このままでは、低学力の県民となる。なぜか、中軸となる旧制富山高校が、湾岸社会主義の拠点となったからだ。そして、旧制の高岡高等商業も下手なことをして、昭和18年に廃校になった。かろうじて、一流の路を選んだのは、富山薬業専門学校である。しかし、富山大学薬学部に昇格後、和漢薬へのめり、国際水準から遠ざかった。その原因は、リーダーが自らの世界三流を認め、後輩を、世界二流へ、さらに一流へへと自己犠牲せずに、「その位を偸んだ」からだ。今度の富山大学学長は、かれ自身は、世界第三流である。弱みは、奈良県立医科大学の出身である。関西では、京大、大阪大、神戸大の医学部が世界第二流である。かれには野望がありそうだ。ただ、コネクションが弱い。メールで各方面とコンタクトできる人脈に乏しい。富山では、石井知事だけが光っている。日本の戦後の自治体の首長では、歴史にのこる人物である。その石井知事をもってしても、大学の経営は難しい。それは、「富山」「高岡」の地名がローカル・ブランドとなる。「金沢」との落差は極めて大きい。この地名を棄てないと、国際第一流の大学院大学は、創れない。高度人材の遺伝子を取りこまないと、世界で500位になるのは極めて厳しい。「金沢」だって、ローカル・ブランドである。「北陸」もだめ、「国際」と名乗り、全然、国際水準でない大学も整理対象となる。