「どうした?」
「いいえ、何も」
けれども、その表情は強張っている。
市場の中。
歩みを止めない彼女のあとを、彼は追う。
「何かあったんだな」
「何もないと云っているわ」
「おい、待て」
彼女は立ち止まる。
彼を見る。
「いったいどうした?」
「…………」
「何かあったのなら、云った方がいい」
「何もないわ」
「…………」
「それに、これから、あなたは務めでしょう?」
「?? ああ」
「私は大丈夫だから、ね?」
「…………」
「…………」
「そうか」
彼女は知っている。
彼は東一族の占術師で、
これから、その日課である務めがあることを。
彼は彼女を見る。
「なら、いいんだが」
「じゃあ、行くわ」
彼女は歩きながら手を振る。
「またあとでね」
もちろん彼には、またあとで会う。
なぜなら、
彼は、彼女の結婚相手だから。
務めは、夜までには終わるはずだ。
彼女はそのまま、市場を歩く。
市場を抜け、
やがて、人通りがなくなる。
そのまま、ある場所へ。
「どうした?」
「ええ」
中に入ると、彼女はそっと扉を閉める。
「蒼子(あおこ)?」
蒼子と呼ばれた彼女は、首を振る。
「大師様」
部屋の中央には、机。
その上には、東一族の村の見取り図。
そして、砂漠方向への地図。
他一族の村の地図。
大々的にはしない。
ひそかに、作戦を立てる場所。
東一族の守りの要。
大将と呼ばれる、戦術大師が務めを行う場所。
「怖いわ」
卓上に向かっていた大将は、持っていた報告書を置く。
「何があった?」
「…………」
「安樹(あき)はどうした」
「安樹には云えないの」
蒼子は、結婚相手の名に首を振る。
「一番、気にかけてくれているから」
「…………」
「来たの」
「来た?」
「あの、西一族が」
その言葉に、大将は目を細める。
「やはり」
「やはり……?」
蒼子は、大将を見る。
「上は、知っていたのね」
「西一族じゃない」
「なら、何?」
「すでに西を離族した、裏一族だ」
「裏……」
蒼子は、大将の言葉を繰り返し、
「怖ろしい……」
震える。
「その裏一族の目的は何だ」
蒼子は首を振る。
「目的を、知っているのか」
「……それは、」
蒼子の口は、なかなか動かない。
大将は、蒼子を見る。
「この件は、こちらとしても動いている件だ」
「…………」
「動いているのは誰だと?」
「…………?」
「満樹だ」
「満樹?」
蒼子の顔が曇る。
「そう」
大将は、ゆっくりと頷く。
「お前の子、だ」
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