<一隊の小学児童が出羽ケ嶽に声援すればわが涙出でて止まらず><番附(ばんづけ)もくだりくだりて弱くなりし出羽ケ嶽見に来て黙しけり>。いずれも歌人の斎藤茂吉。出羽ケ嶽とは大正末期から昭和の初期にかけて人気を集めた巨漢力士である▼身長二〇三センチ。一時は関脇にまで昇進し、将来を期待されたが、かなわなかった。急成長に技が追いつかなかったという。しかも基本技を完全に身に付ける前に親方が急死。不振が待っていた。同じ山形出身で出羽ケ嶽をひいきにした茂吉の<涙出でて止まらず><黙しけり>の理由である▼出羽ケ嶽に迫る、身長一九九センチの元横綱の死にこちらも<黙しけり>となる。双羽黒の北尾光司さんが亡くなった。五十五歳▼恵まれた体。豪快な上手投げ。現役時代の姿を思い出せば、その人と病による早すぎる死がどうしても結び付かない▼新入幕から十二場所で横綱に昇進。優勝経験なしでの昇進には当時異論もあったが、間違いなく才能に満ちあふれていた。出羽ケ嶽とは違うが、才能、急成長にやはり何かが追いついていなかったのか。親方との不和から部屋を脱走。二十四歳での廃業には正直、憤慨した▼大横綱として輝くべく与えられた体と才能。期待。押しつぶされまいと必死に闘っていた相手はそれらではなかったか。つらい取組だったはずである。そう想像し再び<黙しけり>となる。
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