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今日の筆洗

2020年06月26日 | Weblog
 陸軍の医務局長だった森鴎外は、明治四十一年四月十八日、ある集まりに出ている。日記に<夏目金之助等来会(らいかい)す>と書いた。漱石との顔合わせのようだが、それ以上の記述はない。この当時の感慨は別にあったようで、一句添えている。<行春(ゆくはる)を只(ただ)べたべたと印を押す>▼情緒あふれる季節が去ろうとしているのに、部屋でひたすらはんこを押す。すでに文学で名をなしていた官僚、鴎外のげんなりした思いが伝わろうか▼新関(にいぜき)欽哉著『ハンコロジー事始め』によれば、官庁が公式に印を使う制度は明治期に定着したという。鴎外の時代以来のげんなりにここで終止符をという動きが本格化している。政府の規制改革推進会議が先日、民間だけでなく、行政手続きを含む押印の廃止を求めることを決めた▼新型コロナ対策の在宅勤務が進んだのに、ただはんこを押すための出社があった。代わりになるデジタル技術は進んでいる。ここで官民とも、脱はんこ社会をということらしい▼財界トップがはんこについて「ナンセンス」と言っていた。世の中には、いいことが多い廃止の方向のようだ▼はんこ離れと聞いて、ふと働き始めたころに、親にもらった一本を思い出した。懐かしく、むしろ惜しいと思えてくるのは、日ごろ、責任のある押印とは縁がないからかもしれない。合理性ではかれない文化としてのよさは残ってほしい。