フィクションのチカラ(中央大学教授・宇佐美毅のブログ)
テレビドラマ・映画・演劇など、フィクション世界への感想や、その他日々考えたことなどを掲載しています。
 



 イスタンブールに行きました(今はもういません)。別の目的地があったのですが、そこには日本からの直通航空便がないため、どこかで乗り換えなければいけません。そうであれば、行ったこともないところで乗り換えるのがよいということで、今回はイスタンブールを選びました。

 私は出張でも私的な旅行でも、海外へ行ったら必ず書店に行ってみることにしています。たとえば村上春樹『ノルウェイの森』の翻訳がなされているかどうかは、インターネットで調べればすぐわかりますが、実際の書店に置かれているか。置かれているとしたらどのくらいの扱いになっているか。そのようなことはインターネットでは限界があります。

 今回もイスタンブールで何軒かの書店に行ってみたのですが、すべて「日本語からの翻訳は置いてない」とあっさり言われてしまいました。
 中でも大きめの店として期待していた書店が新市街(イスタンブールは旧市街と新市街に分かれる)にあったのですが、まずはその店自体が見つからず、何度か通りを往復してしまいました。そして、やっと住所の場所がわかったところ、その建物が工事中でした。工事の人に「ここは以前〇〇という書店ではなかったですか」と(トルコ語はもちろんできないので英語で)尋ねてみたところ、「その店は向かいの7軒先の4階で営業している」との(英語の)返事。というわけで、期待してその店を訪ねてみました。

 写真のような大きな書店(仮店舗とはいえ奥の方までかなり広い書店)でしたが、尋ねてみたところ、返事は同様「日本語からの翻訳は小説だけでなくすべてありません」の一言でした。
 私がこれまで訪れた国々、ヨーロッパやアメリカ、アジアの諸国でも、こういうことはありませんでした。たとえば、村上春樹だけに限れば、性的な描写などが障害になっていることも考えられますが、村上春樹だけがないわけではありません。また、日本のマンガやアニメがトルコでかなり知られれていることも、あるトルコ人から聞いたことがあります。
 トルコの事情には私はまったく詳しくないので、これから誰か詳しい人にでも、他の西欧やアジアの諸国とこれほど事情が違う理由を尋ねてみたいと思っています。

 まずは御報告まで。



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