戦争の終わった日のことは、年々記憶から薄れてきて、特に最近は加齢の故か遥か彼方のことになってしまった。当時わたしは福島に学童疎開をし、終戦の年国民学校を卒業して、家庭の事情もあって数人の仲間と地元の中学に入り、下宿生活をしていた。
田舎の町でもある日、艦載機の空襲を受け、かなりの被害を被っていた。そしてその日昼前に家族の人たちと協力して、作っていた防空壕が完成したのである。そして食事もそこそこに、下の座敷に置かれたラジオの前に、家族や知り合いの人が集まって重大放送を待った。内容は良くわからなかったが、大人の人の解説で戦争の終わったことを知った。
当時の心境は今は定かではないが、ほっとしたことは確か、これで東京に帰れると徐々に嬉しさがこみあげてきていた。そして夜になってのことは、鮮明に覚えている。電気を煌々と付け、灯りが前の畑を映し出したのをみんなして眺めていた。その時、何処からか「疎開ら、電気なんか点けるな」怒鳴り声が聞こえた。私たちはその何処かに向かって怒鳴り返した「もう戦争は終わったんだ。空襲なんかもう無いんだ」と。
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お互い、それそれの終戦をむかえていたのですね。東京へ帰れたのは、9月17日です。