うたのすけの日常

日々の単なる日記等

埋み火 十

2014-10-15 04:15:29 | 埋み火

                       四幕の二

 

沢の家の奥座敷。店もおわり居間で綾と沢くつろいでいる。といきなり、表が騒々しくなる。大声をあげながら人々の駆けて行く足音が続く。

 

綾  あなた、いやに外が騒々しいじゃありませんか、こんな夜更けに。

沢  日比谷公園の二の舞で、浅草寺で焼打ちでも始まったかな。

綾  まさか、恐ろしいこと言わないで、板さんが様子見にいったかも。   

沢  違いない。   

   

奥から夏、民とみつ出てくる。

 

夏  旦那様、人が大勢走っていきます、板前さんがなんの騒ぎかと見に行きました。

沢  板前の帰りを待とう。

みつ (縁側から辺りを見廻し)火の手は見えませんし、喧嘩でしょうか?

民  喧嘩、あたし東京へ来てから火事は呆れるほど見てるけど、喧嘩はまだ見たことないの、行ってみようかしら。(民、飛び出そうとする。)

沢  馬鹿、いや馬鹿じゃない、なんですか若い娘が。

綾  はしたないわお民。

民  すみません。

夏  (おろおろしながら)おかみさん、鳶頭(かしら)に声かけて若者(わかいし)寄越してもらいましょうか。

沢  落ち着きなさい、万事は板前が戻ってからだ。

 

舞台明り消え、紗幕降り舞台前面に明り。下手より板前早足で中央にさしかかると追うように呼び止める遠藤の声。

 

遠藤 いたさーん、「つたや」の板さんよー。

 

板前、足を止め振り返り身構える。提灯を持つ遠藤を先頭に大沢、神谷現れ板前に寄る。

 

神谷 (咳き込んで)大変なことが起きたようだな板前さん、「つたや」さんにはさぞかし頭の痛い事になりそうだね…

遠藤 当分噂雀が囀って、この界隈賑やかになりますぜ。なにしろあのおかみ、お宅の旦那に触れれば落ちん風情(ふぜえ)だったからねえ…

大沢 僕なんか情けない、鼻もひっかけられなかった。

板前 (いきり三人に詰めよる)よしやがれ丸たん棒め!黙って聞いてりゃなんだと、おいっ、お三人さんよ、なにけえ、うちの旦那があんな飲み屋くんだりの女とかかありあいがあるとでも言うのかい。

神谷 (あわてる)いや、そんなつもりでは……

遠藤 なにもそんなに噛み付かなくても……

板前 ふざけるな!(三人、板前の剣幕に後ずさりする)俺はな、「つたや」じゃ先代っからの板前だ。旦那の為にゃ体を張ろうと、おっう、匕首(あいくち)をいつだって呑んでるんだぜ。下手な噂が旦那に災いするようなら、てめらが火元と只じゃ置かねえから覚悟しやがれ!いいな!これは尋常(ただ)の脅しじゃねえんだぞ!

 

板前、精一杯三人を睨みつけて踵を返す。三人震え上がって立ち竦む。

 

神谷 あたしは「たえ」なんて店全然知りませんよ。

遠藤 この界隈にそんな店あったけねえ?

大沢 ああ怖かった。僕は早く家へ帰りたいですよ。

 

三人、勝手言ってるうちに、前面の明り消え、紗幕上がり舞台元の場面、明り入る。

 

板前、居間に面した庭先の裏木戸から飛び込んでくる。

 

板前 旦那あっ、おかみさん、えれえこってすぜ。

綾  板さん…

板前 へえ、(縁先に片膝をつき)驚いてはいけませんぜ旦那、えれえこってすぜ。

綾  どうしたのいったい?

板前 へえ、飲屋の、そのう…「たえ」のおかみが、亭主を刺し殺しちまったんです出刃でもって。(民、みつ大迎に騒ぐ)

沢  なんだって。

綾  (手で女たちを奥へさがらせ)ほんとかい板さん。

板前 この目で見てきたんです。店の前は黒山の人だかりで、あっしが駆け付けたときゃ   あ丁度女がしょっぴかれるとこで。

綾  本当なんだねえ…

板前 へえ。

綾  でどんな様子だったんだい。

板前 それがですよ。野次んま掻き分け一番めえで見てたんですがね、女は着てるもんは   勿論、はだけた胸のあたりが返り血て真っ赤、髪は崩れ顔色ったら青いの通り越しまっちろで、あんよは裸足のまんまで、へえ。細い手首にお縄打たれてお巡り二人に両側から抱えられ、目は閉じたまんま。おかみさんのめえですが、その姿の色っぽいったらありませんでしたよ、凄い色気で、へえ、これはどうも、すいません。

綾  そうかね、もういいよ御苦労様。いやちょっと。

板前 なんでしょう?

綾  女の子がいたろうに。

板前 おかみの娘ですね。

綾  そう。

板前 おかみに泣きながら縋っていた娘を、近所に住む鳶頭(かしら)のかみさんが連れてったとか、それは哀れな情景だったそうで。これは野次ん馬の話を耳にしただけで、はっきりし   た事は…それではこれで。(板前、裏木戸へ)

綾  (板前の背に)あんまり子供達を脅かすようなことは言わないようにね、板さん。

板前 (振り向き、腰を屈め)わかっておりやす。

綾  (板前の振り返りながら去るのを見て)あっそれから…

板前 なんでしょう?

綾  店の者たちに、騒ぎ立ててつまらぬことを口にしないように板さんから…

板前 (胸を大仰に張り)へーい!しっかりと釘を刺しておきやす、ごしんぺいなく。

綾  (板前去るのをみて沢に)あなた驚きましたね、(沢大きく息をつく)掌中の玉が一瞬に消えてしまった想いではないのですか…

沢  えっ…



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