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今日の筆洗

2023年03月17日 | Weblog
食通の作家、池波正太郎さんは少年時代からなじみがあり、世に出てからも通う東京・銀座界隈(かいわい)の店として洋食の『資生堂パーラー』『煉瓦亭(れんがてい)』、天ぷらの『天國(てんくに)』をあげた。昭和五十年代に文庫化されたエッセー『散歩のとき何か食べたくなって』にある▼煉瓦亭ではカツレツなどを好んだ。「いまも、煉瓦亭の階段をあがって行くとき、二階からただよってくるうまそうな匂いこそ、昭和初期の洋食の匂いにまぎれもない」。懐旧の香りであろう▼煉瓦亭が昨日の日韓首脳夕食会で、二次会の店に選ばれた。韓国の尹錫悦(ユンソンニョル)大統領がかつて来日した際、店でオムライスを食べた思い出があるためという。煉瓦亭が発祥ともいわれる看板メニューの一つである。大統領は懐旧の味を楽しめただろうか。岸田文雄首相との会話も弾んでいればと思う▼近年、関係が冷え込んでいた日韓。修復のための大統領来日で、首相もその意欲が強いからこそ異例の二次会まで開いたのだろう。幸いなことに、夕食前の会談では、十一年以上途絶えていた首脳同士の相互訪問「シャトル外交」の再開で一致したという▼池波さんは資生堂パーラーに触れた文で、世の中がめまぐるしく変わっても、変わらぬ味を提供する姿勢を「持続の美徳」と表現している。恐らく、老舗のすべてが大事にしている価値だろう▼日韓友好も長続きしてこそ、と思える。
 
 

 


今日の筆洗

2023年03月16日 | Weblog

「大リーグボール3号」は漫画「巨人の星」の星飛雄馬投手が編み出した魔球で下手投げの超スローボールである▼もう少し説明させてほしい。確か、ボールを投げる瞬間、親指と人さし指だけで押し出すように投げる。漂うようなボールは打者のスイングが起こす風によってするりと逃げていく▼「本物の3号だ」とテレビの前でうなる。WBCチェコ代表のオンジェイ・サトリア投手の投球である。球速150キロが当たり前の時代に、その直球は120キロ。さらに遅いチェンジアップは不思議な動きをする。大谷さんが空振りの三振。やった!と思わず声が出る▼サトリア投手のみならず、東京の1次リーグで大きな印象を残したチームはチェコ代表だろう。佐々木投手の160キロ超の速球を平然と打ち返す。守備も悪くない。教師や金融アナリストなど普段は野球以外の職業についている選手たちとは思えぬ実力である。なによりも野球が好きでたまらないという雰囲気がどこか懐かしく、応援したくなる▼チェコ野球の歴史は平たんではない。野球渡来は一九一九年と古いが、第二次大戦で一時、途絶える。戦後も西側のシンボルだとして時の政権に禁止される時期もあったと聞く▼苦難の歴史も今の選手からあふれる野球をやれる喜びと関係があるのかもしれぬ。勝敗に加え、世界の野球が見られるのも大会の楽しみである。


今日の筆洗

2023年03月15日 | Weblog
江戸川乱歩の『D坂の殺人事件』に色をめぐる奇妙な話が出てくる。古本屋で女性が殺される。二人の目撃者がいたが、証言が食い違う。一人は犯人の服装を白い着物だといい、もう一人は黒だったという▼ここから犯人は白と黒の縞(しま)模様の着物姿の人物ではないかという推理が出てくる。二人の目撃者は古本屋の店と座敷の境にあった格子越しに犯人を見ており、見る角度で犯人の着物が黒や白に見えるのではないかというわけだが、これがまるで的外れで、「犯人」は別にいた▼東京高裁が再審を認める決め手となったのは白か黒かではなく、「赤み」だった。一九六六年の強盗殺人事件で死刑が確定した袴田巌さんの裁判のやり直しを求める裁判である▼逮捕から一年後、袴田さんの勤務先のみそタンクから発見されたという着衣に残った、血痕の「赤み」。検察側はみそに長期間浸(つ)かっていても「赤み」は残ると主張していたが、高裁が実験結果を踏まえ、判断したのは「赤みは消える」。つまり袴田さん以外の誰かが後から着衣をタンクに隠した。死刑確定判決の証拠の土台が崩れた▼高裁は捜査機関による証拠捏造(ねつぞう)の可能性まで踏み込んでいる。震える。事実なら小説の見立て違いどころではなく、袴田さんをただ犯人にしたいという卑劣なトリックだろう▼そして、人生を奪った。八十七歳。一日も早い再審開始を待つ。
 
 

 


