TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「東一族と裏一族」4

2018年07月13日 | T.B.1997年

「どうした?」
「いいえ、何も」

 けれども、その表情は強張っている。

 市場の中。
 歩みを止めない彼女のあとを、彼は追う。

「何かあったんだな」
「何もないと云っているわ」
「おい、待て」

 彼女は立ち止まる。

 彼を見る。

「いったいどうした?」
「…………」
「何かあったのなら、云った方がいい」
「何もないわ」
「…………」
「それに、これから、あなたは務めでしょう?」
「?? ああ」
「私は大丈夫だから、ね?」

「…………」
「…………」

「そうか」

 彼女は知っている。

 彼は東一族の占術師で、
 これから、その日課である務めがあることを。

 彼は彼女を見る。

「なら、いいんだが」
「じゃあ、行くわ」
 彼女は歩きながら手を振る。
「またあとでね」

 もちろん彼には、またあとで会う。
 なぜなら、
 彼は、彼女の結婚相手だから。

 務めは、夜までには終わるはずだ。

 彼女はそのまま、市場を歩く。

 市場を抜け、
 やがて、人通りがなくなる。
 そのまま、ある場所へ。

「どうした?」
「ええ」

 中に入ると、彼女はそっと扉を閉める。

「蒼子(あおこ)?」

 蒼子と呼ばれた彼女は、首を振る。

「大師様」

 部屋の中央には、机。

 その上には、東一族の村の見取り図。
 そして、砂漠方向への地図。
 他一族の村の地図。

 大々的にはしない。
 ひそかに、作戦を立てる場所。

 東一族の守りの要。

 大将と呼ばれる、戦術大師が務めを行う場所。

「怖いわ」

 卓上に向かっていた大将は、持っていた報告書を置く。

「何があった?」
「…………」
「安樹(あき)はどうした」
「安樹には云えないの」

 蒼子は、結婚相手の名に首を振る。

「一番、気にかけてくれているから」
「…………」
「来たの」
「来た?」
「あの、西一族が」

 その言葉に、大将は目を細める。

「やはり」
「やはり……?」
 蒼子は、大将を見る。
「上は、知っていたのね」
「西一族じゃない」
「なら、何?」
「すでに西を離族した、裏一族だ」
「裏……」

 蒼子は、大将の言葉を繰り返し、

「怖ろしい……」

 震える。

「その裏一族の目的は何だ」

 蒼子は首を振る。

「目的を、知っているのか」
「……それは、」

 蒼子の口は、なかなか動かない。

 大将は、蒼子を見る。

「この件は、こちらとしても動いている件だ」
「…………」
「動いているのは誰だと?」
「…………?」
「満樹だ」

「満樹?」

 蒼子の顔が曇る。

「そう」

 大将は、ゆっくりと頷く。

「お前の子、だ」



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「稔と十和子」3

2018年07月10日 | T.B.2003年

「どうした、機嫌が悪そうだな?」

村長に声をかけられ、
稔は、いいえ、と言いかけて
ため息をつく。

「久々に失態をおかした、というか」
「ほう」
「正体が、ばれそうになりました」

おや、と村長も声をだす。

「めずらしいな、
 湶や巧、あたりか?」

勘が鋭そうな者の名を挙げるが
その都度、稔の機嫌は降下していく。

「彼らにばれるなら
 まだ、体裁も保てたんですが」

「まさか、お前、女」
「違いますよ!!
 ………いや、女性ですが」

ガタン、と思わず椅子から立ち上がる村長。

「しばらく、任務休む?」
「そんなんじゃないって
 言ってるじゃないですか」

通常の報告がてら
今日の出来事を説明していく。

「十和子、確か耳の不自由な。
 それでまた、なぜ」

村長の問いかけに
稔は、はい、と掌を見せる。

「成る程、指を見てか」

武器を持つときの癖だろうか
親指に少しだけタコが出来ている。

基本、柔術を使うのが専門だから
さほど目立つ物では無い。

武器の扱いに長けた者には
注意を払っていたが、
確かに彼女は視力を頼りに生活をしている。

特に手話を使うのならなおさら。

人の手元というのは
誰よりも見ているだろう。

「どこかに潜入しているわけでもないのに
 久々に冷や汗をかきました」

「きちんと、取り繕ってきたのだろう」
「ええ、もちろん」
「意外だが、まぁそういう事もある。
 人を見た目で判断しない事だ」
「肝に銘じておきます」

まぁ、でも、と
稔は続ける。

「老先生が不在の間の患者ですから
 今回だけの特例でしょうね」

ただ、勉強にはなりましたよ、と。

三日後、出勤したての稔に
