東京新聞寄居専売所

読んで納得!価格で満足!
家計の負担を減らしましょう!
1ヶ月月極2950円です!
アルバイト大募集中です!

今日の筆洗

2023年03月04日 | Weblog

東京・銀座の路上で一九八〇年、トラック運転手の大貫久男さんが風呂敷に包まれた現金一億円を拾い、警察に届けた。報道は過熱した▼二〇〇〇年に亡くなったが、拾った当時は四十代。届けてから一定の期間が過ぎ、所有権を得た。従来の持ち主が現れなかったため、表に出せない選挙資金説やら仕手戦の資金説やらが飛び交った▼札幌市の資源ごみ回収施設で一月末、回収された雑紙類から現金一千万円が見つかった。警察が発表すると「落としたのは私かも」と名乗り出た人が十人を超え、その多くは正式な遺失届も出したという。持ち主が姿を現さないと臆測を呼ぶが、心当たりのある人がこう多くても戸惑いを覚える▼報道によると「旅行中になくした」「認知症の親が誤って捨てたと思う」「クローゼットにしまった一千万円がない。ごみとして捨てたかも」などと言っているという。落とし主が四月末までに判明しないと所有権は拾い主の市に移る▼作家の関川夏央さんは、没した人々の生前を描いた著書『人間晩年図巻2000−03年』で大貫さんを取り上げた。それによると一億円に課された税を納め、マンションを購入。拾ったお金について、こう語っていたという。「コツコツとマジメに働いていた、わたしへの“天からの恵み”だと思っています」▼札幌のお金は誰の元へ行くべきか、天に聞きたくなる。


今日の筆洗

2023年03月03日 | Weblog
岐阜の旧根尾村(現本巣市)は日本三大桜の一つ「淡墨(うすずみ)桜」で知られる。桜から遠くない所で上下に約六メートルずれた断層や、水平に約七メートルずれた断層が見られる▼これらの断層は国の特別天然記念物。このあたりを震源とする一八九一(明治二十四)年の濃尾地震で現れた。マグニチュード8・0の内陸直下型巨大地震。最大震度7の揺れは岐阜や愛知などに甚大な被害をもたらし、死者は七千人を超えた▼地震学者の小藤文次郎は根尾の断層を調べ、断層が動いたことが地震の原因と発表した。今でこそ断層との関係は知られるが、当時は地震の仕組みは分かっていなかった。濃尾地震が世界の知見を変えたといえる▼死者が五万人を超えたトルコ・シリア大地震。活断層が水平方向に最大約九・一メートルずれたことが判明し濃尾地震を上回ったと報じられた。日本の産業技術総合研究所が航空写真を分析。手掛けた近藤久雄主任研究員は「内陸地震の水平のずれでは世界最大級だろう」と語る。やはり大地の動きはすさまじかったらしい▼発生から三週間余。テントなどに避難する人の疲労は募り、体調不良を訴える人が増えたと伝えられる。復興の道はまだ遠いようだ▼濃尾地震は日本に近代的メディアが普及して最初の地震。新聞で被災地の惨状を知った全国の人が心をいため、義援金も多く集まった。劣らぬ思いを異国に寄せたい。
 
 

 


今日の筆洗

2023年03月01日 | Weblog
吉野弘さんの詩、「漢字喜遊曲」にこんな一節がある。<器の中の/哭。/割れる器の嘆声か>▼【器】の筆が15%ほど足りぬと慟哭(どうこく)の【哭】となるか。二つの似て非なる漢字が浮かんだ。大阪市で聴覚支援学校に通っていた十一歳の女の子が重機にはねられ、亡くなった事故をめぐる裁判である▼焦点は逸失利益の算定だった。女の子が生きていれば将来得られたはずのお金のことで遺族は健常者と同じ水準の金額を求めたのに対して、運転手側は聴覚障害者であることを踏まえ、平均賃金の「六割」と主張していた▼判決が示した女の子の逸失利益は平均賃金の「85%」だった。六割や二〇一八年の聴覚障害者の平均収入よりも高く、女の子に勉強や他者と関わる意欲があったことなどを認めての判断である▼女の子のかつての「がんばり」。それが評価された数字にも遺族の疑問は消えぬ。なぜ85%か。なぜ健常者と同じではないのか。女の子の将来が詰まっていたはずの【器】。判決はなお15%足らない、悲しみの【哭】なのだろう。難しい問題である▼判決の「15%」の意味が聴覚障害者の就労の難しさだとすれば、せめて、社会全体でこれを埋めていく努力をしたい。就労支援や意思疎通を助ける技術革新をさらに進め、働くことへの聴覚障害の影響を、限りなく小さくしていく。<割れる器の嘆声か>。嘆声を消したい。