TOBA-BLOG 別館

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オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「稔と十和子」2

2018年07月03日 | T.B.2003年

十和子の診察は
筆談も必要になるという事で
稔も付き添う。

「今日はどうですか?」

とは言え、
彼女も相手の口の動きで
言葉を読み解く事には慣れており、

また高子も、
はい、か、いいえ の
答えやすい問いかけをするので
稔の出番はあまり必要がない。

二人の会話を横で聴いているだけだ。

カルテを横目で眺める。

十和子が病院を受診したのは急病ではなく、
定期的な検診。

生まれつき耳が聞こえない。

聴力以外で体調面に問題は無いが
そう言ったハンデを抱えているので
狩りには参加していない。

縫製の仕事で生活をしている。

などなど。

「では、いつも通りに
 薬をだしておきますね」

高子の声に、カルテから目を戻す。

「後はよろしく」
「はい先生」

美和子が退室すると、
次の患者のカルテを手渡す。

稔は薬品庫に入り、
薬を処方する。
袋に詰め終わった後、
待合室にいる十和子の元へ行く。

「どうぞお薬ですよ」
「………」
「どうしました?」

稔の声はもちろん聞こえないのだろうが
不思議そうに薬の袋を眺めている。

「十和子さん??」

老先生と同じ薬を処方しているはずだが
何か間違えていただろうか、と
稔が薬を引っ込めようとした所で
慌てて薬を受け取る。

「……何かおかしな所でも?」

問いかけに
ぶんぶんと顔を横に振る。

ごめんなさいと
その手話は稔にも分かる。

彼女の口元が動く。

『意外だから、驚いてしまって』

何が?と
首を捻る稔に、
笑顔で彼女は答える。

『先生、狩りも得意なんですね』


「!!」


思わず腕を引っ込めてしまい
薬の袋が床に落ちる。

「………すみません」

中身を確認して
再び袋を手渡す。

「狩りは苦手なんです」

どこか諭すように答える。

「ただ、力仕事が多いから、
 体力は付いているかもしれませんね」

おずおずと
十和子が頷いたのを見て
それでは、と立ち上がる。

「次の診察の方、
 お部屋へどうぞ」


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