夢発電所

21世紀の新型燃料では、夢や想像力、開発・企画力、抱腹絶倒力、人間関係力などは新たなエネルギー資源として無尽蔵です。

収穫の秋

2011-09-16 06:41:21 | マロン農場
9月15日(木)

 昨日は晴天の一日だったが、湿度が高いのか暑く感じた。しかし今朝の朝刊を見ると、最高気温は24.5℃しかなかった。
 津軽平野は稲田が黄金色に染まって、収穫を待つばかり。いや早いところでは、すでに始まっている。
 津軽の稲刈りは今や機械化されているところも多く、水田の広さも今までの10倍くらいはあるような気がする。新潟の稲の穂仕方と違って、こちらの稲の穂仕方は棒掛けという方法で行われている。水田に垂直に棒を差し込んで、下側から円を描くように稲の束を干していくのだ。新潟はハザ掛けといって、均等に植えられた樹木に孟宗竹を横に結わえ、その間に均等に荒縄で十字に棚を作っていく。その棚の下から順に稲束を差し込んでいくのだ。こうすることで稲の乾きもよく、おいしい米ができる原因かも知れない。
 さて、我が法人の畑の収穫作業も徐々に秋のものに変わりつつある。

 昨年開墾した岩木山麓のしらとり農場の畑には、小豆の大納言が順調に育っている。
 そして栗園の栗は早成種が落ち始めて、収穫に忙しくなってきた。
 何とか今年も例年以上に暑い気候だったり、大雨だったりもしたが持ちこたえた気がする。

泣くということ

2011-09-15 06:04:29 | 創作(etude)
赤ちゃんが
泣いている
泣くということは
理由があるから
泣くのだ
言葉に代えて
泣いているのだ
頼れる人に
伝えるために
泣いているのだ
呼んでいるのだ
知ってほしいのだ
今の状況を
変えて欲しいので
泣き続けるのだ
空腹で
おしっこで濡れて
お腹が痛くて
おっぱいという
安心が欲しくて
発熱して
のどが乾いて


かつて
お前も
泣き続けた
新米の父と母は
何故お前が
泣くのか
わからずに
うろたえ
ミルクを作り
熱を測り
おむつをさぐり
抱っこをして
音楽を聞かせて
絵本を読んで
あらゆる
可能性を探るために
試みた
でも
お前の
泣き声は
夜明けまで続き
明け方の光に
包まれて
止んだ

いつからだろう
お前が
泣くのを
やめたのは
注射をされても
友達に叩かれても
噛みつかれても
お前は
驚いた表情は
見せるが
泣き声を
上げることが
なくなった
歌を忘れた
カナリアのように
お前の泣き声が
あの朝焼けの
中で消えた

あの
泣きつかれて
しゃくり上げるような
お前の
泣き声はもう
聞くことは
できないのだろうか
辛いことや
切ないことや
望んでも叶わない
数々の希望が
無言の
地平に
重たい雲のように
広がっている

ああ
あの小児科病棟の
病んだ子供たちでさえ
あんなに
自分を主張して
泣いているというのに
お前は
ベッドの上で
苦悶し
身体を
反転させ
苦しみの
分散を
図ろうとしている
父や母が
お前には
無力なのだろうか
その苦しみのためなら
どんな
拷問でも受けるものを

時々
深夜
苦しい夢をみる
お前が
声を取り戻して
泣き続ける
そういう夢だ
私は
どうすることもできずに
お前の泣き声を
拒もうとしている
ビートルズや
シルビー・バルタンの
賑やかな
歌声を武器に
ボリュームを上げても
ヘッドホンを
両耳に付けても
お前の声は
それを超えて
私の耳に
届いている

ふと気づけば
それは
儚い
夢であり
私は
罪を
感じて
体中汗ばんでいる
でも
確かに
あれは
お前の
泣き声だと
耳に張り付いた
お前の
声が
反響しているのだ
もう一度
聞きたくても
聞くことのできない
懐かしい
お前の
泣き声

秋空を
ハッチョウトンボが
連なって
風に乗るように
お前の
こころが
軽やかに
なってほしいと
空を
見上げては
溜息をつく
悲しい時は
泣いておくれ
お前の思いが
かなわないときは
その思いを
伝えて欲しい
それが
いまの
私たちの
願い







次女退院!

