さっきから吐き気がぐっとこみあげてくる。ちょっと前にサンウクの言葉にもう我慢できなくて、氷水を彼の顔にぶっかけてイミジはバーを出てきてしまった。彼女を見ると彼の運転手はサンウクと一緒に出てくるのだろうと思って、鋭敏な忠犬のように車から素早く出てきた。イミジは見えないふりをして、タクシーを捕まえるために大通りに下った。体はよくなかった。どこかひっそりした所に行って、十分に吐きたい気分だったが、運転手の好奇心に満ちた目が背中に注がれていることを彼女は感じていた。そこにすぐに一台のタクシーが滑り込んできた。
タクシーの中で吐き気を抑え、神経を紛らわすために携帯電話を弄った。家に電話をかけてみた。ベルの音だけ鳴るだけで誰も電話をとらなかった。夫の携帯電話にかけた。一昨日夫と喧嘩してから初めての電話なのだ。携帯電話の電源が切れているというコメントが流れる。一昨日夫は充電器を置いて出かけた。朝居間にあった夫の充電器を見て、今日ぐらいは携帯電話のバッテリーがなくなれば、家に帰ってくるだろうと思った。家にいないことから夫は作業室にいるようだ。夫の作業室には電話がない。
いつからか夫はイミジの小説を読まなくなった。ところがある日、郵便物をめくっていた夫が何かを放り出した。それはその日配達されてきた文学季刊誌だった。「恍惚の地獄」を出版した出版社から出された雑誌だった。
「雑誌に僕の女房の何がわかるんだ。とにもかくにも商売人だ。」
イミジが一体全体何に怒っているのかと雑誌広げると、その出版社の代表理事が巻頭文の中で韓国の作家の文学的態度がより一層正直になる必要があると力説しながら、イミジを例にとりあげていた。幼い年に純潔を失い、本当の愛のために彷徨したけれど、恥じることなく率直淡泊に告白することによって真実に光を当てた・・・なんと、こんな類の論調が展開されていた。イミジもまたこめかみに緊張が走り、首が強張った。
「彼が君のこと、処女かどうかどうしてわかるんだい・・・僕がもっとよくわかっているさ。」
イミジは何でもないように笑いながら冗談を言った。
「そういうことなら、私達、名誉棄損罪にかけてしまおうか。」
イミジの言葉に夫がふふっと笑った。
「塩漬けが怒るな。こんな時はそのままじっとしているのがいいんだよ。しゃしゃり出ていくのが一層滑稽なんだよ。」
そうしていたが、本格的に広告が出て知人からあれこれゴシップの話を聞いた夫は、一昨日知人の作家の出版記念会のために帰宅時間が遅くなることを理由にして、結局この間我慢していた怒りをイミジにぶつけた。今までこれ以上できないぐらいの理解と寛大さで小説家の妻の創作を楽しみにしていた夫が、生まれて初めて腹を立て、酔った勢いでイミジも互角に突っかかったのだ。
「今はもう君を信じ切ることができないよ。君、僕と初めて会った時処女じゃなかったのかい。」
「それはあなたがもっとよく知っているじゃないの。」
「君も君の小説も今では信じ切ることができないよ。」
「なぜ、そんなことを。幼稚な。
「君は高度な嘘つきだ。」
「それがわからなかったの。私は小説家よ。」
「君のあの自伝小説が火種になったということさ。別な小説も今では信じることができない。小説家の夫。恥ずかしい。一体全体僕は何なんだ。」