久し振りにロシア歌謡を聴いて、「あ、いいなあ」と思った。歌い手の力によるところが大きいと思うが。
昨夜、デュモンに山之内重美さんのライヴを聴きに行った。
さすが、女優だけあって、歌の演技力が素晴らしい。もともと、ドラマティックな、パセティックなと言ってもいい声の持ち主なのだが、その声を駆使して「郵便馬車の御者だった頃」も「赤い月」も「長い道(悲しき天使)」も、そしてもちろん「鶴」も、そのほかの歌も歌われる。そしてその歌の持つドラマが、彼女の抑揚と表情と身振りで余すところなく表現される。素晴らしかった。
ぼくもロシアの歌に近かった時期があるのだが、ぼくに関心があったのは日本でロシア民謡と言われている一群の歌と、帝政ロシア時代に都市や農村で歌われていた「ロシア・ロマンス」というジャンルのものが主で、ソ連時代の歌はオクジャワのものぐらいしか自分では勉強しなかった。それもごく浅く。昨夜、山之内さんの歌を久し振りに聞いて、改めて新鮮な発見をした思いだった。
自分でもう一度勉強する気はないから、また彼女の歌を聴きに行くことにしよう。お話ができたのもうれしかったし、大変に美しい花のお裾分けもいただいた。
ところで、お客さんから「枯葉」というリクエストが出ていたが、レパートリーにしている人はいなかったようだ。「ぼくも昔フランス語で歌っていたなあ」と懐かしかった。もうぼくは、ライトを浴びて人前で歌うことからは降りてしまったが。
以下に、樋口悟の直訳を書いておきたい。
思い出してほしい
二人が愛し合っていたあの幸せの日々を
あの頃 人生はもっと美しく
太陽はもっと燃えていた
枯葉がシャベルで集められる
ねえ ぼくは忘れてはいないよ
枯葉がシャベルで集められる
思い出と悔恨もまた
そして北風がそれを
忘却の冷たい夜へと運び去る
ねえ ぼくは忘れてはいないよ
君の歌っていたあの歌を
*ぼくたち二人のことのようなあの歌
君はぼくを愛していた
ぼくは君を愛していた
二人は固く結ばれて生きていた
ぼくを愛していた君と
君を愛していたぼくと
でも 人生は愛し合う二人を引き裂く
ゆっくりと 音も立てずに
そして海は消してゆく 砂の上の
別れた恋人たちの足跡を
枯葉がシャベルで集められる
思い出と悔恨もまた
でも ぼくの静かな変わらぬ愛は
いつも微笑んで 人生に感謝する
ぼくはあんなに君を愛した 君はあんなに美しかった
どうして君は 忘れて欲しいなんていうの?
あの頃 人生はもっと美しく
太陽はもっと燃えていた
君はぼくの生涯のいちばん優しい恋人だった
でも今のぼくには 後悔しか残されていない
そして 君の歌ったあの歌を
いつまでもいつまでも ぼくは聴くだろう
*ぼくたち二人のことのようなあの歌
君はぼくを愛していた
ぼくは君を愛していた
二人は固く結ばれて生きていた
ぼくを愛していた君と
君を愛していたぼくと
でも 人生は愛し合う二人を引き裂く
ゆっくりと 音も立てずに
そして海は消してゆく 砂の上の
別れた恋人たちの足跡を
(作詞:ジャック・プレヴェール、作曲:ジョセフ・コスマ)
ふつう歌われている岩谷時子訳の「枯葉」(あれは遠い思い出~)は、シンプルで美しく、シャンソンの日本語歌詞としては大変良いものだが、一般的にシャンソンを日本語の歌詞にするととても情緒的にセンチメンタルなものになってしまうことが多いので、直訳を掲げることは意味があると考えている。
日本語で普通歌われるのは、一番とルフランだけしかないし。
よく見ると、一番で使われた歌詞が、二番でところどころ繰り返されている。メロディーもそれに合わせて低く変えられている。
シドレ シドレ シレドラ → ♯ソラシ ♯ソラシ ♯ソシラ♯ファ
シレド シレド シレドラ → ♯ソシラ ♯ソシラ ♯ソシラ♯ファ のように。
そして、この繰り返しと低い音への変更が、ハラハラと散り行く落ち葉のさまを見事に表現している。たいへん凝った造りの曲だ。
