの森、ヴルタヴァ川沿いにプラハをはじめ宝石のような古都が点在するチェコ、誇り高き遊牧民に先祖を持ち独自の文化を育んできたハンガリー、中央ヨーロッパに覇を唱えたハプスブルグ家ゆかりのオーストラリア。中世から時の止まった宝石箱のような町並みを堪能し、中欧を貫く母なる川、ドナウに遊ぶ。悠久の歴史に触れる中央ヨーロッパを巡る旅”の看板に偽りは無かった。

フランクフルトを経由してベルリン。それからドレスデン・プラハ・ウィーン・ブタペスト。「何処がよかったですか?」と訊ねられたら「何処も良かった」と答えたい。それぞれに味が有った。一番期待したのはプラハだったが、ブタペストだって負けてはいなかった。今回の旅は旧ソ連圏のところが殆ど、未だに経済状況が良くない所が多い。そのため中世の町が残っていたともいえる。いつの時代にも改修工事は常にされているから何処がどのように直されたのか解からないが、かなりの努力を払って古い家屋や町並みを保存しているのは確かだ。
旅をする際、その国の歴史を知らなければ旅の感激は半減してしまう。その点、中欧の地理・歴史を殆どわからずに訪ねたのは大いに残念。ガイドブックから訪問する町の地図をコピーした程度の事前勉強では無理な話であった。どちらにしても付け焼刃の知識でなく日頃の興味と読書量が肝心だ。再び訪ねたい町ばかりであったが、次の機会に恵まれる時迄もう少し本を読んでおきたい。
5月下旬のヨーロッパの天候は寒いのではと、長袖を用意して行ったが連日の真夏日。地球温暖化の要因もありそうだ。少しパラパラの雨に出会ったときは有ったが、快晴の毎日。日没時間は8時頃なのか、9時半から10時頃までは十分に明るいから早朝から夜までかなりの時間歩き回る事が出来た。
今回の旅は中世の町並みや建築物を見るのが主な目的だった。西の谷に係わっているので庭や公園を見るのも大きな関心事であった。シェーンブルン宮殿、ベルベデーレ宮殿など王侯貴族の大庭園は見事すぎる。それより小さな街角の公園や住宅の庭、市民の広場等興味深く見て回った。
旅日記を早く纏めたいと思っているが、帰国後は想定外の出来事が次々と起きて手付かずのままである。西の谷の草引きも草の伸びに間に合わない。育つに連れて根も深くなり引き抜くのに力が要る。しかし、昨年草取りを始める前の様な人が歩けないほどの最悪の状況にはならないだろうと確信を持って言える。       2007・6・9


西の谷公園を美しく11

2007年05月20日 23時11分40秒 | 日記

叔父が肺炎で入院した。当初10日以上かかるとの診断だった。経過は順調で1週間で退院することが出来たので安心したが、再度別の検査する必要があるようだ。僕も天候不順で風邪を引いたようで咳と鼻水が出る。草取り仲間のSさんの奥様も体調を崩して入院したのでSさんも草取りに集中する気持ちも時間もない。というようなわけで草の伸びるのに負けそうな状況だ。
とはいっても西の谷に行くのは毎日の日課になっているから、やらないと忘れ物をしたような気がする。この2週間ほど、草取りに平行して近所の人に頂いた草花を西の谷に植えている。雨の降る日が多いので直に根付く。時間の経過と共に多くの草花が四季折々咲いてくれたら嬉しいことだ、と思っている。
この数日は朝顔の種や苗を植えた。一昨年の『日比野克彦の朝顔プロジェクト』のこぼれ種が我が家の狭い庭に飛来し、たくさんの青く美しい花をつけ、秋には多くの実をつけた。そのこぼれ種から今年も新芽を出した。今が丁度植え頃。双葉の芽と一晩水に浸した種を西の谷に植えたが見事に咲いてくれることを期待している。
このブログを書き出して10回を過ぎた。覗いてくれる方はいる様だが、新たに草取りの賛同者が出てきたようには思えない。もっとも、会則や草取りする日時を決めて皆でやりましょう!という事でなく、各自が好きな時にやれる事をすればいいので誰か動いているのかもしれない。犬の散歩に公園に来る人も草抜きしましょう。という人は現れない。西の谷公園の駐車場に車を停めて仕事に向かう人も多いが、その通路に当たるところなのにタバコやコーヒー缶を捨てる人はいてもゴミ拾いする人はまずいない。
草取り、ゴミ拾いはともかく、我が家の庭の増えすぎた草花を西の谷公園の片隅に植えてみる人はいませんか?西の谷公園を自分の庭と同じように作り上げるのは楽しいことだと思います。西の谷に自分の秘密の花園を作るなんて、何と素晴らしいことでしょう。手を掛ければそれなりにきちんと応えてくれます。もし100人の人が1週間の間の都合のつく日に、一人が30分間の草刈と植え込みをしたら、素晴らしい公園が瞬時に出来ることは間違いありません。

