フィクションのチカラ(中央大学教授・宇佐美毅のブログ)
テレビドラマ・映画・演劇など、フィクション世界への感想や、その他日々考えたことなどを掲載しています。
 



 私と同じ中央大学文学部にお勤めの松尾正人さんが『幕末維新の個性8 木戸孝允』(吉川弘文館、2600円)という本を出版されました。
 木戸孝允は、もちろん幕末期に活躍した尊王攘夷派の長州藩士・桂小五郎です。幕末維新期に重要な役割を果たした人物でありながら、特に明治期になってからの木戸の果たした役割やその意味については必ずしも十分な研究がなされておらず、その面を重視してまとめられたのが、今回の松尾さんの本だと思います。
          
 私は明治期の文学の研究をしていますが、歴史に関しては専門家ではないので素人的な見方をしているところがあります。そういう目で見ていると、木戸(桂)というのはどうしても幕末維新の「わき役」という面があるような気がします。たとえば幕末維新期のドラマで考えると、主役になりやすいのは坂本龍馬・勝海舟・西郷隆盛・新撰組。あと大河ドラマで取り上げられた徳川慶喜くらいでしょうか。「明治ものはドラマで受けない」というのがテレビ界の常識のようです。そう言えば、大河ドラマ『徳川慶喜』で桂を演じたのは黒田アーサー、同じく大河ドラマ『新撰組』では石黒賢で、いずれもわき役の印象が残っています。
 ドラマというのはわかりやすい構図の描ける人がどうしても前面に出てくることになります。しかし、実際には明治政府ができてから木戸が果たした役割というのは、多くの人に知られていないだけで実はたいへんに大きいものがありました。その点を重視し、明治期の木戸の役割を十二分に追究されているのがこの本だと思います。
 なお、木戸の生涯の中では、西欧回覧使節団への参加と文明開化への姿勢に私は興味をひかれました。岩倉使節団とも呼ばれているこの視察団は、政府の要人を含めた人々が約2年間も欧米を回覧するという異例の使節団でした。この使節団に木戸が参加していたことくらいは知っていたのですが、木戸が西欧でその思想や文化にどのように接したのか。また、それによって木戸がどのようなことを考えたのか。それらが、木戸の日記などを通じてていねいに考察されています。そのことをこの本で勉強させられましたし、西欧の進んだ思想・文化に接した日本人が、あまりの日本との差に驚かされ、かえって急進的な西欧化に警戒感を持つところなど、後の森鴎外や夏目漱石に通じるところがあって、日本文学専攻の私には興味深いものがありました。
 松尾先生の真面目で誠実なお人柄は同僚としてよく存じ上げているつもりですが、そのお人柄通りの丁寧な記述で木戸の思想や果たした仕事が考察されています。また、シリーズ本の1冊ということもあって、多くの写真や資料が配されていて、当時の雰囲気がよく感じられるようにも構成されていました。歴史に少しでも関心のある方ならどなたにもお勧めできる本になっていると感じました。
          



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