昨夜、デュモンに山之内重美さんのライヴを聴きに行った。
さすが、女優だけあって、歌の演技力が素晴らしい。もともと、ドラマティックな、パセティックなと言ってもいい声の持ち主なのだが、その声を駆使して「郵便馬車の御者だった頃」も「赤い月」も「長い道(悲しき天使)」も、そしてもちろん「鶴」も、そのほかの歌も歌われる。そしてその歌の持つドラマが、彼女の抑揚と表情と身振りで余すところなく表現される。素晴らしかった。
ぼくもロシアの歌に近かった時期があるのだが、ぼくに関心があったのは日本でロシア民謡と言われている一群の歌と、帝政ロシア時代に都市や農村で歌われていた「ロシア・ロマンス」というジャンルのものが主で、ソ連時代の歌はオクジャワのものぐらいしか自分では勉強しなかった。それもごく浅く。昨夜、山之内さんの歌を久し振りに聞いて、改めて新鮮な発見をした思いだった。
自分でもう一度勉強する気はないから、また彼女の歌を聴きに行くことにしよう。お話ができたのもうれしかったし、大変に美しい花のお裾分けもいただいた。
ところで、お客さんから「枯葉」というリクエストが出ていたが、レパートリーにしている人はいなかったようだ。「ぼくも昔フランス語で歌っていたなあ」と懐かしかった。もうぼくは、ライトを浴びて人前で歌うことからは降りてしまったが。
以下に、樋口悟の直訳を書いておきたい。
思い出してほしい
二人が愛し合っていたあの幸せの日々を
あの頃 人生はもっと美しく
太陽はもっと燃えていた
枯葉がシャベルで集められる
ねえ ぼくは忘れてはいないよ
枯葉がシャベルで集められる
思い出と悔恨もまた
そして北風がそれを
忘却の冷たい夜へと運び去る
ねえ ぼくは忘れてはいないよ
君の歌っていたあの歌を
*ぼくたち二人のことのようなあの歌
君はぼくを愛していた
ぼくは君を愛していた
二人は固く結ばれて生きていた
ぼくを愛していた君と
君を愛していたぼくと
でも 人生は愛し合う二人を引き裂く
ゆっくりと 音も立てずに
そして海は消してゆく 砂の上の
別れた恋人たちの足跡を
枯葉がシャベルで集められる
思い出と悔恨もまた
でも ぼくの静かな変わらぬ愛は
いつも微笑んで 人生に感謝する
ぼくはあんなに君を愛した 君はあんなに美しかった
どうして君は 忘れて欲しいなんていうの?
あの頃 人生はもっと美しく
太陽はもっと燃えていた
君はぼくの生涯のいちばん優しい恋人だった
でも今のぼくには 後悔しか残されていない
そして 君の歌ったあの歌を
いつまでもいつまでも ぼくは聴くだろう
*ぼくたち二人のことのようなあの歌
君はぼくを愛していた
ぼくは君を愛していた
二人は固く結ばれて生きていた
ぼくを愛していた君と
君を愛していたぼくと
でも 人生は愛し合う二人を引き裂く
ゆっくりと 音も立てずに
そして海は消してゆく 砂の上の
別れた恋人たちの足跡を
(作詞:ジャック・プレヴェール、作曲:ジョセフ・コスマ)
ふつう歌われている岩谷時子訳の「枯葉」(あれは遠い思い出~)は、シンプルで美しく、シャンソンの日本語歌詞としては大変良いものだが、一般的にシャンソンを日本語の歌詞にするととても情緒的にセンチメンタルなものになってしまうことが多いので、直訳を掲げることは意味があると考えている。
日本語で普通歌われるのは、一番とルフランだけしかないし。
よく見ると、一番で使われた歌詞が、二番でところどころ繰り返されている。メロディーもそれに合わせて低く変えられている。
シドレ シドレ シレドラ → ♯ソラシ ♯ソラシ ♯ソシラ♯ファ
シレド シレド シレドラ → ♯ソシラ ♯ソシラ ♯ソシラ♯ファ のように。
そして、この繰り返しと低い音への変更が、ハラハラと散り行く落ち葉のさまを見事に表現している。たいへん凝った造りの曲だ。