2011-09-14 06:40:29 | つれづれなるままに
9月13日(火)

 雨が朝から降っている。朝食を早々に済ませ、次女の入院先の病院へ向かう。K病院は総合病院であり、交通の便もよく最近は職員の勤務態度も公立病院よりも上のような気がする。建物は間もなく現在地から10分ほど離れたオフイスアルカディアというエリアに移転することが決まっている。この病院は故津川武一氏が診療所から立ち上げた病院です。 
 
 (故・津川武一医師は、終戦から二年後の1947年、青森県弘前市に「津川診療所」を開設しました。津川医師の診療所は、民主運動のセンターになり、やがて診療所を母胎に、そこに結集した民衆の力で1952年、津軽保健生協はうまれました。民医連が結成される前の年です。
 1963年に青森県議会選挙に出馬、当選し、2期勤める。2期目の途中の1969年、第32回衆議院議員総選挙に中選挙区の青森2区から立候補、当選をはたし、東北地方の最初の日本共産党の代議士として、1986年に引退するまで通算5期衆議院議員をつとめ、りんご産業振興をはじめ、農林水産の部門で活躍した。)

 病室を訪れると、次女は元気そうである。朝食はあまり進まなかったが、K医師が回診してきて退院が決まった。マミの行動意欲を刺激して、運動量が増える環境は家にある気がしていた。だから、少し心配ではあったが、退院することには賛成だった。
 病室から歩いては出ることは出来なかったが、久しぶりの車の中で娘はクラシックを聞いて楽しそうである。病院にはないのが、日常生活に身近な楽しみである。彼女の楽しみとして音楽は欠かせない。帰宅後遅い昼食をとったが、何とか完食した。キーボードの場所に寝そべり、久しぶりの鍵盤の感触を楽しんでいる。
 




一喜一憂

2011-09-13 05:59:46 | つれづれなるままに
9月12日(月)

 次女マミミの入院生活も、結局今日で5日目となった。熱もなく排尿も排便も平常に戻りつつあるが、まだ食欲が普通ではない。つまり食欲がいまいちという状態で、彼女らしくない。最初は食べたい素振りを見せて口を開けてくれるが、6口ほどすると口の中に貯めこんでしまって嚥下ができない。おかゆ食と刻み食なのだが、本人がその気にならないとどうにもならない。
 昨夕家内にシャワーを浴びてもらうために病院へ出向くと、若い主治医K医師がいて点滴が外れていた。お腹がまた少し膨満気味な気がして気になるというと、浣腸もしているし排ガスやゲップも出ているようなんだけどね。あとは運動かな・・・?ということになった。しばらくして法人の嘱託医Y先生が心配して様子を見に来てくれた。
 家内は今日退院できると思ったらしくて、がっかりしている様子である。明日は退院できるかも知れないと期待して、私も帰宅している。
 帰宅して夕食を取り、いつもよりも早く寝室に入り読書をした。「東日本大震災」を支援するために東北の作家が12人本を書くことで、売上を寄付するのだという。「12の贈り物」という本を読み始めている。昨日の夜から読み始めているが200ページを読み進んでいる。8人目の作家に突入。
 家内からメールでPM8時ごろ「マミが夕食の残りと、甘いものを食べて喜んでいる」という。少しほっとした。
 
 このところずっと雨が降っていて、気温も23,4℃である。でも湿度は高くて、マミなどは病室のベッドで発汗が多い。マットレスが蒸れやすい素材のような気がする。そういえばこの夜は「十五夜」だったようだ。東北はしばらく大雨に近い天気が続く。

 マミも帰宅すれば大好きなピアノを思う存分弾いて、また体調も良くなる気がしている。何しろ彼女のピアノは、ベートーベンなみの(ベートーベンが弾くのを見たことはないが・・・)身体の振幅なのだから・・・。ノリノリの時の彼女の曲想は、ジャズピアニストだと思ったりもする。
 2ヶ月前も彼女は8日間の入院であったことを思い起こしている。そういえばあの時は、5日間は絶食で点滴が続いていた。6日目には付添の食事を見て、にじり寄ってきたのだった。でも今の彼女にはその時のような、食欲が感じられない。
「食事の開始が早すぎたかしら・・・」と若い女医K先生がつぶやいていた。
 わたしはきょう公休なので、朝から退院準備モードで病院へ向かうつもりで居る。

敬老会寸劇本番~大成功!!

