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今日の筆洗

2023年03月14日 | Weblog
学生時代、初めて書いたのは探偵小説だった。友人に読ませるために書いた。題名は「行く力」。なんでも、太った女性が上野から新潟に向かい、漁船でウラジオストクへと渡る。そこから苦労してパリへ。作家の大江健三郎さんが亡くなった。八十八歳。「故郷喪失者」を作品群の骨格とした作家の初手がやはり日本を脱出する話なのが、興味深い▼終戦から高度成長期、そして現在。難解な時代を大胆に描く筆だった。「大江を読む」。読み手にとってその作品を読むことは不確かな時代と人間を考えることと同義語だった▼象徴的な引用をと思ったがどれも十分ではない気がする。長男の光さんを命名するときの話はどうか。シモーヌ・ベイユの寓話(ぐうわ)を読んでいたそうだ。こんな話だ。世界が始まったころ、カラスが地面に落ちた豆を食べていた▼でも真っ暗なのでエサが見つからない。カラスはこう思った。「この世に光があったらどんなに易しいだろう」。長男の名であると同時に、光には文学という仕事そのものも重なっていたか。光とは希望である▼作品執筆と同時に沖縄、核、憲法など戦後の日本が抱えたままの問題に対し積極的に発言し続けてきた。失った光の大きさにうろたえる▼冗談で自分の母親にカラスと命名したと伝えたそうだ。こういう諧謔(かいぎゃく)もその人の紡いだ物語には隠れている。故郷の森に今、帰った。