5月22日から31日まで、ドイツ、チェコスロバキア、オーストリア、ハンガリーなど東ヨーロッパを巡る団体旅行に出かけます。旅行者の予定表を見ると参加者は25人。典型的なパック旅行で、何処で何を見たかもわからないような忙しい旅のようです。とはいえ、未だに中世の面影を残す東欧の景色や建築物を観ることができる。ビデオや雑誌ではなく、現実に自分の目で。これはとても嬉しいことです。
西の谷公園の草が伸びてしまっていることが心配ですが、Sさんや新たな賛同者が公園整備に係わってくださることを念じて、初夏の東ヨーロッパの旅を楽しんで来たいと思います。 

西の谷を美しく 10

2007年05月16日 11時01分11秒 | 日記

5月11日、東京へ行った。かなり風の強い日だったがバスは定刻の9時10分頃に上野に到着した。昼までに北区の王子に行けばよいので、それまでの時間『レオナルド・ダヴィンチ―天才の実像』を観ようと国立博物館に向かった。上野公園は幼稚園児の動物園見学や高校生の美術館・博物館鑑賞など児童生徒が多かった。強風の下、公園管理の職員が樹木の枝切りをしていた。安全のためなのだろうが、公園をきれいに維持するのは手間が掛かるなと感じた。
西の谷の維持管理費は年間どのくらいの予算が組まれているのだろうか?これから先、市の財政は益々厳しくなることだろう。道路や施設を新たに作る際、その後の維持管理費を十分に見ておく必要があると常に感じる。
ダヴィンチ展は9時30分開館だが既に門前に行列が出来ていた。行列の後に並び開館と同時に入館できた。目当ての「受胎告知」は本館正面の特別室。立ち止まって観る様にはいかない会場の構成だが、時間が早く鑑賞者も多くないのでゆっくり見られた。
展覧会は開館と同時に入場するのが一番だ。とはいっても、双眼鏡を持参するのを忘れてしまった。いくら至近距離から見ても、暗い照明の画面の細部まで見るには限度がある。このような展示に双眼鏡は欠かせない。誠に残念でした。
万能の天才と冠の付く彼の残した絵画は14点といわれている。そう簡単に観る機会の無い作品だけに事前の勉強をしておけばというのも反省点。他の展示は5000紙葉以上と考えられる手稿のファクシミリ版(複製)の展示とそれに基づいた精巧な道具類などの復元模型の展示など。人間や自然の真の姿を徹底的に追及する観察や論証を行った軌跡はちょっとやそっとでは理解できない。今度の展覧会を見たことを機会に少しは本を読んで勉強したい。
手稿のファクシミリ版はいいにしても《受胎告知》《東方三博士の礼拝》《キリストの洗礼》の高精密デジタル技術での原寸大での複製はどうなのだろう。なまじリアルなのに質感などが異なるから単なる印刷の方が未だ良い様な気がする。
特別展示の《少年キリスト像》伝レオナルド・ダ・ヴィンチはとても素晴らしく味わい深い作品だった。テラコッタの像で均整のとれた体つき、首筋などの解剖学的正確さ、レオナルド作品に特有の薄い眉毛、そして高い次元の感情の表現から、レオナルドの真作である可能性が高いと考えられている作品だという。展覧会は観た中に数点心に残る作品があれば十分だ。
次の12日は快晴の爽やかな一日。朝のうち西の谷へ。Sさんが借りてきた草刈機が威力を発揮、人力の十倍の働きをしてくれる。午後からは水戸芸術館の広場に行く。日比野克彦さんの「朝顔プロジェクト」の鉢植えが日比野さんと水戸青年会議所の会員で行われていた。6月から7月には青い朝顔の花が咲き乱れるだろう。今年で三年目、水戸の新たな風物誌だ。芝生の上ではリリーデザイナー学院の学生による「水戸アートプロジェクト」が行われていた。これまた10回を重ねる楽しい催しだ。