2011-09-12 06:14:46 | 私と福祉とであいの旅
9月11日(日)

 朝から嫌な天気でした。敬老会で町のお年寄りたちを、民生児童委員さんたちが車の手配して文化ホールにお連れします。しかしながら朝から雨が強くなって、結局帰る時まで雨は降り続けました。
 旧岩木町の70歳以上の高齢者(招待者)は約1,400人で、その内の参加者は400人程度です。(総人口は岩木地区は約13,000人)

 さて、私たち社協役員と、民生児童委員、ふれあいボランティア会・抱民舎の有志が準備し、練習をしてきた寸劇の「人情横丁~雨降って地固まるの巻」は、出演順は5組中第3番でした。そしてやはり人生のベテランさんばかりだなと感心しました。大成功です。予定時間は大幅に超過しましたが、それ以外は皆さんの熱演が、会場をわかせました。


(あらすじ)
 昭和30年代にNHKで放送された「お笑い三人組」をモチーフに、寿司屋夫婦の人生を涙と笑いで脚色しています。「夫婦寿司」(めおとずし)という寿司屋を営む源蔵、幸子夫婦。源蔵は結婚式の寿司を握った際に、食中毒が起きて、町の人たちが入院騒ぎ。しかし寿司が原因ではなかったが、自分の責任と思い込んでしまった源蔵。以来寿司は握れなくなって、朝から酒を飲み暮らしています。幸子は止むなくパートの仕事で食いつないでいましたが、ついに喧嘩となって家出。そこにお笑い三人組の人情横丁の人々がその解決に乗り出します。
 「隠居庵」というご隠居さんたちが集まる句会に幸子を連れて行き、どうしたらよいかを相談します。

 隠居たちの提案で、「源蔵が今一番大切にしている備前焼の壺を割ってしまえ」とアドバイスを受けた幸子。もしも源蔵が壺を先に心配したら、別れてしまえとのこと。さて、実際に壺を割ってみると、源蔵は幸子のケガを心配してくれるのです。
 こうして、二人は仲直りして、源蔵も心を入れ替えて寿司を横丁の住人に、お礼に握ることになりました。
 
 宴会の席で住人の正ちゃんが、「源蔵はエライ!俺だったら壺を心配するのに・・・」というと、源蔵は「実は幸子がケガをして動けなくなればこうして遊んで暮らせない」と正直に告白。憤慨する幸子ですが、そこで源蔵「壺が割れてしまって、目が冷めました。気持ちを入れ替える」と幸子にわびます。こうしてまた人情横丁には幸せな夫婦が再出発。横丁の住民に激励の乾杯を受けます。
 
 今回の寸劇は、最初からハプニング続きでした。出演する人数が10人の予定が、民生児童委員会が加わって、30人に膨れました。配役した方たちが次々に入院騒ぎやら、やりたくないとかで、代役続き。おまけにたった3回しかない練習に参加忘れもあって、散々でした。ところが、いざ代役の人たちがどうかといえば、これが最初の配役の方たちをしのぐような芸達者。こうしてみれば、誰かのしあわせのために「みんなで協力し合える」ということこそが、この寸劇の一番の成果ではなかったかと思います。楽しく演技をできたことは幸せなことでした。

 そういう日々の荒波を超えて、皆さんの力の結集で困難もなんのその・・・。
 この機会に民生児童委員さんたちとも親しくしていただき、終わってみれば参加者の心も晴れ晴れでした。
 社協会長さんが、「この時代は良かった。でも、我が町会にも、こういう昔ながらの近所づきあいが大切だ」と語ったことは心に残りました。
 皆様お疲れ様でした!!

 

敬老会寸劇練習 「お笑い三人組」ゲネプロ

2011-09-11 07:45:49 | 私と福祉とであいの旅
9月10日(土)

