ヤマトタケルの夢 

―三代目市川猿之助丈の創る世界との邂逅―
★歌舞伎・スーパー歌舞伎・その他の舞台★

道哲さんのヤマトタケル観劇レポ

2012-06-22 09:10:53 | 歌舞伎―襲名披露
昭和61年2月。興奮の坩堝と化した新橋演舞場。
スーパー歌舞伎『ヤマトタケル』初演の初日。ハイ。その場にいたのです。

あれから26年!

日本における歌舞伎上演には「カーテンコール」の習慣はなかったのですが、
やってしまったのです。知りません。他の方々がおやりになったか、どうかは!
ただ、隣に居らっしゃった某演劇プロデューサーの奥さんは共に立って手を叩いていました。
今朝、家を出るとき暦をみて、もう26年!
そして4代目へと継承されて行く。(感無量です)

3代目の『何十回』拝見したか分らない。セリフもほとんど言えたくらいに・・・観た。

でも、今日は大人しく拝見する。と心に決めて家を後にした。

一幕・二幕と僕的にはメチャおとなしムード、客席も比較的静か。
いつもだと「これではならじ!」と先を切って拍手してるんだけど・・・
今日は、心に誓った立場もあり、他人様に任せて。
拍手したいのを我慢してるのも苦しいね。
そうは言え、時々は思い切りの応援をしながら・・・

さて、三幕能煩野 「足が鳥のように三重に曲がってしまった」
「歩くことが出来ない」「ヤマトタケルとも有ろうものが杖など使えるか」
「羽が欲しい」から始まり、民家での命が燃え尽きるまで。
この場は最高に好きなのです。
「ヤマトへかえりたい。わしはここで死ぬのだ。わしはまだ生きているというのに
この雲はわしを迎えに来たのだ!」もう、駄目ですよ!
鼻の奥がツーンと痛くなり、メガネが邪魔で・・・

周囲であまり泣いてる人は少ないみたいだけど「え~い。もう構うもんか?」・・・
一幕・二幕と抑えてきた分をここで、全部吐き出してしまえって。もう狂ったみたい・・・

右近さんが、もろ歌六さんに見えたり
(それにしても、いくら衣装が同じといえども、ほんとそっくり)

四代目猿之助さんは、部分的に三代目にそっくりだったり、
全然(は言い過ぎ)似てないところも有り
セリフが「ここ、もう少し語尾を伸ばしてたよ」その方が感情が出るのに(これは四の切でも感じた)
などと、どうしても三代目と比較して観ちゃう。四代目は四代目のお役を作っていけば良いのでしょう。

先人が偉大であれば有るほどに、後を継いだ人は大変なんでしょうねぇ・・・

亀ちゃん立派。良くやってる。僕は「喰わず嫌い」(は、ちょっと言い過ぎ)だったかも・・・
四代目市川猿之助の「タケル」で有り「源九郎狐」であれば良いのでしょうね。
機会が有れば四代目も努めて拝見しよう。

中車さんの帝、とかくはこれからとして、
さすが演技派香川照之(ファンだったから、あえて)さん。
堂々として、花道の引っ込みも良かったです。
はやく歌舞伎の水に馴染んで下さい。
僕は信じてなかったけど、やはり『DNA』って、本当にあるんですねぇ。

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