今日の筆洗

2023年03月14日 | Weblog
学生時代、初めて書いたのは探偵小説だった。友人に読ませるために書いた。題名は「行く力」。なんでも、太った女性が上野から新潟に向かい、漁船でウラジオストクへと渡る。そこから苦労してパリへ。作家の大江健三郎さんが亡くなった。八十八歳。「故郷喪失者」を作品群の骨格とした作家の初手がやはり日本を脱出する話なのが、興味深い▼終戦から高度成長期、そして現在。難解な時代を大胆に描く筆だった。「大江を読む」。読み手にとってその作品を読むことは不確かな時代と人間を考えることと同義語だった▼象徴的な引用をと思ったがどれも十分ではない気がする。長男の光さんを命名するときの話はどうか。シモーヌ・ベイユの寓話(ぐうわ)を読んでいたそうだ。こんな話だ。世界が始まったころ、カラスが地面に落ちた豆を食べていた▼でも真っ暗なのでエサが見つからない。カラスはこう思った。「この世に光があったらどんなに易しいだろう」。長男の名であると同時に、光には文学という仕事そのものも重なっていたか。光とは希望である▼作品執筆と同時に沖縄、核、憲法など戦後の日本が抱えたままの問題に対し積極的に発言し続けてきた。失った光の大きさにうろたえる▼冗談で自分の母親にカラスと命名したと伝えたそうだ。こういう諧謔(かいぎゃく)もその人の紡いだ物語には隠れている。故郷の森に今、帰った。
 
 

 


今日の筆洗

2023年03月11日 | Weblog
 年忌法要のうち十三回忌は、亡くなって十二年後の命日に営む。近親者のみで行うことが多いらしい▼葬儀会社のウェブサイトにこうある。「亡くなってから長い歳月が流れており、規模を縮小することが多い法要です。したがって、遺族も参列者も平服と呼ばれる略喪服を着用します」。ワンピースやスーツは黒色に限らず、暗い色は許されるという。年月の経過ゆえ仏事に日常がにじむ▼東日本大震災から今日で十二年。妻、息子、妹を亡くした宮城県東松島市の菅原節郎さん(72)は先日、娘一家と一緒に寺で早めの十三回忌を済ませた。三回忌や七回忌の法要は営まなかったという。「心にも余裕がなくて。震災から何年といわれても、昨日までと何が違うんだと思っていました」▼ずいぶん前から、故人に恥じぬ生き方をしようと震災からの日にちを数え続け毎朝、仏壇で「震災から○○日。今日もがんばるよ」と語りかけてきた。震災翌日から数え始めると今日で四千三百八十三日。日々を積み重ねようやく少し心の余裕を得た▼住職だった松井惠光(えこう)さんは著書『年忌法要のための法話』で年忌は自分の報告法要と書いた。「いまだに迷い続けています」「恥ずかしいことです。やはりお金のことが思われて」などと先祖に語りかけ、さらけだすよう説く▼迷いながらも今日まで生きてきたこと自体が尊い、十二年後である。
 
 

 


今日の筆洗

2023年03月10日 | Weblog

テレビ司会者の関口宏さんに『テレビ屋独白』という著書がある▼自身も含む「テレビ屋」の敵は視聴率や裏番組ではなく自身に巣くう「恐怖心」だという。人が恐れるのは人の目。多数の視聴者の目を意識するゆえ恐怖心は生まれる。「これじゃ視聴者が逃げてしまうのではないか」とあざとい策に走り空回りすることも。おびえては一人前になれぬが、恐怖心はなくならないという▼関口さん司会で、出演者が政権批判を厭(いと)わぬTBSの番組『サンデーモーニング』。偏向しているとみる安倍政権の礒崎陽輔首相補佐官が約八年前、放送法の政治的公平の解釈をめぐり担当官僚らに働き掛けたことを官僚が記録していた▼一つの番組ではなく局の番組全体をみて判断するという従来の政府解釈だけでは納得せぬらしい補佐官。「とにかくサンデーモーニング」「けしからん番組は取り締まるスタンスを示す」と言ったらしい▼首相の同意を経て、一般論として一つの番組でも極端な場合は政治的公平を確保しているとは認められないと高市早苗総務相が国会で答弁すると補佐官はその旨ツイッターで発信した。成果を誇ったのか▼関口さんは恐怖心を「横に置くしかない」と記す。それを自覚しつつ囚(とら)われずに番組をつくろうという趣旨らしい。不特定多数の目がもたらすこの恐怖以外にテレビマンに強いていいものなどなかろう。


今日の筆洗

2023年03月09日 | Weblog

 リンゴを使った洋菓子タルト・タタンが失敗から生まれたことは以前も書いた。タルトを作ろうとした姉が型に生地を敷くのを忘れてオーブンにかけたのを妹が気づき、上から生地をかぶせて焼き上げたという説である▼失敗やトンチキから生まれた食べ物は数多いそうだ。ある調味料メーカーのウェブサイトに「これ、ぜんぶ 失敗作」と紹介されていたが、おもしろい▼肉じゃがはビーフシチューを再現しようとしてしょうゆを入れたもの。高野豆腐は豆腐を屋外に放置して凍らせてしまった結果であり、豚骨ラーメンのスープはレシピを間違えて長時間、強火で煮過ぎたためにできたとあった。「パイ生地」「ドーナツ」もそうだという。人気の食べ物が並ぶ▼問題は失敗から何ができるか何が生まれるかだろう。新型ロケット「H3」1号機が打ち上げに失敗した。二段目エンジンが点火せずやむなく破壊とはくやしい▼期待が大きい分、壊れて消えたロケットへの世間の風当たりは強いか。これまでも打ち上げはたびたび延期され、やっと飛んだかと思えば、失敗。国際競争で勝てるのか、「ものづくり日本」はどこへいったのかの心配も分かる▼叱るりつける気はないが、国民は期待している。失敗の原因究明はもちろん、このくやしさから何かをつかんでいただきたい。今度こそは。反省会は肉じゃがとタルト・タタンで。