 PM1:30から岩木地区の文化ホール「あそべーる」に、社協の役員や民生児童委員、ボランティア会など会場準備に集合した。我々は法人職員3名(みなボランティア会)で、社協役員と民児協の出演する寸劇の企画と、脚本、演出、音響である。
 出演者総勢約30名で、演題は「人情横丁・雨降って地固まる」の巻。全4幕。予定時間は17分。
 なんといっても今年で4年目のこの寸劇は、当初地区社協役員が率先してやらなければ、地域住民に申し訳ないという会長の見識であった。この会長さんは、我が家の隣人で、毎年敬老会の終えた後「来年も宜しく」と頼んでくる。
 社協役員の平均年齢は70代に近いのではないだろうか・・・。その方々が練習回数3回でこの寸劇を行うには、相当な知恵と努力が必要となる。結局我が施設に2回計3時間程度の練習を行って、最後が本日の会場舞台を使っての総練習(ゲネプロ)である。こんな短期間で覚えてもらうには、まずストーリーの流れをわかり易くすることであり、津軽弁を使うことである。更には役者は総て口パクで、セリフを覚えなくても良いようにしている。つまり、台本の読み合わせを録音してしまったのである。だから役者はそれに合わせて動きだけ覚えれば良いのだ。これは実に効率的で、皆さんにも好評である。

 ただ一番困るのは短かい時間内に、いかに納めるかということである。台本一つ読むのにも根っからの津軽弁であるはずの出演者が、台本に津軽弁を置き換えるとつっかえてしまうのだ。
 
 結局、昨日の総練習も17分どころか30分もかかってしまった。それは少なくともヤル気のある証拠なのだが、少しでも良くしようと勝手にアドリブを入れてしまう出演者が多いのだ。
 もうこうなれば、開き直って当たり前のような顔で、時間超過を忘れることにしてしまった。それでも皆さんは、元来の役者かも知れないとすら思う。
 きょう9月11日が午後本番となる。あいにく朝から雨が降っているが、気温もその分抑えめの24℃で助かるかも知れない。
 神様!!

回復

2011-09-11 06:57:36 | つれづれなるままに
9月10日(土)
 朝方、病院で娘に付き添う家内からメールが届いた。昨日まで排尿がなくて心配していたけれど、朝方してくれたこと。初めて口からゼリーを食べたことだった。
 一昨日まで胃と腸に貯留されている水を抜くために、鼻から挿管されていたチューブを、一昨日の午後から抜去されて、それまで身動きもせず、顔の表情も暗かった娘だったが、安心したのか苦痛が緩和されたのか、気持よさそうに眠りについていた。
 昨夜敬老会準備から直行した病院で、娘は声を出してくれた。ブルーナーの絵本を持っているのも、回復の兆しである。
 家内と付添を交代して、初めて病院食なるものをいただいた。ほんとうによく栄養バランスが考えられているなと感心する。緑黄色野菜や、鶏肉、芋、海藻や豆腐の入った味噌汁・・・。
 娘におかゆをスプーンにとって恐る恐る近づけると、意外にも口を開けてくれた。結局おかゆをスプーンで3口、豆腐の味噌汁を3口、おかずの刻み食を3口程度、水分も40CC程度の喫食で終えた。
 まだ飲み込む時にどこか痛むのかも知れない。しかしこれまでの状態像からは大きな第一歩だったから、それがとても嬉しい。その後自ら起き上がりも、何度か試みている。徐々に回復への力をつけて来ているんだなと感じ、私も帰宅する際にうれしさがこみ上げてきた。ドクターをはじめ、看護師さんたちの温かなケアに感謝の気持ちでいっぱいである。

祈り

2011-09-10 06:35:04 | 創作(etude)
いつもなら
にぎやかな
お前のはずが
今朝の
ベッドに
横たわって
その
眉間に
シワを寄せ
深く
落ち込んだ
両眼と
苦しげに
開かれた
唇は
乾いて
ひび割れ
陽気な
声すら
聞こえない

鼻から
差し込まれた
ビニールの
管は
お前の
胃袋や
腸管から
溜まっている
水を
抜くための
機械に
つながれ
規則的な
繰り返しの
音が
病室の壁に
跳ね返っている


お前の
細い腕に
突き刺さっている
細い針から
点滴が
ぽたぽたと
滴り
辛うじて
これで
お前の
日々の
いのちを
つないでいる

父も
母も
今は
為す術もなく
交わすべき
言葉も
いまは
湧きもせず
お前の
回復を
祈るしかない
日頃から
祈っていれば
こういう
困った時こそ
神様は
振り向いても
くれるだろうにと
そんな
おろかな
悔いを
かみしめている

今となれば
イレウスの
名前の
由来すら
知らない
自分の
不勉強は
たちまち
思いを
不安と
絶望の淵に
誘い込もうと
している

それにしても
このごろの
お前ときたら
どうだろう
わずか
ニヶ月前に
夜中から
吐き続け
ただ
お腹だけが
陸に上がった
ふぐのように
パンパンに
腫れ上がり
薄く開かれた
お前の目は
その淵すら
寝不足で
落ち込み
薄黒くなって
宙を
さまよっていた

