「あさみなみ散策マップを持って出かけよう!」のマップをもって、出かけました。
今日は、設定されている18ルートのうち、相田・安ルートを歩いてみました。
くもり時々小雪、時に日差しあり、といった寒い日でしたが、いい運動になりました。マップの裏面(略図)です。(詳細は→ http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/0000000000000/1135734966484/index.html )
11:40、アストラムライン毘沙門台駅をスタートしました。わずかに小雨が降っていました。
相田橋から上流域の安方面の眺めです。右岸(左側)の道路を上って行きました。雨はあがりました。
こんな通りです。車は閑散でした。
土手筋を離れ旧道を進むと、天保10年(1839)に立てられたという常夜灯がありました。
クリックしてみて下さい。
常夜灯が照らしていたという参道を進み、萩尾山(はぎおやま)神社に寄ってみました。
元文5年(1740)からこの地に遷座したという由緒あるお宮でした。
高台の松ヶ丘団地の一角にあり、周辺からは素晴らしい眺めでした。
団地から安中央橋の近くに下り、再び安川沿いを進むと3つのお寺が並んでいました。
右手前から教宗寺、明休寺、正伝寺というお寺でした。
正伝寺(しょうでんじ)にはクロガネモチの巨樹があり、県の天然記念物に指定されていました。
樹齢は400年以上で、全国屈指の巨樹だそうです。
橋を渡りアストラム沿線の方に進むと、昔懐かしい駄菓子屋などがありました。
アストラム沿線を少し引き返し、上安駅方向に進みました。
上安駅のすぐ近くに慰霊碑が建てられていました。15名の方の被災者名が刻まれていました。
平成3年3月14日に発生した、新交通システム建設現場における橋桁落下事故被災者の慰霊碑です。
アストラムライン沿線北側の脇道を毘沙門駅方向に進むと、田中山神社というお宮がありました。
武田山に銀山城が築城されたとき(1299年)鬼門を除くため勧請されたと伝えられているとか。
慶應四年と彫られていました。
牛は神使とか。にこやかな表情でした。
きれいな拝殿でした。昭和43年に大修理が行われたようでした。
拝殿の右奥(本殿の左前)に、さざれ石が祀られていました。
さらに脇道を進むと、高台に佐信(さのぶ)神社という社がありました。
この高台からの安東駅方向の眺めです。
さらに脇道を進むと、田園風景が残っていました。
田園風景の先の高台に、二ノ宮八幡神社というお宮がありました。
脇道はこんな道がつづいていました。
毘沙門台駅にあと400mの地点に、石神社(いしがみしゃ)という社がありました。おもしろ(?)伝説が記されていました。
16:00、毘沙門台駅まで帰ってきました。
マップに書かれていた距離は5.6㎞くらいでした。
途中で通算2㎞以上回り道等をしたので、8㎞くらいは歩いたと思います。
もっぱら神社・仏閣めぐり(歴史・文化探訪)のようで、4時間半余も要しました。
しかし、いい勉強になり、いい運動になりました。