うたのすけの日常

日々の単なる日記等

うたのすけの日常 山田風太郎の「戦中派不戦日記」を読む147

2010-06-30 04:46:02 | 日記

敗戦にひた走る 1<o:p></o:p>

 

 たしかに日本は打撃された。大きな鈍器に打たれたような感じだ。<o:p></o:p>

 しかし、鈍い。一般には十二月八日のような昂奮は認められない。予期せぬことではなかったこと。どんな激情的な事実にも馴れっこになっていること。疲れはてていること。そのためか、みなほとんど動揺しないようだ。「とうとう、やりやがったなあ」と鈍い微笑の顔を見合わせるだけである。例の「運命を笑う」笑いにちょっと似ている。<o:p></o:p>

 夜それでみなこのことに就いて話す。<o:p></o:p>

 「日本が今まで敵に先手を打たれたことはないじゃないか。おべっかをつかって、張り飛ばされて、こりゃ醜態だな」<o:p></o:p>

 「厳重抗議、なんて間の抜けたことやらなきゃいいがね。だいたい日本は、横っ面を殴られたら丸太ン棒で殴り返す方なのだが、こんどは、おそるおそる抵抗、というようなかたちでゆくような気がしてならん。畜生、こうなったらウラジオなんか一挙にどっと攻撃してしまえ」<o:p></o:p>

 「こんなことになるなら、スターリングラード戦当時に、ドイツと相呼応すればよかったんだ。あんまり大事をとりすぎて、とり返しのつかないことになってしまった。海軍などもその通りだ。晴れの決戦らしい決戦もしないで、いつのまにやらなし崩しにぐずぐず無くなってしまったようじゃないか」<o:p></o:p>

 「しかし、今度の事だけは、ソ連が日本の弱っているのにつけこんで、背中からいきなり殴りつけて来たことに間違いはない。この恨みは絶対に忘れまいぜ」<o:p></o:p>

 「もともとソ連こそ日本の宿敵なのだ。それが大東亜戦争以来、すっかりその意識が拡散しちまっている。これをいま火をつけたって、急には盛り上がらないしなあ。それにそもそも関東軍はレイテや沖縄であらかた無くなっちまったというじゃないか」<o:p></o:p>

 これらの言葉を叫ぶ声激烈なり。<o:p></o:p>

 「もうこうなったら、やけのやんぱち、もっと宣戦布告してくるめぼしい国が欲しいくらいのもんだ」<o:p></o:p>

 「アメリカに、もうおまえのとことの喧嘩は飽いたよ、新味はないよ、だから、おまえさんは暫く見てる気はないか、こつちは当分ソ連とやるから、っていってもきかないかね」<o:p></o:p>

 「そうはゆかんよ。これで米軍の上陸もいよいよ迫ったな。第一、B29の基地が沿海州に出来るにきまっている。いよいよ夜も眠れん状態になるぞ」<o:p></o:p>

 「いよいよおれたちも出る番だな。なに、出された方がいいんだ。大体おれたちが今ごろここにいるのが変なんだ。こうなったらもう暴れ死しようや。一日でも長く全世界を相手に戦ったら、それだけ日本の箔がつくことにならあ」<o:p></o:p>

 「問題はメシだな。もう先のことを考える必要はないもの、うんと食わせてくれたらいいんだ。メシさえ腹一杯食わせてくれたら、なに百年だって戦争してやる」<o:p></o:p>

 「それからメッチェンだ。これももう先のことを考える必要はないんだから、こっちも腹一杯。…」<o:p></o:p>

 そこで、みな大爆笑。まさにソ連は日本に強心剤を与えた。ただし二、三日効果が続く程度の。しかし問題はそのあとだ。警戒すべきは今の日本人の自棄的な笑いの反動である。恐るべき事態はその後生じるであろう。


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