これまでの
お前は
重たい
ハンディキャップを
感じさせることのない
陽気で
賑やかな
娘として
毎日
ピアノの
鍵盤を
言葉替わりに
表現して
家の中を
包んできたのだ

そんなお前が
どうして
再び
病室の
ベッドに
病臥しているのかが
いまだに
信じられない
病室の外に
コオロギたちの
鳴く音だけが
夏から
秋へと
移り変わる
この日の
事実を
伝えている










生命の暗号/村上和雄

2011-09-06 06:33:09 | つれづれなるままに
 NHK・ラジオ深夜番組で筑波大学名誉教授の村上和雄さんの話を聞いた。そしてそれがずっと頭の中に残っていて、このところ繰り返し、DNAの設計図を誰が作ったのかを「グレートサムシング(偉大なる何者か)」を思い続けている。
 未知なる者、それが生命体のDNAの中に隠されており、それはまた全体の5%程度しか解明されていないという。そのDNAの設計図のONとOFFという緻密な構造は、私たちが祈りや信仰として「神」という存在を創り上げてきた。神の存在というものが仮にあるとすればまさにこの地球の生命体総てが共通に持ち、生かされてきたこのDNA構造・機能こそ神(グレートマザー)が作ったとしか言いようのないものだと思う。
 DNAのONとOFFによって、私たちは健康で生きていられる。そのONとOffが壊れると、病気が発症する。私たちが希望すること、目標とすることが明確にあればあるほど、ネガティブではなくポジティブな思いこそまだ働いていないDNAのOFF機能を、ONに切り替わっていくという説は、現在の私たちが可能性として開発できる新たなるパワーなのではないだろうか。この機能は「あれかこれ」という二者択一式の競争をすることではなく、互いに助け合うことによって共生する方法を示している。
 絶望することではなく希望を持つこと、困難に感謝する心構えが大切になるのだ。


「生命の暗号」まとめから
① 地球上に存在するあらゆる生き物は同じ遺伝子暗号を使って生きている
② 阻害因子を取り除けば人間の能力は百倍も千倍も発揮できる。
人間の能力を抑える最大の阻害因子は、マイナス的なものの考え方である
③ マイナス発想は好ましくない遺伝子を働かせる可能性がある
④ 弱肉強食のダーウィン進化論は有力な仮説である「生命は優勝劣敗で進化してきたのではなく互いに助け合いながら進化してきた」とする反ダーウィン的進化論もある
⑤ サムシング・グレートは、親の親、その親の親とさかのぼった果ての「生命の親」のような存在である
⑥ 親の親の「生命の親」のような存在であるサムシング・グレートは、我々子供のために悪いことをするはずがない
⑦ 「あれか、これか」と物事を二つに分けて選択する方法を自然はとらない。
自然は両方を生かす共生の方法をとる
⑧ 心と魂は別のものである。心は意識できる精神、魂は無意識の精神という事が出来る
⑨ 心と体はつながっていて、死ねば体と一緒に心も滅びる
⑩ 魂は無意識とつながっていてサムシング・グレートに通じている
⑪ 感動で涙をこぼすと人は良い気持ちになる。良い遺伝子が働くからである
⑫ 自分の身に起きることは全部「必然」である
⑬ あきらめずに続ける事が、物事を成就する最大の秘訣である
⑭ 「つつしみ」の心は自然の法則に合致する

旧暦8月8日 白露の候

2011-09-05 12:21:57 | つれづれなるままに
9月5日(月)

 一昨日が34.9℃、昨日が33.6℃と台風の影響なのか、無性に暑い日が続いている。それでも昨日の午後からは風もあり、特に朝夕は涼しくはなって来た気がする。
 ゴーヤカーテンがようやくここに来て充実してきた。
 
 西日を少しでも避けようとゴーヤ4本を植えた。ゴーヤはなかなか育たず、育て方が悪いのかと思ったりもしたが、ここに来てようやく果実がつきはじめている。

 植えてから1本だけ食したが、結構若いのもあって美味しかった。
 このゴーヤカーテンには、虫もやってくるのかアマガエルが一匹住み着いている。

 数えただけでも6個ほど実りそうなものがあったから、これからその成長過程を毎日見るのが楽しみである。。