高子医師が宣言する。

「老先生、ついに引退宣言よ。
 先日通り、老先生の患者が増えるから
 覚悟しておいて」

稔は頭を抱える。
つまり、彼女もこれから定期的に顔を合わせるという事。
朝からこれはきつい。

「………マジですか」


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「東一族と裏一族」3

2018年07月06日 | T.B.1997年

 はっと

 夢から覚めたような感覚。

 でもまだ、現実と夢がはっきりとしていないような……。

「大丈夫?」

 彼女は篤子に声をかける。

「え? ……ええ」
「さあ、行きましょう」

 いつの間にか、辺りの景色は元に戻っている。
 いつも通りの。
 東一族の市場。

「何、が……?」
「何でもなかったわ」

 彼女は、晩柑を見せる。

 ああ、そうだった、と篤子は晩柑を持つ。

「これから、杏子と晴子と、果物の砂糖漬けを作ろうと、」
「そうだったわよね」

 彼女は微笑む。

 再度、篤子を歩くように促す。

「篤子姉さん!」

 杏子が、彼女とともにやって来た篤子に気付く。

「遅かったから心配しちゃった」
「悪かったわ」
「いいのだけど……」

 どうしたの? と、杏子は首を傾げる。

 篤子と彼女を交互に見る。

「もう大丈夫ね」

 彼女は微笑む。

「ありがとう」
「あとで、砂糖漬けちょうだい」
「もちろんよ」

 杏子が答える。

「じゃあ」

 彼女は手を振り、歩き出す。

 杏子は手を振る。
 その背中を見送って、篤子に云う。

「いったいどうしたの?」
「いえ……」

 篤子はぼんやりと果物を見る。
 思い出せない。

「それに、今の……」
 杏子が云う。
「満樹(まき)兄さんのお母さん、よね」

 何だかよく判らないと云う顔をする。
 杏子と篤子は顔を見合わせる。

「考えても仕方ないわね」

 篤子が云う。

「さあ、砂糖漬けを作りましょう!」

「お待たせ~」

 そこに、遅れていた晴子(はるこ)がやって来る。

「篤子姉さん! 杏子姉さん!」
「待っていたわよ、晴子」
「悪いわ」

 晴子は何かを持っている。
 腕にいっぱいの、晩柑。

「ほら見て! ……ってあら?」

「晴子ったら」
「もう、たくさん準備してあるわよ」

 さらに増えた果物。

 3人は顔を見合わせて、笑う。



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「稔と十和子」2

2018年07月03日 | T.B.2003年

十和子の診察は
筆談も必要になるという事で
稔も付き添う。

「今日はどうですか?」

とは言え、
彼女も相手の口の動きで
言葉を読み解く事には慣れており、

また高子も、
はい、か、いいえ の
答えやすい問いかけをするので
稔の出番はあまり必要がない。

二人の会話を横で聴いているだけだ。

カルテを横目で眺める。

十和子が病院を受診したのは急病ではなく、
定期的な検診。

生まれつき耳が聞こえない。

聴力以外で体調面に問題は無いが
そう言ったハンデを抱えているので
狩りには参加していない。

縫製の仕事で生活をしている。

などなど。

「では、いつも通りに
 薬をだしておきますね」

高子の声に、カルテから目を戻す。

「後はよろしく」
「はい先生」

美和子が退室すると、
次の患者のカルテを手渡す。

稔は薬品庫に入り、
薬を処方する。
袋に詰め終わった後、
待合室にいる十和子の元へ行く。

「どうぞお薬ですよ」
「………」
「どうしました?」

稔の声はもちろん聞こえないのだろうが
不思議そうに薬の袋を眺めている。

「十和子さん??」

老先生と同じ薬を処方しているはずだが
何か間違えていただろうか、と
稔が薬を引っ込めようとした所で
慌てて薬を受け取る。

「……何かおかしな所でも?」

問いかけに
ぶんぶんと顔を横に振る。

ごめんなさいと
その手話は稔にも分かる。

彼女の口元が動く。

『意外だから、驚いてしまって』

何が?と
首を捻る稔に、
笑顔で彼女は答える。

『先生、狩りも得意なんですね』


「!!」


思わず腕を引っ込めてしまい
薬の袋が床に落ちる。

「………すみません」

中身を確認して
再び袋を手渡す。

「狩りは苦手なんです」

どこか諭すように答える。

「ただ、力仕事が多いから、
 体力は付いているかもしれませんね」

おずおずと
十和子が頷いたのを見て
それでは、と立ち上がる。

「次の診察の方、
 お部屋へどうぞ」


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