今日の筆洗

2023年03月08日 | Weblog

ジョン・レノンさんのシングル曲で最も売れたのは「イマジン」。では最も売れなかったのは?▼答えは一九七二年の「ウーマン・イズ・ザ・ニガー・オブ・ザ・ワールド」。無類のビートルマニアの同僚が教えてくれた▼「ニガー」と社のワープロソフトで打ち込むと注意マークが自動的に出てくる。本来なら使うべきではない黒人への差別表現だが、レノンさん、世界を揺さぶろうと奴隷という意味で「ニガー」をあえて、使ったか。<女性は世界のニガー(奴隷)/そのことを考えてみようよ/そのためになにかをしなきゃ>−▼売れなかったのはラジオなどで放送されなかったためらしい。女性の地位向上と権利拡大を求める歌も「ニガー」の言葉と女性を黒人に例える内容が問題となった▼本日は国際女性デーである。女性はもはや奴隷ではないと信じたいが、女性の地位向上と本物の平等を求める道は険しく、進んだとみえてもなお道半ばである。男女間の賃金格差や管理職に占める女性の割合の少なさ、不十分な共同参画社会、ハラスメント。問題を挙げれば、切りがない▼<女性を見下しながら女性の方が上だというふりをする>。歌詞はどこまでも辛らつだが思い当たるところもある世間だろう。女性の願いや主張に「ふり」やなだめるだけのやり方では平等は遠かろう。半世紀も昔の売れなかった曲に教えられる。


今日の筆洗

2023年03月07日 | Weblog

 マイルス・デイビスがトランペットを始めたのは十歳、チャーリー・パーカーがサクソフォンを買ってもらったのは十一歳だった▼音楽より漫画に夢中だった、その少年が本格的に楽器を手にしたのは十五歳。早いとはいえぬ。しかも母親に買ってもらったのはその後に身を立てるテナー・サックスではなくクラリネットだった。米ジャズの巨匠、サックス奏者で作曲家のウェイン・ショーターさんが亡くなった。八十九歳▼一九五九年、アート・ブレイキー率いるジャズ・メッセンジャーズに加入。マイルス・デイビス・クインテットなどを経てフュージョンの「ウェザー・リポート」の結成。経歴はジャズ黄金期の歴史そのものである▼当時妻だった日系女性をジャケット写真に使った「スピーク・ノー・イーヴル」(六六年)をあらためて聴く。強く、神秘的なソロに引き込まれる▼作曲法を身につけたのは高校時代の罰のおかげという。学校をサボった罰に校長が音楽理論の授業を強制的に受けさせたそうだ。それが実を結ぶのだから何が幸いするか分からぬ▼映画が公開中の漫画「BLUE GIANT」は日本の高校生がやはりサックスで世界を目指す話で、来る日も来る日も河原で練習を続ける。雪の中でも吹き続ける場面が印象的である。十五から巨匠に至るまでにショーターさん、いったいどれほど練習したことか。


今日の筆洗

2023年03月06日 | Weblog
「あの俳優は誰だっけ」「なんとかという女優さんの旦那さんだよ」「なんとかって」「なんとかっていう俳優の奥さんだよ」−▼記憶力にはある程度、自信があったが、六十を手前にして相当怪しくなってきた。一つ違いの連れ合いもやはり似たようなもので、かみ合わぬこんな会話はしょっちゅうとなってきた▼加齢によるもの忘れと認知症は異なるとはいえ、母親の認知症を目の当たりにしてきた身には心配が募る。なにせ二〇二五年、六十五歳以上の高齢者のうち、五人に一人は認知症という推計がある。自分が五人の中の一人にならないとは限らぬ。アクションで売った俳優ブルース・ウィリスさんも認知症と聞けば胸がざわつく▼認知症のリスクを抑えるためにできることはもちろんある。効果的なのはいうまでもなく運動である。いまさらやっても効果があるのかと思わないでもないが、最近の英国の研究が勇気づけてくれるかもしれない▼千五百人の三十年間の運動状況と六十九歳時点の認知機能を調べたそうだ。若いときから運動を続けてきた人が最も高い認知能力を示したが、五十、六十代から運動を始めた人もまったく運動しない人よりは上だったという▼つまり、いつから運動を始めても効果は期待できる。本日は啓蟄(けいちつ)。いよいよ春らしくなってきた。運動しやすい季節に、このデータだけは忘れないでおく。